第41話 それぞれの門出
卒業式の朝、いつものように家族四人で食事をしていると、突然父が神妙な顔で口を開く。
「カラスウリ、お前は今日高校を卒業するわけだが、その前にお前の名前の由来について説明しないといけないな」
「それならもう知ってるよ。カラスウリの花言葉が『男嫌い』だからでしょ?」
「ああ。でも、他にも『誠実』というものがあって、意味は、真心をもって人や物事に対することだ」
「ふーん。それは知らなかったわ。でも、なんで今頃、教えてくれる気になったの?」
「パパが決してお前を手許に置いときたくて、カラスウリと命名した訳じゃないことを知ってほしくてさ」
私が普段から子離れできないと言ってたことを、父は気にしていたみたいだ。
「そんなの、気にしなくていいのに。もう子離れできないなんて、思ってないからさ」
私は四月から県外の大学に行くため、家を出る。
父は最初反対したけど、私が自立したいと毎日のように言ってるうちに、最後は認めてくれた。
「それにしても、カラスウリがもう高校を卒業するなんて、月日が経つのは早いものね」
母がしみじみと言う。
「ちなみに俺も来週大学を卒業するんだけど、それについて何か思わないの?」
自分にも注目しろとばかりに、兄が横入りする。
「お前の顔はもう見飽きた。お前こそ、さっさと家を出て自立しろ」
そんな兄に、父が辛辣な言葉を放つ。
兄は就職先が近所のため、家から通うみたいだ。
「ひでえなあ。俺まで出て行ったら、一気に寂しくなるだろうと思って、家に残ることにしたのにさ」
「父親にとって娘は特別な存在なんだ。まあ、お前も結婚して、娘ができれば分かるよ」
「あら、それを言うなら、母親にとって息子は特別な存在よ。だから私は、直樹が家に残ってくれて嬉しいわ」
今日は私の卒業式なのに、いつの間にか話が変な方向へ行っている。
まあ、この家族らしいといえば、それまでなんだけど。
「じゃあ、いってきます」
私はそんな家族に、高校生活最後の挨拶をして、家を出た。
やがて学校に着くと、私はいつものように自転車を駐輪場に止め、3年4組の教室へ向かった。
「おはよう」
談笑しているお笑い研究部のメンバーに挨拶すると、彼らは満面の笑みで「おはよう」と返してくれた。
三場君は四月から大阪のお笑い養成所、ヨッシーは看護の専門学校、福山君は警察学校に行くことが決まっている。
「こうして四人で会うのって、今日が最後になるんだね」
ヨッシーがしみじみと言う。
「なんでそうなるんだ? 同窓会で会えるじゃないか」
福山君がそう言うと、ヨッシーは大げさにかぶりを振る。
「あたし、多分、そういうの行かないから」
「なんで行かないんだ?」
三場君が不思議そうに訊く。
「過去を振り返るのが好きじゃないから。同窓会って、過去を振り返って懐かしむために集まるんでしょ?」
「それだけじゃないわ。お互いの近況を報告して、みんなが今どんな生活をしてるか、知ることができるじゃない」
「それを知ったからといって、別にどうなるものでもないでしょ?」
ヨッシーにそう言われ、返す言葉が見つからず黙り込んでいると、校内放送で卒業生は体育館に集まるよう促され、私たちは卒業式が行われる体育館へ向かった。
出席番号順に一列に並び体育館に入ると、在校生たちが拍手で迎えてくれた。
私は先頭だったため、少し気恥ずかしかったけど、クラスの代表になった気持ちで堂々と歩いた。
国歌斉唱の後、卒業証書授与式が始まり、卒業生一人一人の名前が呼ばれていく。
生徒たちが舞台に上がって卒業証書をもらっている姿を観ていると、その人たちのことをまったく知らないのに、なぜか胸が込み上げてくる。
やがて自分の名前を呼ばれると、私は「はい!」と大きく返事をし、舞台に向かって歩き出す。
そして校長先生から卒業証書を受け取った瞬間、私は堪えきれず、大粒の涙を流してしまった。
