第5話 とりあえず草生える


「種」

 

【選べる種は以下の十種類です】

 

「薬草、数は20」


 これで幾度目か。光がおさまった地面に両手をつく。

 集中力を上げるため、俺は目を閉じ深く息を吸い込んだ。


「まず、体内の魔力を感じて……」

 

 魔力の出発点魔臓まぞうは、胸の中央、心臓と一体化している。右心室と左心室を隔てる壁にビー玉大くらいの膨らみがあり、そこから溢れた魔力が両心室を満たす。

 魔臓器っていうくらいだから一つの独立した形で存在するのかと思ったが、考えてみれば全身に魔力を送るのに心臓ほど都合の良い場所はない。合理的だ。


 心室内の魔力を手のひらへ流す。

 この際意識すべきは、魔力の流れを捉えること。だと思う。

 魔力を上手く広げるための俺的な見解だ。


「鎖骨……肩……腕……ゆっくり丁寧に……」


 魔力は俺の脳内イメージ通りに動く。

 物理ではばまれることはないんだから、血管にだけ流れる印象を固定しちゃったら勿体無いじゃん。

 

 細胞一つ一つまで染み渡らせ、魔臓から手のひらへの通り道をくまなく埋める。

 そんな絵図で行こう。


 両腕がこれまで無いほどゾワゾワ……操作に専念し感覚をのがす。


「はいはい種はどこかな〜」


 途中から、宝探しゲームみたいでだいぶ楽しくなってきたよね。真っ直ぐ畝を作ることもできるらしいけど、消費魔力がちょっと増すので俺は今後もランダム蒔きを選ぶぜ。


「ええっと……これは、葉っぱが黒くて細長いやつ……んー、これはヨモギ……お次は……薄紫の葱坊主ねぎぼうず的な花が咲くやつ……」


 野菜と違い、最初は種の形が分からず見つけるのに苦労したが、試しにダンジョンコアに種だけ頼んでみたら麻袋入りで出してくれた。

 かなり余分に魔力消費したのが腑に落ちない。蒔く手間はこっちが負担してんだろうが。


 覚えた種を畑に蒔き、生えた草で答え合わせしてダンジョンに捧げ、また魔力ペイして種を覚え……と数回検証した結果、"薬草の種"は10種ほどの薬草が特に規則性無く出て来ることが分かった。

 今はまたランダム蒔きに切り替えてモッサモッサ生やし始めたとこだ。

 

「残りはヨモギっぽいのとシロツメクサっぽいのがほとんどかな……あ? 一個だけ知らんヤツいる」


 本日はばあちゃん不在で、分からないことがあっても尋ねる先がない。

 来月やって来る曾孫の妻子を迎えるため、新生児グッズ買いに行くんだと。


 だから俺はひたすら自主練中というわけ。


「まあいいや、元気に生えろ〜薬草たち〜」


 望みイメージを注げば魔力は魔法となり、地面と薬草が倍速成長を始める。


 にょきにょきもさもさ……見覚えなかった種はあそこだな。さてどんなのが生えて来るやら。


「ゲッ!!!」


 鯉のぼりの上でカラカラ回る"矢車"によく似た五枚の葉、そこから伸びる茎にはポコポコ密集してちっちゃな白い花がついている。かなりデカい。てかばあちゃんちの庭のより一回りはデカい。

 揺れてないけどアイツじゃん!


「ちょ、般若来た! これ般若だよな! ヤバいどうしよう。ばあちゃーん! グランマー! 助けてっ! 般若っ! 般若生えて来た! 薬草に混じってしれっと般若生えて来やがった!」


 巨大般若が生えちゃったよお!

 ダメだ俺にはムリまた気絶する。

 だってこれまだ生きてるんでしょ?! 襲って来たらどうする?! 死して首だけになっても生命タマ狙って来る系だったらどうする……?!


