第7話 新たなスキルを付与しますか?


『鑑定と、収納と、状態異常耐性ね。スキル付与で命拾いしたわ。良かった』


 ほうっと息を吐くばあちゃん。ごめんよ心配かけて。

 鑑定・収納・状態異常耐性は、ダンジョンコアに記録されたばあちゃんダンジョンマスタースキル特殊技能ってやつらしい。


『そうねえ、せっかくダンジョンコア経由でグランマのスキルが使えるんですもの。今後は積極的にスキルの取得を目指しましょうか』

「あ、でも取得じゃなくて付与って言われたよ?」

『付与されたスキルも、ちゃんと意識して使い続ければ自分のものになるわ。付与はきっかけね』

「なるほど」


 状態異常使い続けるのはどうなんだ?

 それってもしかしなくても、わざと毒や麻痺を受けて苦しんでから治すスーパーマゾヒスト特訓だよな?


「鑑定とか状態異常耐性はなんとなく意味分かるけど、収納って……?」

『アイテムボックス、と言ってもユウくんは分からないかしら』

「アイテムが入った箱?」

『説明が難しいわ……RPGゲームなんかは知っていて?』

「ゲームであれば多少は嗜みましてございます」


 心地の悪さから、ついおかしな敬語になってしまう。


『それなら、インベントリだと思ってちょうだい』

「ああ! アイテムを入れておける謎空間か! それで"収納"ね」

『少しは話が通じて嬉しいわ』


 ちょっと嫌味っぽさ感じるなあ。卑屈に捉えすぎか?


『ほとんど知識もない、あらゆる法則が違う異世界で、興味本位に無茶をやらかす圧倒的考えなしのユウくんでも、少しは話が通じて嬉しいわ』


 いやこれ完璧嫌味だ! 説教の続きだ! まだお怒り持続してらっしゃる、本当にごめんよばあちゃん!


「その節は、大変申し訳なく思っております」

『生きていたので許します。あなたの身に取り返しのつかない何かがあったら、昭孝さんやハルちゃんに顔向けできないもの……』

「はい、今後は絶対にダンジョンから出ないことを誓います!」

『そこは強くなってリベンジを誓って欲しいところねえ』


 やだ、外怖い、お家ダンジョン出たくない、引き籠る!


『うさぎ肉はシチューにすると美味しいわよ〜?』


 あんな毒持ちデカうさぎ、食べたって状態異常耐性の足しくらいにしかならないだろ。後足なんか絶対筋張って硬いね! 歯と歯の間に挟まって楊枝でもなかなか取れないね! お断りだ!


『含有魔力豊富な魔物肉はどうしてか獣臭くないし、普通の動物より旨味が濃いの。鳥、鹿、羊、山羊、猪、牛、熊……焼肉に合うのはどんなお肉かしらねぇ』


 後半は瞬殺が目に見えてますけど?! うさぎにすら負けた俺に熊を狩れと?! 狩って捌けと?! 捌いた肉を炭火でこんがり焼いて、滴る肉汁甘辛のタレ炊き立てご飯噛めば噛むほど脂が舌の上でとろけ……。


「じゅるり……」

『魔力の訓練を頑張って、強くなりましょう』

「がんばります焼肉」


 上手いこと思考誘導され焼肉に釣られつつ、当面は『打倒ウサ公』を目標に掲げた俺。さあ修行だ修行!



 

『――操作自体はスムーズね』

「魔力の動き遅いけど」

『まずはゆっくりで良いから、正確さと均一さを意識して。ゾワゾワした感覚は変わったかしら?』

「全然! ずっと鳥肌立ちっぱだよ」

『体が魔力自体に慣れていないのね』

「慣れるも何も、タピオカより新感覚だしな」


 ばあちゃん……グランマの言うことにゃ、こちらで生まれたものは魔臓器の定着と同時に魔力の扱いを学び始めるらしい。

 魔力が体を巡る違和感にむずかっていた子供も、しばらく訓練を続ければ否応なく慣れてくるそう。


「そういえばグランマに聞きたいことがあったんだった」

『何かしら?』


 俺は、薬草を育てた時に感じる種類ごとの気配について尋ねてみた。


『気配の差というのは、具体的にどういうこと?』

「言葉で表すってなるとなー。温度というか色というか形というか、自分の魔力に触れた時の感じがそれぞれ違う?」

『それなら多分属性でしょう。感知能力を高めれば魔力の大きさも分かるけれど、どちらかというと"圧が違う"感覚だわ』

「圧が違う……」

『魔力の高いものは存在感があるのよ』


 そりゃまた何とも曖昧な。つまりカリスマ芸能人は高魔力持ちってことか?


