第6話 真実の現場と過去の因縁

 院長室につくと、珍しく院長は部屋を留守にしていました。

今のうちに日記でも調べてみようと調べたところ、適当に開いたページの内容に、今朝がたアナベルの言葉にあった文字列が並んでいました。

「ケルディーア・アンダーソン」

読み進めるとそれはどうやら相当な悪人……というより吸血鬼の名だというのです。

3年前のその日記によるならば、院長は自身が罪に問われると知りながらその吸血鬼の悪行について偽証し、逃がしたというのです。

その理由自体は納得できます。この修道院自体を守る為、脅されていてそうするよりほかはなかったというのですから。

問題はその事実を唯一知っていたのがこの度の被害者、コロッサ様だというのです。

またしても院長に動機が積み重なっていきます……。


 「アサヒ、この表に間違いはありませんか」

日記を読み終えた私を呼び止めアナベルが見せたものは事件当日の当番表です。宿舎の当番はコロッサ様と……アヤメ様。

それ自体は間違いありません、その日の朝から実際にお二方はそこで作業をしていたのですから。

「それが本当なら、院長本人の証言は不要です。最後に客室棟を見ておきましょう。おそらくそこが……本当の事件現場ですから」


 待ってください。私たちがコロッサ様の死体を見つけたのは遺体安置室だったはずです。

「昨日のショーの後、一時的に助手用のマントがなくなっていたんです。少なくとも、犯人かいる場合は共犯者が客室棟に来なければなりません。それ以外のことは、後でちゃんと説明いたします。」

今はアナベルを信じるよりほかはありません。私たちは客室棟に向かいます。

到着した客室棟、その廊下では半泣きになりながらケアレが廊下にモップをかけているところでした。

「アサヒー!困ったっす……。例によってパシリカ先輩、いつもの突発的体調不良で……。」

パシリカ様は決まって客室棟の担当になるとこうやって逃げるのです。

客室棟の清掃、接客は外部の人間に顔や勤務態度をさらすことになります。不真面目にやっているところを巡礼客に見とがめられ院長にチクリが入れば大変だというわけです。


「ぐわあ!吸血鬼がまだいやがる!ひいいいい!」

私たちの背中すぐの位置の部屋から野太い男性の悲鳴が響きました。この方は旅の途中、一泊の宿を求め当修道院を訪ねてくださったお方です。

「あのお客さん、吸血鬼がやけに怖いみたいで……アナベルさん、一旦女子更衣室にはけてほしいっす。」

「承知しました。では……」

ケアレの判断でアナベルがいなくなったことで、十数分かけてようやく落ち着きを取り戻した旅の方。

「吸血鬼がそんなに怖いのですか?」と尋ねたところ……

いやに興奮した、しどろもどろな声で捲し立ててきました。

その中からどうにか言葉になっている部分をつなげると、大体以下のようなのです。

「黒マントの女が金髪の修道女を抱いて去っていくのを見た」

「抱きかかえられた金髪の女性はぐったりしていて、首から何か垂れていた」

「二人とも鏡に映らなかった」

で、あるから吸血鬼が金髪の修道女、すなわちコロッサ様を襲い、吸血の犠牲者として吸血鬼化しかけたコロッサ様を始末したに違いないのだ、と。


 そこまでを一気に捲し立てると、旅の方は気を失ったように寝てしまいました。

「アナベルさん、でてきていいっすよ」

合図に合わせて出てきたアナベルの手には、ドアノブが握られていました。

「どうやらここの女子更衣室の一番奥、ドアノブのねじが外れているようですね……」

修道院は実のところ財政難で、あちこちにガタが来ています。これもその一つでしょうか。

後は鏡に映らなかった吸血鬼の問題です。

「鏡っていうのはおそらく入口近くのセーフルームの入り口のことっすよね」

ええ、そのはずです。修道院が何者かに襲われた際の逃げ込み先の隠し部屋の入り口は鏡に偽装されています。

当然鏡ではないので吸血鬼に限らず人間も映りません。

「なるほど、鏡と、ドアノブと……」

少し考えこむ仕草の後、アナベルは宣言しました。

「調査完了です。人を集めてください。犯人と、その手口が解りました。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る