EPILOGUE

旅立ち

 ——惑星ヒューゴの戦いから、約3週間が経過した。


 ヒューゴ宙域に残存するエコーズが殲滅されたことにより、マグナヴィア・クルーは一時の安寧を得た。


 しかしレーダーに映らないだけで、エコーズの生き残りがいる可能性も否定できない。

 そうでなくても、もしエコーズに自分達の把握していない情報伝達手段があるのだとすれば、第二第三のエコーズ達が現れる可能性もあるのだ。


 そんな状況を受け、生徒達の要望により、代理艦長から正式に艦長に就任したレイストフは、惑星ヒューゴを発ち、近隣星系へ移動すると決定した。


 どんなリスクを孕んでいても、ヒューゴに——故郷に隠れていたいと願う生徒は一定数いたが、現実的なリスクを鑑みて、その方策に渋々同意した。


 その結果、マグナヴィアの修理作業が突貫工事で行われた。

 しかし手を抜くわけにもいかないため、全乗組員を総動員しての応急修理に3週間もの時間を要したのだ。


 そして昨日、修理が完了し——今日が、マグナヴィア出航の日である。



 *



 マグナヴィアの艦橋室。

 制御盤を叩く音が響いている。


 と、ルーカスがレイストフに視線を送っていた。

 レイストフは仕事の呼びかけかと思ったが、ルーカスの視線がいつもとは違うことに気付いた。


 ルーカスがレイストフの元へと静かに赴く。


「……なんだ」

2の他、合わせて11人が展望室にいますが、どうしますか?」


 ルーカスがこそっとレイストフに耳打ちする。

 その報告は表向きには、『発進時には念の為、中央区画にいることが義務付けられていますが、移動勧告をしますか』という意味になる。


 だが、裏の意味は『一緒にしておいていいのですか』だ。

 余計な気遣いを覚えた付き人にため息を吐きつつ、レイストフは呟いた。


「……いいから、仕事してろ」

「御意」


 自分の席に戻っていくルーカスを見送ると、レイストフは自分の端末を立ち上げると、艦内地図を呼び出した。娯楽施設の一つ、『展望室』を開くと、確かに11名の生徒IDが入室した記録があった。


 その中には、幼馴染2人の名前もあった。

 込み上げた感情を飲み込み、レイストフは大きく息を吐いた。


(まぁ、いいさ……今は)


 レイストフは目を固く瞑ると、仕事に戻った。



 *



 展望室には、コウイチ、アイリ、シーラ、タンテとマニ、プトラ兄弟5人にモリスまでもが集まり、わいわいと騒いでいた。


 元々、中央区画に向かうはずだったのだが、コウイチの獅子奮迅の働きに感化されたエイトが拡張人型骨格に乗りたいと騒ぎ、何とか宥めようと展望室にやってきたのだ。それからは、壁面一面に広がる擬似映像に子供達は喜び、疲れた保護者達は階段に座り込み、各々が話に花を咲かせていた。


(……疲れた)


 コウイチは十分間にも及ぶエイトの質問攻めから解放され、疲れた面持ちで伸びをした。

 と、そこで視線の先に、アイリを見つけた。


 皆のいる階段から少し離れた展望台の柵に寄りかかるようにして、擬似映像を眺めている。

 その表情はどこか憂いを帯びているように見えて、危なげにも見えた。


 (…………)


 コウイチは頭をガシガシと掻きながら、騒ぎを離れて展望台へと向かった。


 理由は二つ。


 一つは、アイリの表情から、何となく、放っておけないと思ったから。

 もう一つは、フォードとの私闘の謝罪のためである。


 どちらかといえば、後者の理由の方が大きい。

 あの戦いの後、コウイチは3日間ほど泥のように眠り、その後も絶対安静を言い渡されていたため、ろくに外に出ることも出来なかったのだ。


 アイリも似たようなもので、症状が回復したとはいえ、念の為安静を言い渡されていたのだ。男女の看護室は当然別部屋に加え、フロアも違うため、まず会うことはなかった。

 動けるようになった後も、何度かニアミスしていたが周囲には常に人がいたのだ。


 結果、2人きりで何かを話すこともなく、出航の日になってしまった。


 何となく、コウイチは自分が謝ったかのような気持ちになっていた。

 だがそれは夢の中での出来事だった気がして、ちゃんと謝る機会を探っていたのだ。


 展望台へ続く階段を登る。

 すぐに登り切り、視界の先にアイリを捉える。


(…………)