『静電気と雷の差よ』


 圧が違う!!!!!


「よく分かりました」

『結構』


 そんな教えを受けつつ薬草生やしてる俺の前に、またしても奴が現れた。


「あー、般若だー」


 素材吸収素材吸収……っと。


『待って!』

「え、ナニ?!」

『マンドレイクは耐性訓練と製薬訓練に最適よ! 採取してちょうだい』

「抜いたら気絶するじゃん」

『そろそろ休む頃合いだから、そのまま寝てしまえば良いじゃないの』


 乱暴だなあ。


『製薬訓練は明日ね。採取手順を説明するわ』

「ただ引き抜くんじゃダメなの?」

『そちらの濃い魔素から作られたマンドレイクの鳴き声なんて、そのまま聞いたら一瞬であの世行きよ』

「怖っ!」

『だからこそ耐性訓練になるんでしょう。マンドレイクの叫びは"混乱""麻痺""気絶"といった複数の状態異常を引き起こすわ。効果が強すぎると呼吸機能が麻痺したり脳を破壊されて死亡、日本製のマンドレイクが貧弱で命拾いしたわね』


 その貧弱般若のせいで異世界来ちゃったんだがな。

 グランマは解説を続ける。


『耳栓はタオルの切れ端で良いわね。音以外の攻撃手段を持たないから、耳さえ保護すれば影響は激減よ』


 俺は指示通りタオルを引き裂き、耳の穴に詰めた。


『詰め込んだタオルに魔力を染み込ませ、隙間を塞ぐの。防御魔法の一種ね。魔力の密度も意識して、粘土や水のようなイメージを持つとやりやすいわ』


 水だと冷たそうだからぬるま湯くらいで、ちょっと粘性あった方が隙間から垂れなくて良いな、なんかこう……スライム、そう、スライムみたいなぬるま湯がタオルに染み込んで耳に詰まった的な……やべぇ、想像すると気色悪い。

 魔力操作の訓練が実を結び、俺の魔力はドロッと生ぬるく両耳を満たした。遮断は上手にできたけど大変気持ち悪いです!


『その調子その調子。ではマンドレイクを引き抜いてみましょうか』


 耳を塞いだのにグランマの声は変わらず聞こえるのが何だか不思議な感じだ。

 少々へっぴり腰になりながら、般若マンドレイクへと歩み寄る。


 ――よし、抜くぞ。


 ――むんずと掴んでガッと引く! 掴んで引く! 掴んでガッ! それだけ!


 ――よぉし、よぉし、良い子だ般若ちゃん。大人しく俺に抜かれて耐性スキルの糧となってくれ。


 ――抜くぞー! 俺は抜くぞー! やってやるぞー!


『早くおやんなさいったら』


 はい。すみません。


 ズッポンッ!

 と出てきた般若顔は、ばあちゃん家の庭で見たものより二回りほど大きく。

 

 ギュォワオォオオオオォォオォオオオオォォォォオォォンッッッッッ!!!!


 叫び声もエゲツなかった。


 全然余裕で耳栓突破してきやがる大音量。対策してコレなの? え? 俺死ぬ?

 耳の中でぬるスライム魔力がビリビリ震えてるっ……!


『できるだけ耐えて!』

「た……耐えるといっても……」

『異常状態に自力で抵抗するほど、スキル経験値は上がるわ』


 飛びそうな意識にグランマの声が割り込んで来る。

 ああー、全身麻酔かけられたときってこんな感じなのかな。経験ないけど。


「むり、脳が揺れへぅ、フワフワひゅる……ぁ……ぅぁ……」

『ユウくん! 気をしっかり持つのよ! ユウくーん!』

「うぐ……」

 

