無表情で寡黙な妖精と呼ばれる美少女に3文字以上話させるのはキモいと言われる俺の言動だけ

パンパルンルン

第1話

「君、こんなところで女の子をナンパするなら、孤児院で奉仕でもしてきたらどうだ?」


ポーズを付けながらそう言う俺の言葉に固まる不良と女の子。


「何だテメー?出てくるなり変なすこと言いやがって」

「孤児院なら女の子もいる。将来への投資と思えばいいだろう」

「光源氏か!」

「それが嫌なら老人ホームはどうだ?」

「将来性無いだろ!」

「過去の美少女が居るかもしれない」

「もう骸骨だろ!」


中々いいツッコミをしてくれる不良だ。

将来は漫才師の相方になれそうだな。


「テメー、痛い目に遭いたいのかよ!」

「何だ?暴力はいけないぞ」

「けっ、それなら出て来るんじゃねえよ!」


そう言って俺にいきなり殴りかかってきた不良を、


くるん、すとん


パンチをかわしざま不良を縦方向に一回転させて元に戻す。


「は?今何をした?」

「まだやるか?」

「ふざけるな!」


くるんくるん、すとん


回転を2回に増やしてやる。


「何の真似だ!」

「まだやろうとするということは、これが楽しいのだろうと判断した次第だ」

「楽しくなんかねえよ!」

「ではこうしよう」


ひゅんっ、ぐるんっ、すとん


「は、はえ?」

「今のは月面宙返りムーンサルトだ。なかなかいい視界ではなかっただろうか?」

「何でこんなことしやがる!真面目に喧嘩しろ!」

「喧嘩をしてもいいが、次は君を頭から着地させることになるぞ。そうなるとあまり楽しいことにはならないと思われるが」


それを聞いて顔から血の気が引く不良。


「覚えてやがれ!」


すごい勢いで逃げていく不良。


「いいツッコミをしていたが、逃げていく時のセリフは普通なのだな」

「あ、ありがとうございます」


ナンパされて困っていた女の子がお礼を言ってくれる。


でも、妙に距離が遠い。

そうか、怖かったんだな。


「もう大丈夫だ。これからは友達と一緒に行動した方がいい。なにしろ」


びしっ


「君はとても魅力的な女性だからな」

「あ、ありがとうございましたーっ!」


不良に負けないほどすごい勢いで立ち去って行った女の子。

俺の言った通り友達を呼びに行ったのかな?


