第7話 事件の真実、そして私たちの旅立ち
それから院長の号令で関係者一同が礼拝堂に集められました。
「結論から述べます。犯人はシスターアヤメ、貴女です。」
アナベルの冷徹な告発がさした犯人はアヤメ様……。
「理由をお聞かせいただいても?」
対するアヤメ様は眉一つ動かさず、冷静なものです。
「時系列で整理しましょう。まずはショーの前日に犯人はシスターパシリカの小銭袋を盗んでおきます。庭の花壇の石と小銭と土を詰め限界まで硬くなるように加工しておくのも重要です」
「逃走資金にでもするのか~?」
「いいえ、これこそが真の凶器です。」
アナベルは続けます。
「そして事件当日、ショーの直後、解散した皆さまはそれぞれの持ち場の日常業務に戻ります」
「コロッサ先輩とアヤメ先輩は客室棟の担当っすよね」
「客室棟。そこが今回の事件現場です。シスターアヤメはここで二つの道具、とりわけ犯行を吸血鬼のせいに見せるためのものを二つ取りに行きました。
それがマントと、牙……より具体的に言えば、ショーでシスターコロッサが着たマントと、トイレのドアノブを固定するためのネジです。」
「俺が見た吸血鬼はあんたじゃなく犯人の仮装だった……というわけかい?」
「そして小銭袋で後頭部を殴打し、殺害。しかし、この時点で生きていてもいなくても、少なくとも意識を失ってもらえればよいわけです。その後には吸血鬼退治が待っていますから。それより優先したものは、首をネジで傷つけ、吸血鬼の噛みあとを作ることだった。」
「……最終的にトドメをシスターケアレにやらせるつもりだった、と……」
「そして、自分は集金袋の始末に向かいます。取り返しがつかない形で捨てると騒ぎが大きくなる。そこでシスターアヤメは自分よりいささかうっかりさんな後輩の行動に期待しました。このプランならたとえ真の死因が撲殺だと感づかれても、犯人は仕事が丁寧にできない後輩、ケアレに押し付けられます。」
「土と小銭をとりあえず花壇に隠し、丁寧に洗わないまま遺体安置室に置きます。あとは小銭袋回収と吸血鬼退治をごっちゃにしたシスターケアレは全てを終わらせる……はずだったのです」
しかし、そうはいかなかった。杭はコロッサ様の死にかけの体を貫きませんでした。と。
「シスターアヤメは困ったことになりました。仮に仕留めそこなっていて文字通り吸血鬼伝説の再現となれば……」
「小銭袋の件、殴打の件、ドアノブの件……一気に最強の証人が明かしてしまうというわけか……」
「最終手段として、『尻ぬぐい』をすることにしたのです。いつものように。」
「ケアレ……ケアレさえ……」
アヤメ様の恨めし気な唸り声。それは私にとっても今回の結論を納得させるにふさわしいものでありました。
「そうだ、院長には動機がたっぷりありますわ!私と違って!」
足掻くアヤメ様。アナベルは渋い顔。だってそうです。アヤメ様の動機に関する調査は未着手もいいところなのです……
「それについてはこっちから、いいかな?」
助け舟を出したのはパシリカ様だったのです。その手には古新聞。
数年前の「ケルディーア事件」においてコロッサ様の実家が用意した渡航手段で吸血鬼ケルディーアは東の島、アヤメ様と私の故郷に赴き……
アヤメ様の親族をことごとく、吸い殺したというのです。
「降参、ですわ」
アヤメ様は罪をお認めになられ、到着した警察に自ら連れられて行きました……。
こうして、事件は終わったのです。
「事件の直後というタイミングで申し訳ないですがシスターアサヒ。あなたにもこの修道院を出て頂きます。」
「ええ、心得ております。」
これは決して追放や破門の類ではありません。本修道院には見習いの修道女が一人前の修道女を名乗る為の卒業試験として、一年の旅をすることになっているのです。神の庭を離れても信仰を清く保つことを求める試練です。
「では、その旅路、このアナベルも同行すると致しましょう……」
自室の荷物を用意していたカバンに詰め、私はアナベルの馬車に乗り込みます。
「歴代で最も過酷な試練になりそうですな、シスターアサヒ」
「きっとやり遂げて見せます」
院長と別れを済ませ、馬車は山を下りて行きます。
吸血鬼と修道女の奇妙な旅が、こうして始まったのです……。
吸血奇術師の事件簿~偽りと過ちと 龍丼 @tatudon
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