 ――そりゃあもう朝までぐっすりコースよ。




『ユウくん、おはよう』

「おはよ、グランマ」


 ギッシギシの体を固い床から起こし、ふわぁとあくび一発。

 そんな俺の右手には般若。


「うわぁっ!」

『今日はそれで薬を作るのだから、乱暴に扱わないでねえ』


 いや起き抜けにこの凶相はキツいですって。

 放り投げたい欲求を押し殺しながら、そっと地面に横たえる。

 しかしデカイな。普通に般若のお面として使えるくらいの大きさだ。


「グランマ、もしかしてこっちの世界なんでもビッグサイズだったりする?」


 あ、自分の声が変だと思ったら耳にタオル詰めたままじゃん。排除排除。


『どうかしら、一概には言えないわ。ただ、魔力の影響を受けると大きく育ちやすいかも知れないわね』

「それって人も?」


 やっとダンジョン出られるくらいまで修行して必死にたどり着いた人里の第一村人が、ムキムキマッチョな巨人だったら、俺は泡食って倒れる自信があるね。


『種族によるわよ。そのダンジョンから一番近い街は魔人族の首都だけれど、魔人族はこちらの世界の人間とさほど変わらないわ。私が女性の中だと少し小柄で、男性の平均はマコちゃんくらいね』

「誠兄ちゃんが平均なら十分デカイって!」


 顔面もスタイルも抜群なハトコ、誠兄ちゃんは、ファッションモデル出身の人気俳優だ。身長180後半、ロングロングな脚、遠目から見たらマネキン、生きてるだけで二次元コスプレ。様々な賞賛をこれでもかと浴びている。

 そしてグランマも、日本人女性の平均よりだいぶ大きいと言って良いだろう。年取って縮んだなんて言う今ですら、180弱はある俺と並んで10センチも差がないのだ。

 ……パッとしない見た目の俺が唯一持ってるアドバンテージ、それが、そこそこ高いタッパだったのに。異世界じゃ身長すら埋没かー?!


 そんな俺の拗ねた思考が伝わったのか、グランマは諭すような口振りで語りかけて来る。


『もっと大柄な種族も、逆に小柄な種族もたくさんいるもの。身長や体格は人それぞれよ』

「まあそうなんだけどさ」

『体の大きさや外見的特徴でうだうだ言うのはヒュム族至上主義の帝国クソ野郎共くらいのものだわ。あなたもそんな瑣末事さまつごとにこだわるのはおやめなさい』

「……はい」


 不穏なルビを感じ、以降俺は口をつぐんだ。どことなく怒気を含んだ言葉。触らぬ神に祟りなしだ。

 


 

「――グランマは魔人族ってやつなの?」


 湧水で口を濯ぎながら先ほど少し気になったことを聞いてみる。

 確か以前、転移事故を起こしたこのダンジョンはグランマの地元にあると言っていたはずだ。ということは、ここから一番近い街――魔人族の首都がグランマの地元である可能性は高い。


『そうよ〜。私のそちらでの名前はシノエレア・ダング・アステル。スーシルバ魔人国アステル家の直系で、現国主の姉にあたるわ』

「ぶはっ!」


 口に含んだ岩清水、全部吹き出したわ!


「げほっ、げほ、げほ……」

『……そんなに驚くことかしら?』

「は? 逆に? なんで驚かないと思ったの? 国主の姉……国主って国のぬしと書いて国主だよね? それめっちゃ偉い人ってことじゃなくて?」

『国主とは言っても魔人国のそれは対外的な意味合いが強くて、大したことないのよ。元来遊牧民族の自治領だったのが、とりあえず頭に据えておく者が必要となったから私のお祖父様を祭り上げただけ』

「初代国王の孫じゃん!」

『王ではないわ。首長というのが一番近いかしら。魔人はみな一族ごとの伝統やしきたりに従うから、地方分権が顕著なの。まつりごとも族長たちとの合議で決めるし、実際に統治しているのはほとんど首都だけよ』

「それでも偉い人!」

『……ユウくん意外と権威主義なのねえ』


 え、いや、そんなことないし、全然気にしてるわけじゃなくて急に自分のルーツが国の主って言われてビビったっていうか変にテンション上がったっていうかなんていうか。


「はしゃぎすぎましたごめんなさい」

『よろしい』

「……悪筆で魔力操作が苦手な弟さんが、魔人の国の国主さん?」

『ええ、悪筆で魔力操作が苦手な我が愚弟が、現在は魔人国の国主ね』


 そっかあ、悪筆で魔力操作が苦手な曾祖叔父さん、意外と偉い人だったんだ〜。


『さ、朝の支度と食事を終えたら、製薬しましょう!』




 準備運動がてら薬草を育て、今日は素材吸収でなく収穫していく。

 