「なあ徹夜」


徹夜とは夜更かしの事じゃあない。

俺の名前だ。


佐々木徹夜。

中々子供ができない両親が毎日夜通し励んでできたから付けた名前らしい。


両親の努力が現れた愛情に溢れた素晴らしい名前だと誇りに思う。


「すまない、待たせたな慶次。じゃあ行こうか。初夏の街が俺たちの事を待っている」

「お前、その言動さえ無ければモテるのにな」

「何言ってるんだ?別に嫌われてないと思うが」

「キモがられてるんだよ」

「はっはっは。まあ感性は人それぞれだからな」

「だからそういう笑い方も普通じゃないんだよなあ」


そう言う彼は宮本慶次。


何でも歴史好きな両親が強い子に育つようにと付けた名前らしい。

しかし彼は武勇100じゃなくて知略100だ。


その分親友の俺が武勇担当だから丁度良い組み合わせだと言える。


「よし、今度から女の子を助ける時はしゃべるな」

「善処する」

「ポーズも禁止な」

「むむ」

「無理なのか?」

「どうやったらいいかわからん。多分自然に出る」

「お前は歩くと無意識に頭が前に出るニワトリか」

「慶次、ニワトリの首を体に固定するとどうなるか知っているか?」

「知らん」


そんな会話をしながらも慶次とバスに乗る。


今日の目的は慶次の彼女にプレゼントするための買い物の付き合いだ。




「これはどうだろうか?これなら彼女の心は慶次の暖かな気持ちで満たされて天にも昇るような気分になるだろう」

「頼むから店の中でミュージカルのようなポーズを取らないでくれ」

「そうだな、ここの通路は狭いからな」

「そういうわけじゃないんだが…徹夜がこれを選ぶなら、それにすればいいか」


俺が勧めたのとデザインは似ているがずっと地味な印象のアクセサリーを選ぶ慶次。


「それでいいのか?」

「ああ。お前の『素晴らしい感性』より3段階くらい控えめにすると彼女が喜ぶんだ」

「そうか、それならいい。親友である慶次の役に立てるなら俺の…」

「だから人目に付く店内でそういうのはやめてくれ」


せっかく他のお役さんや店員さんの視線が集まっていい気分だったのにな。





翌日。学園にて。


俺は稲葉学園高等部1年生。

そして慶次は同じく1年生だが特進クラスという成績優秀者の集まるクラスに居る。


俺も頭が悪いわけじゃない。


赤点を一度も取ったことなど無い。

その代わり平均点に届いたことも無い。


飛行機が水面ぎりぎりを飛ぶと浮力(※本当は揚力です)が増えて省エネになるらしいがそれと同じ原理。


つまり最小限の勉強量で進学できるギリギリの効果を生み出す省エネ勉強法をしているというわけだ。


「やあ、みんなおはよう。今日から6月、暑くなってきたけど体調は大丈夫かい?」


教室に入るなりポーズをキメながらそう言うとみんなの視線が俺に集まってから、すっとそれが元に戻される。


どうやら今日の挨拶はみんなのお気に召さなかったようだ。

まだまだ修行不足だな。


ぴろん


スマホの通知音が鳴って確認すると慶次からだ。


朝からとは珍しいな。忘れものか?

いや、慶次に限ってそんなことは無いはず。


