第6話 やられる前に消せ


 やややややややややばいどーしよう!

 絶対毒じゃん、未知なる異世界毒じゃん。

 ウサギが毒持ってるなんて思いもしなかった。血清とかあるのか? まさかアナフィラキシーショックおきたりしないよな?

 

 山歩きが趣味の俺は、毒のある植物や動物に触れた際の対処法もある程度は調べて知ってる。

 まず第一に触れた場所をしっかり洗い流すこと。

 ハチなら針を抜いて傷口から毒を絞り出す。毒の回りを遅くする。

 マムシやヤマカガシなら噛まれた位置より心臓に近い側を縛る。。なるべく動かず毒の回りを遅くする。


 ウサギはどっちだ! 冷やした方が良いのか、冷やしてはいけないのか!

 野生動物に噛まれたり引っ掻かれたら細菌感染の危険もあるな。

 状況はこっちの方が合ってそうだが、細菌感染だとするとこんなすぐ症状出るか?


 ――なんにしても、最終的には病院へGOなんですよ!!!


「お願いばあちゃん、はやく念話出て! 曾孫が超ピンチ、マジで命の危機、瀬戸際!」

 

 さっきから呼びかけてるけど全然返事がない。

 気のせいかもしれないが、なんだか体が熱いし息苦しいような感じがする。

 大丈夫。気のせいだ、気のせい。ビークール。

 

 とにかく患部は綺麗にした。今俺にできるこれ以上のことなんて……火事場の馬鹿力、窮鼠猫を噛む、追い詰められた俺の脳ミソが、ある一つの可能性を導き出す。


「薬草って……毒消どくけし効果のものないか?」


 ファンタジー系のゲームで見たぞ。毒消し草ってやつだ。

 ランダムに生えてくる約10種類の中に一つくらい、毒を消す、あるいは緩和する効果のファンタジー薬草があったりするんじゃ……?


 希望的観測だが、今はこれに縋ってみる他ない。


「ダンジョンコアさん! 種くれ!」


 ビタンッ! とぶっ叩くように手のひらをコアにつけ、勢いよく叫んだ。

 

【選べる種は以下の十種類です】


「やく……」


 薬草を、と言おうとしてまた閃く。

 俺はこの世界の薬草知識を持っていないが、ダンジョンコアならどうだ?

 ダンジョンコアの知識はダンジョンマスターに依存するらしい。ダンジョンコアの言葉が日本語に翻訳されるのも、ばあちゃんの知恵袋を反映してる。

 つーことは、ダンジョンコアはこの世界の薬草をよく知ってるはずだ。だってばあちゃん、日本の矢車草をマンドレイクに魔改造しちゃうくらいだぞ? 絶対魔力だけじゃなく薬草にも詳しいだろ。


「毒消し効果のある薬草、分かる?」


【管理者との魔力リンクを構築しています】


「は?」


 想定外の返答だった。

 分かるでも分からないでもなく、魔力リンクの構築? 何じゃそりゃ。


 そういえば、管理者登録の最後にそんなことを言われた覚えがあるな。その後の念話断絶事件で慌ててすっかり忘れてたけど。


【魔素変換機能を一時停止し、魔力リンクの構築を加速しますか?】


「え? え? なにこれ、どうしたら良いの?」


 突然意味のわからない答えを返されて、その上逆に問いかけられて、こんなもんパニック必至だよ。

 ええと……薬草の種類を知るためには魔力リンクが必要ってことかな?


「は、はい。魔力リンクの構築を早めてください」


【魔力リンク構築 現在80パーセント】

【残り13分で構築が完了します】


 13分間、俺は放置ですかー!?


