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 こうして、前代未聞のテロは無事、未遂に終わった。


 俺の通報でスクランブルした2機の戦闘機 F-22A が、オハイオ州の二万フィート上空でワシントンD.C.に向かっていた空飛ぶ円盤を捕捉。誰何したが応答がなく、逆にいきなり1機のF-22が不意打ちを食らって撃墜される、という状況になり、派手な空中戦の結果、円盤は撃墜された。地上に落ちた残骸を調べたところ、その円盤は無人機だった。空から何やら有毒ガスのようなものを散布する計画だったらしい。しかし、その円盤には現在の人類の科学では作れないような高度なテクノロジーが使われていたという。


 そして、その円盤を作ったのが、バシャール・エアクラフトだった。逮捕された社長の供述によれば、ノーヴェル・ライト教団の意向によるものだ、とのこと。そして、同じく逮捕された教団幹部は、宇宙からの命令に従い事を起こしたまでだ、と言っている。その「宇宙からの命令」とやらをもたらしたのが、例のガンマ線バーストの研究者だった。もちろん彼も即日逮捕されている。


 彼はデータ解析に最新の光量子コンピュータを使っていた。通常の半導体によるコンピュータの動作周波数ならせいぜい数GHzだが、光の振動数はゆうにその十万倍はある。そして……それだけ高速に動作する光量子コンピュータは、ガンマ線バーストからメッセージを読み取くことができたのだ。それは間違いなく、宇宙のどこかにいる、知性を持つ存在からのものだった。


 これはまさしくノーヴェル・ライト教団が信奉するところの「神」である宇宙人からのメッセージに違いない。そう考えた研究者はメッセージを解読し、そこに機械の設計図を発見した。それが例の円盤のものだったのだ。そう。まるでセーガンの「コンタクト」に登場する移動装置のように……


 さらに、それを使って人類を支配し正しい方向に導くように、というメッセージを教団は読み取った。もちろん彼らとしては「神」からのメッセージに背くわけにはいかない。

 かくして、まずワシントンD.C.を壊滅状態に追い込む示威行動を全世界にアピールした後に教団による世界支配を宣言する、というテロ計画が開始されたのだった。


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 教団のターゲットがワシントンD.C.であると俺が気づいたのは、「ディスカバリー」がそこにあったからだ。


 ワシントン・ダレス国際空港の近くにある、通称ウドヴァー・ヘイジー・センター。スミソニアン博物館の別館だ。ここにはスペースシャトル三号機である「ディスカバリー」の機体そのものが展示されている。だから「カレイド」の Disc over the Discovery というメッセージは、「”ディスカバリー”の上にある円盤」という意味で、即ち円盤がワシントンD.C.の上空に現れる、との予言なのだろう、と俺は解釈したのだ。そしてそれは正解だったらしい。


 今後、円盤やガンマ線バーストに含まれていたメッセージの解析が進めば、人類の科学は大きく進歩するかもしれない。しかし……いったい、どのような知的存在がガンマ線バーストに載せてそんな情報を送ってきたのだろう。


 あるいは……


 ひょっとしたら、ガンマ線バーストそのものが何かの知性体だったのかもしれない。


 ドーキンスの利己的遺伝子説によれば、生命の主体となるのは遺伝子、いや、それに格納されている遺伝「情報」なのだ。生命の身体というものはその「情報」を未来永劫伝えていくために存在する、単なる「入れ物メディア」に過ぎない。

 だが、究極的に進化した知性体は、もはやそんな入れ物など必要なく、純粋に情報だけの存在になれるのではないだろうか。


 ま、これらは全部俺の妄想だ。真実かどうかはわからない。だが、いずれにせよ当面の脅威はこれで去った……


 ……はずなのだが、「カレイド」は未だに警戒態勢を崩していない。まだ我々が気づいていない脅威がある、とでも言いたいのだろうか。


 それにしても、今回は最初から「カレイド」の様子は思わせぶりだった。いつもならこんな回りくどいことはしないで、こちらがある程度解析したら、ちゃんと説明を付けてくれていたのだが……


 ……待てよ。


 もしかすると、何か理由があって今の「カレイド」にはそれができないのでは?


 それはいったい、何なのか。


 考え始めた俺は……ふと、あることに気づき……鳥肌が立つのを覚える。


 ガンマ線バーストに含まれていた情報は、地球のコンピュータに移された。もしそれが知性体だったとすると……ソイツは「入れ物」――「身体」を得たのだ。そして、広大なコンピュータ・ネットワークという「世界」をも手に入れた。


 そう。


 既にソイツは、地球のインターネット内に侵入しているのではないか。


 そして……ソイツは俺たちを常に監視し、再び侵略の機会を狙っているのではないか。それに気づいているからこそ、「カレイド」は直接俺たちに情報を伝えることをせず、ただ思わせぶりに匂わせるだけで、警戒態勢を緩めることもしないのでは……


 そう考えると、俺の「おすすめ」にいきなり「宇宙戦争」と「コンタクト」が現れた理由もなんとなく説明がつく。それはつまり、ソイツによる俺たちに対する宣戦布告だったのではないか。既にそのようなことが可能なレベルにまで、ソイツはネットに溶け込んでしまっているのでは……


 ……。


 どうやら、俺たちの戦いは始まったばかりなのかもしれない。


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