 気づいているだろうに、振り返りもしないアイリに謎の緊張を覚えながら、コウイチはスッと隣に立った。


「…………」

「…………」


 お互いに示し合わしたような無言が続く。

 初めはコウイチから切り出そうと思っていたのだが、なぜかムキになってしまい、無言を決め込むことにした。


 意味不明な沈黙の時間が流れる中で、コウイチは当初の目的も忘れ、目の前の疑似映像を目で追ってしまった。


 流れているのは、惑星ヒューゴの映像だ。

 もちろん、今の荒廃したヒューゴではなく、2000年前の自分達のよく知るヒューゴである。


 この疑似映像を見るのは、二度目である。

 1ヶ月近く前に1度、シーラと見た。


 あの時のシーラは無表情な顔に、不安な感情を浮かべていた。

 だが、今向こうで膝の上にノインを乗せているシーラに、その感情は見えない。


 もし、その変化に自分の発言が絡んでいるのであれば、貫き通さねばならない。


(……父さんとの、約束だものな)


 コウイチがシーラから視線を戻したその時、アイリが唐突に呟いた。


「私達、帰れるのかな——元の時代に」

「……さぁな」


 言葉の節々からアイリの不安は感じ取っていたものの、コウイチは安易な言葉を口にすることは出来なかった。それがアイリには不満だったようで、浅いため息を吐いた。


「アンタさ……もっとこう、男らしく言えない訳? 『大丈夫!』とか、『俺に任せとけ!』とか」

「それは『男らしく』とは言わない。『無責任』ってやつだ」

「……どっちでもいいわよ」


 ふん、と鼻を鳴らしたアイリは再び柵に寄りかかり、疑似映像を眺める作業に戻った。

 機嫌は悪そうだったが、今なら話せる。そう考え、コウイチは例のことを切り出すことにした。


「あの……さ、例の私闘の……怪我の……さ——ごめん」


 コウイチはそうボソボソと呟き、頭を下げた。

 ようやく捻り出せたと思ったら、非常に情けない謝り方になってしまった。これでは怒られても仕方がない。


 コウイチは状況の悪化を覚悟したが、長い時間の末に訪れたのは、頭への軽いゲンコツの痛みだけだった。


「これで許したげる」


 コウイチはポカンと間抜け面を浮かべながら、アイリの言葉を待った。

 アイリは再度、柵にもたれかかると、つまんなそうに告げた。


「本当はもっとタカってやろうと思ったけど……どうでもよくなっちゃった」

「はぁ……」


 コウイチは上司の前で萎縮する部下のような反応を返した。

 それからしばらく、2人は疑似映像を眺めていた。


 ある時、唐突にアイリが呟いた。


「私も……ごめん」

「え」


 コウイチは唐突に謝罪され、困惑顔を浮かべた。

 その心当たりがなかったからだ。


 そんな胸中を見透かしてか、アイリが顔を見ずにポツポツと呟き始めた。


「コウイチが私達のことを避けてるのは、過去を思い出して辛いからだって、分かってた。分かってて、私は……」


 アイリはそこで言葉を切って、いきなり向き直ると、頭を下げた。


「だから、ごめん!」

「…………」


 コウイチは呆気に取られていた。

 アイリの謝罪にもそうだが、アイリがそんなことを考えていたということに、自分の気持ちが半ば見透かされていたことに。


 コウイチはその気恥ずかしさを誤魔化すべく、ガリガリと頭を掻いて思案した挙句、手刀をその綺麗なつむじに軽く落とした。


「これで許す」

「……どーも」


 頭を上げたアイリの不機嫌な顔が面白くてコウイチが噴き出すと、アイリも釣られて吹き出した。


 これは儀式だ。

 コウイチとアイリが、かつての仲に——幼馴染の2人に戻るための。

 