 ダンジョンコアの言葉は多分システム音声みたいなものだと思うんだけど、ウサギ毒に侵され藁にも縋る思いの俺にはどうしようもなく冷ややかに感じられてしまった。


 ――体感5分経過


 やっぱり体が熱い。

 ジクジクと痛む患部はより一層紫色を増し、不気味に血管が浮き出ている。こりゃあ毒で確定だ。


 ――体感10分経過


 熱のせいか寒気がしてきた。

 体の深部は熱いのに、皮膚には鳥肌が立っている。

 なんだ、視界まで霞んでくるな。


 ――体感11分経過


 傷口からの出血は止まったが、痛みと腫れはむしろさっきより酷い。患部は紫色を通り越してもはや赤みがかった黒だ。

 視覚からも俺を殺しにきてやがる。


 ――体感12分経過


 強烈な痛みに脳が軋み、気を失いそうになる。

 ここで意識を手放せばきっと俺に明日は来ないだろう。


 ――体感13分経過

 

 頭が痛い、体が震える、気持ち悪い。腰から下には痺れも出ている。

 荒い呼吸を続けながら、唇を噛んで正気を保つ。


 ――体感15分経過


 嘘だろう、もしかして聴覚がおかしくなってる?

 ダンジョンコアの声が脳内に直接送られるシステムメッセージだとすれば、耳でなく頭か。

 俺のアタマが、毒に侵されコアの声を拾わないのか?

 ああ、助けてくれ、誰か、誰でも良い、助けて。


 ――体感20分経過


 まだか? まだなのか?

 もう良いだろう、流石に終わってないか? 絶対終わってないか? 俺が終わってんのか? ふざけんな、終わってたまるか、まだ終われない、21の若い身空で終わってたまるもんか。


「ダンジョンコア! 助けてくれ! 毒消し! 毒、何とかしてくれ! 毒消しくれよ!」


【魔力リンクを構築しています】


「クソがぁっ!!!」

 

 俺は体をかかえるような姿勢で蹲り、歯の根の合わぬ口で必死に数を数える。


「いち、に、さん、よん、ご、ろく、なな、はち……」

 

 暗い洞窟内はもう朧げにしか見えず、少し息をするのも辛い。

 傷からなのか、他のどこかからなのか、もはや分からないくらい丸々全身に刺すような痛みが走っている。


「きゅうじゅうさん、きゅうじゅうよん、きゅうじゅうご、きゅうじゅうろ」


【魔力リンク、構築完了】

【ダンジョンコアの機能を一部付与します】


【鑑定 Lv.1】

【収納 Lv.1】

【状態異常耐性 Lv.1】


 その瞬間、体がフッと軽くなった。


「は? なんだこれ」


 たっぷり1分ほど固まったあと、俺は呆然と立ち上がる。


「動ける」


 痛みや熱感は続いているが、今にも死にそうというほどの重さじゃない。

 ついさっきが今際いまわきわだとしたら、今はひどい風邪やインフルエンザで血を吐きそうって程度だ。

 ようは、辛いけどなんとか手足を動かせる。


 働いていなかった頭も、だんだんと回り始めた。


「なんか付与するって言ってたか? あぁ〜と……鑑定?」


 ーーフォンッ


 目の前に半透明のウィンドウが立ち上がった。


「なんだこれ……ユウくん、21歳、曾孫、魔力適性植物、大地、称号小遣せびり……これって、ばあちゃんから見た俺の情報?」


 いつもばあちゃんに呼ばれる呼び名、当然ご存知だろう年齢、ばあちゃんとの続柄、魔力適性……ってことは、ばあちゃん曾孫に小遣せびりの称号くれてんの?! 酷くね?! まあ全然間違ってないんだけど?!


「うう……ダメだ、ぐだぐだ考える前に毒消し探さにゃ」


 今は称号なんか気にしている場合じゃない。


『鑑定』と口にした途端現れたこのウィンドウは、どうやらばあちゃんの知識を教えてくれるものらしい。

 さっきは多分、鑑定するものを意識しなかったから自分の情報が出たんだろう。

 

 熱いのに寒い、という瀕死一歩手前の状態から抜け出すため、俺は今すぐ薬草を鑑定するんだ!


「ダンジョンコア、薬草の種を百個、袋で出してくれ」


 ――ぽすん


 コアからの返事もなく麻袋が現れる。何度見ても不思議な光景だ。

 無作為に育てるより種を鑑定選別してピンポイントで育てた方が効率良いかと思ったが……。


「ホウシャギクの種、ヨウセイシダの種、スピアグラスの種、グリオンミントの種、マツメクサの種ぇぇぇぇぇ……名前しか分かんねーじゃねえか!!!」


 鑑定役に立たん!