『上級生がクラスメイトにちょっかいをかけている。助けてくれ』


おお!親友のピンチならば颯爽と駆け付けねば!


俺は廊下を全力で『競歩』して先生に怒られないようにしつつ、急いで特進クラスに入る。


すると教室の一角で大声を出している生徒が居た。


「だからさ、お前がアタシの彼氏に色目使ったんだろ?でなければアタシがフラれるわけないんだよ!」

「いえ」

「あいつ、前からお前の話ばかりしてたんだよ!ほら!何か言い返してみろよ!」

「いえ」


3年の女子生徒がおとなしそうな女子生徒に食って掛かっているようだ。


「上級生って女子じゃないか。どうして俺を呼ぶんだ?」

「奇天烈なお前なら有耶無耶にできるだろ」

「そうか。なら任せろ」


親友に期待されたのであれば応えなければなるまい。


「やあ、先輩」

「何よ…って、アンタまさか佐々木徹夜?!」


一歩後ずさる先輩。

どうやら俺のために場所を開けてくれるらしい。


「先輩のような見目麗しい方にわたくしめの名前を憶えていただいているとは光栄の至りでございます」


そういってすっとお辞儀をすると先輩がさらに教室の壁際まで後ずさった。


「う、噂は本当だったのね。マジでキモいじゃねーかよ」


どうやらこの程度の言葉では先輩の心には響かないらしい。


「そろそろ朝のホームルームが始まってしまいます」

「うるさいわよ!アタシは彼氏をこいつに取られて腹立ててるのよ!」

「ない」

「だからもっとちゃんと話せってんだよ!馬鹿にしてるのか!」

「いえ」

「何が『二文字しか話さない寡黙な妖精』だ?ただのネクラじゃねーかよ!」

「そんなことはない」


俺は妖精と呼ばれた少女の前に立つ。


「見るがいい、彼女の瞳を。うつむいていてもその輝きは銀河のよう。そしてその艶やかな髪は見る者の心を奪うほどに黒く美しい」

「な、何よいきなり…」


先輩の表情が変わった。

もう一押しだな。


「そして先輩。あなたもその美しさだけでなく、高等部3年生とは思えないほどの大人びたプロポーションをしていらっしゃる」

「ひっ」


先輩はその体をきゅっと抱きしめる。


「あなたを振った彼氏に見る目が無かったのだろう。しかし、きっとすぐにもっと素晴らしい出会いがあなたを待っているだろう。なぜなら失恋は女性をより美しくするからだ。さあ、先輩!今こそ!」


俺は一歩踏み出した。


「や、いやあああああっ!」


すごい勢いで先輩は教室の外に走り去っていった。

どうやら俺の言葉が心に響いたらしいな。


「さすが徹夜。見事に追い払ってくれたな」

「追い払ったわけじゃない。彼女が未来に向かって歩み始めたんだ」

「またそういうことを…すこしは周りの様子を見て察しろよ」


周りを見ると特進クラスの生徒はみな参考書を読んでいる。

さっきまでは全員が先輩たちの様子に注目していたことを考えると…


「どうやら俺がクラスのピンチを救って、いつも通りの風景に戻せたようだな」

「うん、お前ってそういうやつだよな。大丈夫、俺はわかってるから」

「とう」


ん?