 お互いにどう思っていようと、もう憎んでなどいなくとも、互いに許しあうことが必要な時もあるのだ。


 ひとしきり笑った後、2人を呼ぶ声がかかった。


「何いちゃついてんだー!」

「カップル! カップル!」

「…………」


 モリスの怒りの声に、囃し立てるエイト、不穏なオーラを放つシーラ。

 その様子にコウイチとアイリは顔を見合わせて笑った。


 2人並んで歩く最中、コウイチは付け足すように呟いた。


「さっきの話だけどさ」

「何?」


 アイリが不思議そうに顔を向ける。

 コウイチが少し俯いて呟く。


「帰れるかどーかって話」

「あー……」


 アイリが苦笑いしながら頷く。

 そんな顔をさせておくことが辛くて、コウイチは畳み掛けるように呟く。


「元の時代に帰れるかどうかは、わかんねーけど……俺は——信じることにしたよ」

「……信じる?」


 その、およそコウイチには似合わない言葉に、アイリが目を見開いた。


「ああ。『きっと帰れる』って、そう信じて——俺は戦う」

「…………」


『戦う』——その単語を聞いて、アイリの顔に陰が差した。

 今回の戦いだけではない。前の戦いの時も、コウイチは死にかけている。肯定などしようもなかった。


 アイリはコウイチはまた遠くに行ってしまう感覚に襲われ、目を伏せた。その時。


「絶対——くるから」

「——!」


 コウイチの単語に、アイリは伏せた目を見開いた。

 恐る恐るコウイチの方へ視線をやると、コウイチとバチりと目があった。


『帰ってくる』。

 その単語が意味するところを知りたく、その瞳を覗き込んだのだが。


 コウイチは悟ったような顔で、力強く告げた。


「今はマグナヴィアここが——俺の帰る場所だから」

「…………」


 アイリは期待した気持ちが急降下した失望をエネルギーに変え、コウイチの背中に回し蹴りをお見舞いし、痛みにもんどり打って倒れるコウイチを置いて、アイリはみんなの元へと戻った。


 腰をさすりながら戻ってきたコウイチを、モリスが小突き回し始め、シーラも追撃に加わり始めた頃、船内アナウンスが響き渡った。


『——こちらは艦橋室です。ただいまをもちまして、全ての出航手順シークエンスが終了しました。これよりマグナヴィアは離陸致します……繰り返します——』



 *



 艦橋室のマイク付きの席に座っていたティアナはマイクを切ると、優雅に立ち上がった。


「艦内アナウンス、終了しましたわ」

「ご苦労」


 ティアナの報告に儀礼的に返すレイストフ。

 不満そうな顔を浮かべたティアナがすごすごと自席に戻っていく中、口頭での最終確認が行われていた。


循環反応炉サイクルリアクター出力安定……出力を60%で固定」

全重力場発生装置フィールドジェネレーター出力安定……展開方式を二で固定」

慣性制御重力場イナーシャルフィールド展開……展開完了」

「重力場展開による船体への損害、ありません」

「全乗組員を確認——レイストフ様」


 それぞれの報告を総括するように、ルーカスがレイストフに視線を送り、レイストフが鷹揚に頷く。この後のレイストフの号令を合図に、マグナヴィアは出航する。


 今更ながら、自分達の置かれている状況の異様さと、それらを預かる艦長という席の重さに、レイストフはずんとした重みを感じていた。


(……間違って、いないはずだ)


 レイストフは黙考するように目を瞑った。


 このままヒューゴにいたとて、メリットよりリスクの方が大きい。

 別星系に赴き、ともかく情報を収集するほかないのだ。そして並行して、このマグナヴィアの秘密を解き明かす必要がある。それには足りないものがいくつもある。


 だから、故郷を出るのだ。


 レイストフは瞑っていた目を開くと、凛とした声で告げた。


「シリウス星系に向け、これより惑星ヒューゴを発つ!」


 艦橋室の面々は、その堂々とした態度に頼り甲斐と、笑顔を向けていた。例えこの先どんな旅が待ち受けていようとも、立ち向かっていくしかないのだと、レイストフを見ていれば強く思えた。


「——マグナヴィア、出航!」


 直後、循環反応炉サイクルリアクター重力場発生装置フィールドジェネレーターの駆動音が艦内に響き渡った。



 *



 燦々と陽光が照らす惑星ヒューゴの地表に、巨大な鋼鉄の鯨——マグナヴィアが横たわっている。


 一瞬、その巨体をブルリと震わせたかと思うと、透明な重力の翼を生やし、ふわりと浮き上がった。そのまま縦長の巨体を天に突き出すように滑ると、力強く上昇を始めた。


 マグナヴィアの外装は恒星ルイテンの光を煌びやかに跳ね返し、大気の分厚い層をも力強く打ち破り、宇宙への昇っていき——やがて見えなくなった。

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星海のマグナヴィア 晴耕雨読 @ssn116

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