 ……と決めつける前に、育てて再挑戦してみよか。こちとらマジで死にたくねえから、必死に試行錯誤するしかないんじゃボケが!


「ダンジョンコア、薬草の種をとりあえず二十個よろしく」


 袋で出してしまったものは後ほど育てるとして、俺は再度コアに頼み地面を光らせた。

 今は絶対安静の身、種蒔きなんぞ御法度である。

 生き残って後で蒔けば良いのだ、無駄にはならん、この命さえ捨てなければな!


 ヨロヨロとタネの埋まった場所に近付き、しゃがみ込む。そうして両手をつけば、ほぼ土下座の体勢だ。


「創造神イーズリ様! もしくは該当の神様お願いします! この中に毒消し薬草が入ってますようにっ!」


 別世界で生まれ育った俺が祈って効果があるかは分からないが、この世界じゃ縋るのが藁よりは神の方が建設的だろう。


「ああ、魔力の遅さが歯痒いっ……!」


 熱に朦朧とする頭でもなんとか意識を集中し、畑に魔力を広げる。

 これはシロツメクサっぽいやつ……マツメクサ、まんまじゃねえか。ヨモギっぽいのはホウシャギク、そういやヨモギはキク科だっけ。


 魔力さえ触れれば鑑定が効くらしい。

 遠隔でも直接見えなくてもできるのは、割と高性能か?


「さあ、生えろ、薬草っ!」


 緑の絨毯が毛足を伸ばし、こんもり茂った薬草畑に変わるのを、焦れながら眺める。

 この体調でのムズムズゾワゾワはマッッッッッジでキツかった。やり遂げた俺、賞賛を求む。


 ――ええと、なになに? ホウシャギクは傷回復(小)、アサツユカズラは……効果無し? マツメクサ魔力回復(小)、マヨイアキギリ解毒(小)


 あった! 解毒!

 効果内容を詳細に見られるわけではないようだが、これだけ分かれば御の字だ。(小)とあるのはちょっとばかし不安。

 

 ――残りは、グリオンミントが眠気覚まし(小)虫除け(中)、スピアグラスは消炎解熱効果(中)、ヨウコウソウは体力向上効果(中)


 消炎解熱効果もありがたいな。ホウシャギクヨモギもどきは患部にくっつけとけば良いのか?


「マヨイアキギリ2株か……ユニコーンカラーの植物って食って良いやつ?」


 解毒の薬草マヨイアキギリは、小さな細い葉のついたパステルでマーブルでレインボーな植物である。

 形だけ見ればローズマリーっぽい。鼻を近づけると……匂いもローズマリーっぽい。


 ――如何にドン引きカラーでも、生き残るためには食うしかないのだ。


「どうとでもなりやがれっ!」


 バクッと食いついて、モグッと咀嚼。

 生のローズマリーを食ったことはないが、鼻から抜ける香りはやっぱり近いものを感じる。鶏もも肉とじゃがいもとでグリルして食いたい。


「ふぅ……少し呼吸が楽になったか?」


 瞬く間に、というわけではないが、爽やかな風味を噛み締めるごと少しずつ体が軽くなるのを感じる。

 解毒(小)が凄いのかウサギの毒が思ったほど強くなかったのか、腕まで達していた痺れは取れ、体の震えも治まった。まだ熱による寒気は残っているが清々しい気分だ。


 それにしても量が多い。一株にワサッと何本も生えているため大変ボリューミーだ。しかも決してこれだけで食って美味いものじゃない。


「修行……これは修行……」


 初めてのモンスター戦で心身共疲れ果て、毒で苦しみ、大量の草を生のまま胃に詰め込む……苦行林時代のシッダールタかな?


 黙々と草を口へ運ぶと、二株目の半分ほどで毒による痛みと痺れがほとんど解消された。患部の腫れも引いて健康的な肌の色が戻ってきている。

 あとは消炎解熱薬草のスピアグラスで熱を下げられれば良いが。


「問題は、硬すぎることだよな」


 ――コツッ、コツッ


 葉っぱ同士を打ち合わせると元の世界ではまずありえない乾いた音が響く。


「すりつぶして薬にするとか、そういう感じなんだろうな」


 もしくは煮出す? 酒に漬けて薬草酒にする?


