契約 1
風呂を出た私は黒猫を洗濯ネットに入れてドライヤーで乾かす。はじめはギャーギャーと喚いていたが、温風によって体毛が乾くことを知ると少し落ち着いたようでうとうととしている。念入りに乾かすと真っ黒の毛はふんわりとした手触りになり、すっかりただの黒猫と化した。
「よくよく見ても、ただの猫ね」
私は居間で逆さにした洗濯籠の中に閉じ込めた黒猫を籠の隙間から覗く。黒猫はムスッとしながら丸くなり、不平を言う。
『そこら辺の猫と一緒にするんじゃにゃい。ワシは天下の大妖怪 すねこすり様であるぞ。せめて名で呼べぃ』
黒猫は自らを大妖怪と豪語するが私はそんな妖怪の名を聞いたことはない。それに、かな五文字の間抜けな名はなかなかに発音しづらい。
「嫌よ。すねこすりなんて呼びづらいじゃない」
『そんな。ひと名を粗末にするにゃんて』
「粗末にするつもりはないわ。ただ、長ったらしくて面倒なだけよ」
私がキッパリと言い放つと、黒猫は更に不満そうにシャーシャーする。
『そういう貴様の名は何という』
その顔にはもし私の名が長ったらしかったら同じように罵倒してやろうという笑みが見えた。しかし残念、
「私は紗和。簡単で呼びやすいでしょう?」
私は勝ち誇った気で鼻をフンと鳴らして黒猫を見下す。
『・・・うぬ。確かに』
黒猫はしょんぼりとして目を瞑って俯いた。意外と素直なことが面白い。しかし、少しかわいそうに思う気も湧いてきた。
私は落ち込む黒猫に何かいい名はないかと考える。呼びやすく、すねこすりの名残を感じるもの・・・
ネス
私はふと すねこすり という名の中二文字を抜き取って即興であだ名が思いついた。安直な名であるがしっくりくるものがある。黒猫の不吉さを感じる響きも加わっていてかなり気に入った。
「すねこすりだと間抜けだからネスと呼ぶことにするわ」
『にゃ?』
黒猫は私が勝手に自信満々にあだ名を決めたことに驚いている様子だ。
「今日からあなたの名前はネスよ。すねこすりよりカッコいい名前になったでしょ」
私は更にプッシュする。
『間抜けとはなんじゃ!ワシは認めんぞ!』
黒猫は手をバタバタとしながら猛抗議する。相談もなしに勝手に決めやがって!という思っているに違いない。しかし、私は引き下がるつもりはない。
「すねこすりより良いと思うけどなぁ。そもそも脛をこする妖怪ってのが、なんだかパッとしないし、ハッキリ言って弱そうよ。ネスの方がよっぽど良いわ。不吉な響きがあって黒猫に合ういいセンスだと思うわよ」
黒猫は最初こそ抗議をしていたが、私の態度を見て諦めたようである。黒猫は私の上げた候補群を頭の中で復唱し、やむなしといった様子でボソッと呟く。
『ネス... でお願いします』
そうして半ば強引に黒猫の名はネスとなった。
「ネス、よろしくね」と私は籠の中のネスに笑顔で言った。
黒猫のネスは怖がらせたい 桃李 蹊 (とうりこみち) @waiwaiwainanaldum
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