「グランマ! グランマ! グランマ! たすけてえ、グランマあああ!」


 ああダメだ返事がない。

 きっと今頃ばあちゃんはベビー服売り場で新生児用のちっちゃいロンパースとか見てるんだ。

 クマさんとかネコちゃんがついた可愛いスタイ見てるんだ。


 まだ見ぬ新生児玄孫やしゃごより、目の前に般若の21歳児曾孫を助けて!!!



 

 ……とか焦ってたのがお昼前の話ね。まあ陽の差さないダンジョン内では本当に昼間かは分からんのだが。

 え? 般若さん? 全然ヨユーでダンジョンコアに素材吸収してもらったけど?

 チューチュー美味しく(魔力)召し上がっていただきましたけど何か?


 ――ビビってなんかねえし! 般若とか抜かなきゃただの魔力源だし! 抜かなきゃただの魔力源だしっ!!


 ……お粗末さまでした。


「無駄に騒いで無駄に疲れた……」


 食後のトマトで喉を潤しながら、一つため息を吐く。


「今日も今日とてお野菜御膳か〜」


 いや美味いんだけどね。お野菜大好きだけど。

 俺の食卓の夜明けはいつになるやら。


「ごちそうさまでした」


 実は種を観察していて一点気づいたことがある。

 土の中に魔力を広げたとき感じる種の気配が、薬草の種類によって違うのだ。

 それが分かってからは、タネ判別が相当楽になった。

 

 昼飯用に育てた普通の野菜には感じない。この差は何なのか。

 植物内の魔力量? 属性?


「分からんよね〜。ばあちゃん帰って来たら聞いてみよ」


 魔臓に蓄えられた魔力は使えば当然減るし無くなるんで、ちょくちょく休憩を挟む必要がある。

 今も魔力が貯まるまで自主練お休み中。時間潰す術もないから畑見てぼーっとする。


「魔力切れ暇すぎ」

 

 こっちの人たちにとって魔力が底をつくのはかなりキツく、動けなかったりそのまま気を失ったりするらしい。でもずっと魔力に頼らず生きて来た俺はそこんとこ分かんないんだよな。

 なんかクラクラする〜疲れる〜腹減る〜くらい。

 逆に魔力が満ちてても別に体が軽いとかなくて、体の中巡らせればゾワゾワだし。魔力鍛錬でホントに変わんのかね。


「まさか魔臓なんつーもんが自分の体の中にあったなんてなあ」

 

 オッソロシイことに、魔臓の中はダンジョンと同じく空間が拡張されてるんだって。人体だぞ? 大丈夫なのか?

 流石は創造神イーズリ監修の機能。遠慮がない。

 定着するのに一定量の魔素が必要ってのも納得だよ。

 

 適性だけでなく容量にも個人差があり、大体血筋で決まるとか。ばあちゃんの家系は魔臓容量が結構デカいから、俺も高容量かもしれないそうだ。

『容量が大きくても鍛錬しなければ宝の持ち腐れよ』とはばあちゃんの言。だから頑張って操作を覚えてね〜、なんて俺に薬草作りを指示し出掛けてしまわれた。


「ちょっとだけ外見たり、しても良いかな」


 正直まだ怖さはあるんだけど、それが却って好奇心をくすぐる。

 ばあちゃんにはここを出るなと言われてるが……出なきゃ良いよね? ダンジョンの中からコソッと覗いてみるだけ! それなら問題ないはず!


 よっしゃ、そうと決まれば。


「一応水持って行くか」


 ステンレスの水筒に湧き水を詰め、ついでに少しでも攻撃力を上げておこうと辺りの砂利を種の入っていた麻袋へ詰め込む。上からタオルでギュギュッと縛れば、なんちゃってブラックジャックの出来上がりだ。


「ぶん回したら即バラけそう」


 何とも心許ないメイン武器である。

 サブは水筒。


 このダンジョンは現在二階層。昔はもっと、五十階層以上あったらしいが、異世界昭和の日本でじいちゃんとの結婚を決めたばあちゃんがダンジョンを縮小、封鎖した。

 ダンジョンが大きいままだとそこに魔素が溜まり、自動で魔力生成機能を再開させてしまうらしい。それを避けるため管理者権限で閉じたのだという。


 ちなみに当時ダンジョンコアに残ってた魔力は、ばあちゃんが庭で野菜を育てるのに使ったらしい。いや、健康長寿それが原因じゃね? と思ったよね。マジで俺以外にも魔力発現してる親戚いないか?