小さな声が聞こえたので振り向くと、妖精と呼ばれていた女子生徒が俺に向けて何か話しかけてきたようだ。


「とう」

「ああ、ありがとうってことか。何、気にするな。俺は親友に呼ばれてここに来ただけだ。その結果君のつらさを払拭できたならまさに僥倖だ」

「お前、どうしてそういう言い回しができるくせに国語とかは全然なの?」

「テストには決まりきった回答しかない。しかし、俺の言葉は心の底から湧いて紡ぎだされるものだ」


くす


「ふふ、やはり女性は笑っている方がいい」

「どこがだよ。いつも無表情な薬師寺さんがそう簡単に笑うわけないぞ」


この妖精は薬師寺さんと言うらしい。


「彼女は別に無表情じゃないぞ。同じような海面を見てもその流れは均一でないように、彼女の一見無表情に見える表情にも実は彼女の繊細な心が現れているんだ」

「う」


彼女は小さくつぶやくと顔を伏せてしまった。


「おい、困ってるじゃないか」

「そうか、すまなかった。だが、きっと君の彼氏もそう思っているはずだ」


すると薬師寺さんは少し顔を上げて


「ない」


というとまた顔を伏せてしまった。


「そうか、彼氏が居るわけじゃなかったのか。勝手な思い違いをしてすまない」

「おまえ、薬師寺さんの言ってることがわかるのか?」

「彼女の言葉と表情と話の流れでわかるが」

「お前、それでどうして国語のテストで登場人物の心情とか読めないの?」

「テストに登場人物の挿絵がいくつもあればわかると思うが」


ぴくっ


なぜか薬師寺さんの体が小さく跳ねた。


「今のは?」

「何か薬師寺さんの琴線に触れたらしい」

「本当か?凄いな徹夜!」

「こらこら、他のクラスの生徒は早く戻れ!朝のホームルームだぞ」


どうやら先生が来てしまったようだ。


「では、親友よ。また困ったことがあれば俺を呼ぶがいい」


そして俺は舞台を去るように優雅に一礼をして特進クラスを立ち去った。




放課後


帰宅部の俺は同じく帰宅部の慶次が出てくるのを昇降口で待っている。


くいくい


振り向くと、薬師寺さんが俺の服の裾を引っ張っていた。


「…」

「薬師寺さんも帰るところか。俺は親友の慶次を待っているんだ」

「てつ」

「俺の名前?ああ、テツと呼んでくれて構わないぞ」

「ゆず」

「君は薬師寺ゆずさんと言うのか。爽やかな感じがする素晴らしい名前だな」

「う」


彼女は頬を染めてうつむいてしまった。


誰だ?彼女を無表情なんて言ったのは。

こんなに表情豊かじゃないか。


「それで俺に何の用だったかな?」

「たい」

「待たせたな、徹夜…って薬師寺さん?!」

「おう、慶次。何だか俺に用事があるらしくてな」

「たい」

「なんて言ってるんだ?」

「頼みごとがしたいのだろう。下校時であるからして、一緒に帰りたいのか?」

「はい」

「お前すごいな。よし、それなら薬師寺さんは任せた。それとな」


慶次が俺の耳元にささやいてくる。


「薬師寺さん、めっちゃ可愛いだろ。誰も落とせてないけど、お前ならできるかもしれない。頑張ってみろ」

「どうしてだ?」

「俺もお前から彼女へのプレゼントの相談されたりとか、ダブルデートとかがしてみたいんだよ」

「そうか。だがそういうのは相手の気持ちが大切だ」

「そうだろうけどな。まあいい。じゃあな」


親友は去り、残されたのは俺と薬師寺さんだけだ。


「薬師寺さん、それでは帰ろうか」

「ゆず」

「ゆずさん、それでは帰ろうか。あなたの家までエスコートさせていただこう」

「うん」


彼女の口角が2ミリ程上がった。

どうやら喜んでくれたようだ。




彼女はとても背が低い。

141センチか。


俺は武道をやっている関係で、他人の身長や手足の長さ、体重などを正確に把握することができる。

もちろん、女性の体重や胸のサイズを測るなどという不埒な真似はしない。


そんな彼女の横に立って歩くと身長177センチの俺と比較されてより低く見えそうだから、俺はあえてわずかに前を歩くことにする。


「なぜ」

「なぜ帰り道がわかるのかって?それはゆずさんの目線や体の向きから察しているからだ」

「ごい」

「すごいか。しかし俺の師匠なら相手が次にする動きも全部読んでしまうのだがな。それが俺の目標の1つでもある」


武道の師匠は『達人』を超えた『超人』と呼ばれる人で、クマを素手で倒したしたことがあると噂になっている。


でも実際は生け捕りにしただけ・・だ。

なぜなら俺が師匠から習っている武道は相手を傷つけないためのものだからな。


「そこ」

「ん?喫茶店に入りたいのか?」

「たい」

「そうか、少しゆっくり話したいか」


俺はゆずさんと喫茶店に入った。



「これ」

「カフェラテだな。注文をお願いしたい」


俺は店員さんを呼ぶ。


「俺はアイスコーヒー。ガムシロップだけ付けていただきたい。あとこちらの彼女はカフェラテで。それとパフェも2つ」

「え」

「これも欲しかったのではないのか?俺が頼まなさそうだから遠慮していたと思われるが」

「ない」

「そうか。俺に遠慮したんじゃなくて手持ちがなかったのか。まだゆずさんの言いたいことを良くわかってやれなくてすまないな。でもお金なら気にするな。俺が勝手に頼んだんだから俺が出す。もし食べなくても2個くらい食べられるからな」

「はい」



そしてパフェと飲物が届き、彼女はもくもくと食べ始めた。


お話は食べてからのつもりかな?