「このツルも薬草? 効果なしってなってるけど」

『アサツユカヅラの花は、調合に使うと薬草同士の成分を上手く調整して薬効を高めてくれる優秀な素材よ。どこにでも自生する強い植物だから、医師や薬師くすしにはありがたい存在なの』

「なるほど、じゃあ要るのは花だけか」


 地面を這うように伸びるツル植物から、可愛らしい青色の花を摘み取る。


『ツルは丈夫で編めばロープになるけれど』

「重要物資じゃん!」


 ブチブチブチッとツルも回収! これで罠作ってウサ公嵌めてやる。


『ユウくんはアウトドア系のことになると積極的ねえ』

「キャンプすんのとかサバイバル動画見んのとか好きだし。そう考えるとこの生活もちょっと楽しいよ」

『前向きなのは良いことだわ』



 そうこうしているうちに、各種薬草がこんもり山となった。


「はぁー、採った採った」

『それくらいあれば十分ね。魔力操作も随分と様になってきたじゃない』

「ありがと。でも、薬作るとか俺にできんのかな」

『そんな時こそスキル付与よ』


 いや俺鑑定と収納と状態異常耐性しか付与してもらってないんだけど。

 ハテナを浮かべる俺に、グランマは笑いながら『スキル一覧と唱えてご覧なさい』なんて言う。


「スキル一覧」


【現在付与可能なスキルは以下の十種類です】


「十種類?! わ、わ、わ、わ、わ、ちょっと待ってちょっと待って!」


【初級魔法 Lv.1】

【魔術基礎 Lv.1】

【調合 Lv.1】

【薬草知識 Lv.1】

【魔力練度 Lv.1】

【魔力純度 Lv.1】

【身体強化 Lv.1】

【自然治癒 Lv.1】

【危険察知 Lv.1】

【気配探知 Lv.1】


 だーーーーーっとスキルが読み上げられ、焦る。

 そんな一遍いっぺんに覚えらんねえよ!


『グランマが詳しく教えてあげるから、落ち着きなさい』

「お、おう、分かった落ち着く」


 ただでさえ不慣れなファンタジーワードをこんな怒涛のように提供されても、脳が咀嚼してくれないんだよな。


『まず、薬を作るのに必要なスキルは調合ね。一覧にあるかしら?』

「うん、調合はあったよ」


【調合スキルを付与しますか?】

【YES/NO】


 グランマに返事しただけなんだけど、勘違いされてしまったようだ。まあ良いか。


「あ、じゃあイエスで」


【調合スキルを付与しました】


『気を付けて。付与にも魔力を消費しますからね』

「マジで?!」


 まあ良くなかった!


「魔力リンク構築が完了した時の付与は?」

『あれはリンクの構築自体に魔力を消費していて、スキルはセット販売みたいなものよ』

「ええー、得したと思ったのに」

『何を言っているの、あの時スキルが付与されなければあなた死んでいたわ。命に勝る得は無いでしょう?』

「……そりゃそうか」


 ありがとう、ダンジョンコア。

 でも以後は気を付けよう。


『あとは、薬学知識系があれば嬉しいのだけど』

「薬学、じゃなくて薬草知識ならあった」


【薬草知識スキルを付与しますか?】

【YES/NO】

 

『薬草知識ね。どうしたものかしら』

「使えない?」

『世の中に"使えないスキル"は無いのよ。ただ、念話している時は私が教えられるし、ある程度覚えたところで自然とスキルが取れるはずだわ』

「じゃあ付与しなくて良いじゃん」

『ユウくんが、ちゃんと覚えられればね?』


 舐めんな! こちとら大学入試を二回も経験してんだぞ! 二回とも桜咲かなかったけど勉強だけは人一倍頑張ったと胸を張れる! あの時は本調子じゃなかったから! 全然実力出しきれなかったから! ガチで! マジで! 冗談抜きで!


「薬草知識は付与要りません! ノー! ノーでっ!」


【薬草知識スキルの付与を中止しました】


 こうして、調合スキルただ一つを武器に薬草の山攻略が始まるのであった。

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助けてグランマ!〜雑草抜いたら異世界ダンジョンの管理人になりました〜 塔矢久丸 @toyahisamaru

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