 ――モンスターは出ないと言われても、ダンジョンってだけで緊張するよなあ。


 なんちゃってブラックジャックを握り締め、まずはダンジョンコアルーム最下層から出る。次の部屋への移動は何の変哲もない登り階段だ。

 上がった先、第一層は人一人すれ違えるくらいの狭い洞窟だった。

 天井も少し低くなり圧迫感は増すが、光る壁が近い分薄暗さは緩和されている。


 コアルームもそうだけど、全く音がしない。

 生き物の気配どころか時すら進みを止めたような、ある種異様な静けさだ。


 そんな静寂の中、自分の足音だけがいやに大きく響く。俺は恐る恐る歩を進めた。

 出口まで枝分かれもない一本道、簡単に辿り着く。


「おう……」


 想定外だ。外、見えません。


「どうなってんだこれ」


 なんか、出口だと思うんだけど、黒っぽい玉虫色? 構造色っていうんだっけ、角度によっていろんな色が反射して見えるみたいな……そんな不思議な色合いの謎空間がぽっかりと広がっている。

 ここは一本道の終着点、行き止まり。他には何もないし、多分これだよな。

 ……なにこれ、超怖いんですけど〜!!


「触って平気か?」


 つんつん、触れるか触れないかギリギリを指でつついてみる。

 何の感触もない。いやこれ多分触れてない。


 勇気を出してもうちょっと……と、謎空間に指を突っ込んだ途端。

 視界が歪んだ。


「え!?」


 ヤバい。もしかしてこれ触っちゃダメなやつ?

 そうだよ、この世界には転移なんてもんがあるんだ……やはり俺の粗忽者気質は筋金入りらしい。


 薄暗い洞窟内から突如変化した景色は、鬱蒼たる昼の森だった。

 まるでジャングルのような深い森の中、今俺がいるダンジョン出入口の周辺30メートル程度だけ、陽の光を遮る高い木が生えていない。


「まぶしっ!」


 反射的に声を上げ、慌てて口を押さえた。

 ばあちゃんがダンジョンから出るなと言ったなら、それなりの理由があるはずなんだ。

 下手に騒げばそのを引き寄せるかも。


 なんたって、洞窟内で全く感じられなかった気配が、ここには溢れている。草木の擦れる音、鳥の羽ばたき、なにか得体の知れないモノの鳴き声。

 絶対に、まず間違いなく、ここからそう遠くない場所に異世界の生物がいる……!

 それが無力な俺でも太刀打ちできるような相手なら良いが、右も左もわからない今、甘い期待は捨ておくべきだろう。


 ――パキッ


 横合いの草むらから、細い枝を踏む音がした。

 瞬間、恐怖で身がすくむ。


 ――ガサガサッ


 反射的に振り向いた俺の目に映ったのは。

 

「ウサギさん……かな?」


 真っ白なモコモコボディ、まるんとした尻尾、ピンと立った長い耳、そして鋭い眼光。


 ――ウサギの目が赤いのは、決して血走ってるってワケじゃなかったよね!? アルビノのウサギは血の色が透けるだけで、血走る目で睨んで来るこいつは圧倒的に解釈違うよね!?


 あなた間違ってますよー!!

 なんて呑気なことを考える暇などなく、物騒な形相の白ウサギは強靭な後足を駆使し俺に向かって飛びかかって来た。


「ふぎゃっ」


 派手な叫び声を上げそうになるが何とかこらえ、まるで踏まれちゃった猫のごとき変な呻きを漏らす。


 考える前に体が動くってのはこういうことか。

 咄嗟に逸らした上体、俺の目の前スレスレを、白ウサギの爪がヒラリ横切った。なんてご立派な凶器。

 そもそも、俺が日本で見たことあるウサギより断然デカいのよ。ネイチャー系の番組で紹介されてたフレミッシュジャイアント? あれの特にデッカイやつって感じだ。

 そんな中型犬サイズのウサギが、めちゃくちゃに鋭い爪と前歯を剥き出しにして襲って来てんの、ひたすら恐怖!