自分の席に戻った後、私は自問自答する。
なんで泣いてしまったのかと。
多少なりとも、この学校に思い入れはあったけど、別に泣くほどではない。
じゃあ、なぜか……いくら考えても、答えは見つからなかった。
その後、式は卒業生代表が答辞を述べたところで終了し、卒業生たちはそれぞれの教室に戻った。
多くの女子生徒が泣いている中、担任がはなむけの言葉を掛けてくれ、それがまた一層涙を誘い、ほとんどの女子たちは号泣していた。
そんな中、ふとヨッシーに目を向けると、彼女は笑顔でこっちを見ている。
こんな時になんで笑っているのかと思っていると、さっき彼女が言った『過去を振り返るのが好きじゃない』という言葉を思い出した。
女子たちが泣いているのは、入学した頃から今日までを振り返って、いろんな出来事を懐かしんでいるからだろう。
そうすることが好きじゃない彼女は、きっと未来のことしか見ていない。
小さい頃から夢だった看護師の勉強ができることが、嬉しくてたまらないのだろう。
それに比べ、私は将来何になるか、まで決めていない。
大学に入ってから決めると言えば聞こえはいいけど、まだ決まっていないから、とりあえず大学に行くというのが実情だ。
やがて担任の挨拶が終わると、生徒たちはお互い最後の挨拶を交わしながら、教室を出て行く。
そんな光景を観ているうちに、いつの間にか、残ったのは私たち四人だけになった。
「じゃあ、俺たちも帰ろうか」
福山君がそう言うと、「そうね」と、ヨッシーも続く。
三場君も立ち上がり、彼らはそのまま出入口に向かって歩き出す。
居たたまれなくなった私は、思わず叫んでしまう。
「ちょっと待って!」
その言葉に、三人は一斉に振り返り、怪訝な目を向けてくる。
「なんだよ、いきなり大声出して」
「そうよ。ビックリさせないでよ」
「池本さん、何か言いたいことでもあるの?」
「このまま別れるのは、あまりにも味気ないというか……なんでみんな、そんな簡単に割り切れるの?」
「これが今時の若者の姿で、お前みたいな奴の方が逆にレアなんだよ」
福山君が年寄りみたいなことを言う。
「割り切らないと、いつまでも前に進めないじゃん」
ヨッシーはどこまでも前向きだ。
「結局のところ、池本さんはどうしたいんだ?」
三場君が追い詰めてくる。みんなはもう前しか見てないんだね。
「福山君の言う通り、どうやら変なのは私の方みたいね。じゃあ、もう帰ろうか?」
そう言うと、彼らは怪訝な顔をしながらも、そのまま教室を後にした。
私はそのまま駐輪場に向かい、自転車に乗って校門まで行くと、みんなが待っていてくれた。
「三年間いろんなことがあったけど、みんなと一緒に部活動をできたことが、一番の思い出だよ。じゃあ、みんな元気で」
福山君はそう言うと、ヨッシーと共に駅に向かって歩いていった。
「池本さんがいなかったら、僕は途中でへこたれていたかもしれない。本当に、ありがとう」
「私こそ、三場君のおかげで、充実した三年間を過ごすことができたわ。三場君がお笑い芸人として成功することを心から祈ってる」
私は三場君と最後の挨拶を交わすと、彼とは逆の方向へ自転車を漕ぎ始める。
私は結局、三場君に告白することができなかった。
お笑いしか興味のない彼を、振り向かせることができなかった。
でも今は、不思議と後悔はしていない。
将来間違いなく一流のお笑い芸人になる彼と、深く関わることができただけで満足だから。
この先、いくつもの困難が私を待ち受けているだろう。
その時は彼と交わした日記を読み返すつもりだ。
大好きだった彼の文字を見れば、どんな苦しいことでも耐えられるはずだから。
了
ホワイトジェネレーション 丸子稔 @kyuukomu
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