「すり鉢とすりこぎくらいは出せるか?」


 幸いにして、魔力操作訓練こと薬草量産で貯めた魔力はまだ余ってる。


【すり鉢 木製】

【すりこぎ 木製】

【以上の2点を創造しますか?】


「うわっ! 何だいきなり!」


 ダンジョンコアに触れてないのに喋った!?

 これまでコアに何か願う時は必ず手を当てていた。ばあちゃんにそうするよう言われたからだ。

 もしかして必要なかった……?


 いや、これもきっと魔力リンクが構築された影響なんだろう。便利になったなあ。


「木製のすり鉢とすりこぎを頼む」


 ――ぽすん


 試しに離れた場所で願ってみたら、俺の目の前に調理器具二点セットが現れたではないか!

 本当に便利になったなあ!


「そろそろ体力限界だけど、この硬いのを噛み砕くよりはマシだよな」


 スピアグラスはその名の通り槍のように先が尖った細長い形をしている。色味は、黒水晶? 少し向こうが透ける部分もあって綺麗だが、このまま食べたら口の中がボロボロになりそうだ。


「鑑定結果を信じよう」


 どう見ても食用には向かないそれを株から一本折り、すり鉢に入れる。

 すりこぎで少し押しつぶしてみると、意外なことにすぐ形が崩れた。

 モース硬度はそれなりだが、靭性は低いらしい。木のすりこぎで加工できて良かった。


「漢方の薬師にでもなった気分だな」


 未だ熱っぽい頭で、フワフワと草を擦っていた時。


『ユウくんただいま、訓練は順調かしら〜?』

「ば あ ち ゃ ん ! ! !」


 ずっとずっと待ってたお方のご帰還です!


『グランマと呼んでね? ……あら、コアとユウくんの魔力リンクが完全に構築されているじゃない。まだもう少しかかると思ったのに』

「それが……」


 かくかくしかじか、と本日あったことを報告する。少し愚痴っぽくなってしまったのはご愛嬌だ。


『だからダンジョンから出ないよう注意したでしょう?』

「はい……大変反省しております……」

『ダンジョン周辺は往々にして魔素が濃いのよ。ダンジョンが稼働していれば吸収されて減るけれど、そこは五十年以上動きを止めていたのだもの。ダンジョンの外は魔素に溢れて、魔物も強化されているわ』


 言ってよ〜。いやそんな詳しい説明を初めからされても分かんなかったかもしれないけど。


『それで? 毒のある大きなウサギ?』

「ああ、デカかった。中型犬くらい。前歯と爪がエゲツナイの。あと後ろ脚」

『角兎の変異種かしらねえ』

「ツノ? ツノはなかったかな」

『それなら普通の兎の魔物変異種? ウサギに毒だなんてずいぶん特徴的な変化をしたものだわ』

「普通の動物と魔物? の違いって何なの?」

『魔素を体内で魔力に変えられるかどうかよ』

「魔臓があるかないかってこと?」

『魔臓、もしくは魔石ね』

「マセキ?」

『魔力が凝縮した石のこと。ダンジョンの魔物や、魔素を浴びて普通の動物から変化した魔物の体内には魔臓じゃなくてその石が備わっているの』

「ほーん」


 結石みたいな感じ? 怖っ、体の中にそんなもんあったら痛くないか?


『ところでユウくんは、何をしているのかしら』

「解熱剤を作ろうと思って、すりこぎで硬い草ゴリゴリしてる」


 あれ? なんだか呆れた空気感?

 そんな変なこと言ったかな。


 またも、かくかくしかじか――で分かったことが。

 

「――え、薬草って魔力流すと加工できんの?!」

『最近はこちらのファンタジー作品でも、かなり一般的なのだけれどねえ』

「分からんって! 魔力万能すぎだろ!」

『そうそう、使いこなせればとても便利なものよ〜』


 その後、ばあちゃんの厳しい指導の元、ヒィヒィ言いながら作り上げた傷回復薬と消炎解熱薬を飲み、俺の体調は万全に戻った。

 ちなみに翌日から俺の魔力操作訓練に製薬が加わった。

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