パフェのアイスが溶けるといけないものな。




「さま」

「こちらこそ、ごちそうさま。嬉しそうに食べてくれて良かったよ」

「しが?」

「私が?って?ああ、いい笑顔だったよ」

「う」


少し照れているようだ。

この彼女のはにかむ表情がわからないなんて、特進クラスのみんなは大いに損をしていると思うぞ。


「それで、どんなことを話そうか?」

「たい」

「お願い事?」

「はい」

「どんな?」

「とも」

「友達になりたい?」

「はい」


それは嬉しい話だ。


俺は親友である慶次以外に仲の良い友達はほとんどいない。

ましてや女性の友達なんて初めてだ。


「君のような輝く瞳と美しい黒髪をした素敵な女性が友達になってくれるなんて、こんな幸福は無い。ぜひ、あなたのその申し出を受けさせていただこう」


そう言って、机に座ったままではあるが、片手を横に広げてもう片手を胸に当てて、承諾のポーズをとる。


「うわ」

「キモ」


何か周りから声が聞こえるが、二文字しか話せない人はわりと居るようだな。


「しい」

「そうか、喜んでいただけて幸いだ」

「これ」


ささっと、彼女がスマホを出してきた。


「して」

「連絡先も交換したいのか。それは嬉しい」


見ると、そこには電話番号が表示されていた。


「RINEなら電話番号から登録するよりQRコードのほうがいいのではないか?」

「める」

「なるほど、ショートメールのほうがいいと」


お互いに電話番号を交換すると、ゆずさんがすぐに何かを打ち込んでいる。


ぴぴっ


ショートメールの着信音ってこんなのだったのか。

ゆずさんのおかげで気にも留めていなかったショートメールの着信音を知ることができたな。


『とう』


表情が見えないと文字だけでは言いたいことがわかりにくいな。

今は目の前に居るからわかるけど。


「ありがとうか。『どういたしまして』…と」


ぴぴっ


ゆずさんの同じ通知音がして、画面をじっと見つめて薄く微笑んでいるようだ。


なるほど、確かに美少女だと改めて思った。

そんな彼女と友達になれたのはそれこそ神に感謝せねばなるまい。



そして俺はそこでゆずさんと色々な話をして時間を過ごしたのだった。




〇ゆず視点〇


見つけた。


私の運命の人。


いきなり私の所に来て、言いがかりをつけてきた先輩から救ってくれた。


その素晴らしい・・・・・話術と仕草で。


その時、私は彼に赤面するほどに褒められてしまい、しばらく顔を上げられなかった。


私の瞳と髪がそんなに綺麗だなんて。

嬉しい。


容姿を褒められることはあるけど、こんなに心に響いたことは無かった。


無表情と言われている私の表情もわかると言ってくれた。


海のようだって。

繊細な心が現れているって。



彼の言葉はひとつひとつ私の心に突き刺さる。

それはとても心地よい刺激だった。


そしてろくに話す事どころかメールすらうまく会話できない私の言葉を、彼はきちんと察してくれる。


さらには楽しいことを言って笑わせてもくれる。

心から笑ったのってすごく久しぶり。


この人しかいない。

この人がきっと私の運命の人だ。


そう思って、下校時に彼を見かけてすぐに駆け寄った。

彼は私の言いたいことをわかってくれて、一緒に下校できることになった。


そしてそのあとどうしようか考えつつ、自宅への道を無意識に歩いていてふと気づいた。


どうして彼は私の少し前を歩いているのに、私の家の方へと進んでいるのだろうか?


…どうやら私の視線や体の向きとかで行きたいところがわかるらしい。


すごい!


彼がますます素敵に思えてくる。


でも、ずっと歩くだけだといつか家についてしまう。


その前に、彼に気持ちを伝えないと。


そして喫茶店に入ったら、そこは私が食べたかったパフェがある店だった。


期間限定。


頼もうと思ったけど、今日は持ち合わせがない。


あきらめたところで、彼がそれを察して注文してくれた。


そして私がパフェを欲しがっているけどお金が無いこと聞いておごってくれた。


なんて優しい人だろう。


本当は食べながらお話をしたかったけど、彼と何を話していいのか、自分の心の整理がついていなかった。


だから、とりあえずパフェを食べながら考えた。


彼がおごってくれたパフェは期間限定だけのせいではない特別な味わいに感じた。




私は私の心をわかってくれる友達がほしかった。

だから、まずは友達になってほしい。

そう伝えた。


「とも」


たった二文字の言葉で。


そして、彼は私を受け入れてくれた。

とても素敵な言葉と優雅な仕草で。


少し頬が熱くなったのを感じた。

会ったばかりでまだ好きとかそんな感情は無いと思う。

でも、彼の言葉やしぐさは私の心をときめかせる。


ああ、時間がどんどん過ぎていく。


どうしてだろう。


会ったばかりなのに、もう『ただの友達』ではいられなくなってきた。


彼に触れたい。

彼と手をつなぎたい。


そう思った私は…。



〇徹夜視点〇


喫茶店から出ると、彼女がそこから動かない。


「どうしたの?」

「ん」


彼女は自分の胸の前で右手をこね回すようにしている。

そのしぐさがとても可愛らしい。


「てを」

「手…そうか。手に何かしてほしいのか」


俺は手を差し出すと、そこにおずおずと彼女は手を乗せてきた。


そうか、この体勢は…


俺はかがみこむと、彼女の手の甲に口づけをした。


「今日はとても楽しかったです。あなたのような美しい妖精と友達になって色々な話ができて嬉しく思います」

「はわ」


彼女は真っ赤になっている。


どうやら少しばかりやりすぎたようだ。


「申し訳ない。女性の肌に気安く口づけなどしてしまうとは。どのような責めも甘んじて受けよう。そして、俺にできることなら何でもさせてもらいたい」

「いい」

「許してもらえるとは、なんと寛大な人だ」

「では」


どうやら今日はここで別れたいらしい。


「では、また明日」

「てつ」

「はい?」

「がとう」


その時、俺は初めて彼女が3文字の言葉を発するのを聞いたのだった。

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