 一手目を躱されたウサ公がもちろんそれで諦めるはずもなく、前足を軸にしてこちらへ向き直った。

 俺は体を後ろに逸らした反動で、少し体勢が崩れ気味だ。今このタイミングで追撃をもらえば避けられるかどうかーー。


 ウサ公はそんなこちらの状況に斟酌しんしゃくなぞくれず、後足のバネを炸裂させる。


 ヤバいっ……! 俺は崩れた体勢で無理に踏ん張るのを諦め、むしろ倒れ込むように地面を蹴った。


「ぐっ」


 勢いのまま固い地面を転がる間も、ウサ公との位置関係だけはしっかり把握しておく。仮に意識外から襲われれば、否応なく爪と前歯の餌食だ。

 体幹とスピードはあちらの圧勝。いや、むしろ勝てるところがない。

 ウサ公は既に、攻撃の予備動作に入っている。きっと次は躱せないだろう。


 攻撃力のある魔法が使えれば……いいやダメだ、使えたところで発動までの速さが足りない。

 そんな逡巡の間、容赦なく俺に向いて突進するウサ公を視界正面に捉えた。


 一瞬のち、地を這う俺の目前に血走った凶相が迫る。


 咄嗟の行動だった。なんとか頭だけでも守ろうと両手を振り上げた瞬間。


 ――ガキィン


 俺の左手に装備したサブウェポン持った水筒とウサ公の爪がぶつかり合って、辺りに硬質な音が響いた。


「嘘だろっ!?」


 ステンレス製の水筒に傷。流石に中までは到達していないが、普通の爪の硬度ならあり得ない。

 こんなものを食らえば、俺の軟弱なボディなんてすぐさま致命傷だ。

 爪撃を阻まれよろけるウサ公の側頭部に、今がチャンスとブラックジャックモドキを思い切り叩き込んだ。

 腹這いの姿勢から繰り出された一撃は、そう大して勢いの乗ったものではなかったが、それでも鋭い赤目を怯ませる。


 この機を逃してはいけない。

 俺は必死に全身を跳ね上げ、ダンジョンの入り口へと駆けた。

 

「いっ……!」


 あと一歩で入り口に触れる、という時。右足ふくらはぎに鋭い痛みが走る。

 尋常じゃない衝撃に膝をつきそうになるが、なんとか地を踏みしめ体ごと突っ込むように腕を伸ばした。


 

「――はぁ、はぁ、はぁ」


 俺、生還!!!!!

 いやあギリギリだった。なんならギリギリ死のサイドに寄ってた。

 このままここにいてあのウサ公が入ってきたら怖えから、早く離れよう。落ち着いてふくらはぎの様子も見たい。


「ふぅ……ふぅ……それにしても痛え……」


 足を引き摺りながら一本道を奥へ向かい、どうにかこうにかダンジョンコアルームまでたどり着いた。


「うわ、えげつねえ」


 湧水で傷口を濯ごうと、ズボンの裾を捲り上げて見た感想。もう、そうとしか言えない。

 草むしりの時、一応労働のためにとしっかりしたジーンズを履いたのだが、まるで薄絹一枚かのように切り裂かれている。

 そして、傷はそこまで深くないが、何かいやに痛むのだ。しかも腫れてるし。


 ベッタリとついた血を洗い流す。


「てか、俺の肌ってこんな色だっけ? いや……明らか違うよな? 傷の周りだけ絶対おかしいよな?」


 綺麗になった傷口周辺はどう見ても紫がかった赤色だ。

 背筋に走る寒気は、恐怖のせいなのかそれともこの傷のせいなのか。


「え、なに……もしかして毒?」


 助けて! グランマ!

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