第4話 お腹を満たしながら


「むぐむぐ……ほんじゃあ、ば……グランマのとこに居候するってことにする?」

『そうねぇ、しばらくはそれで良いけれど』


 厚手のタオル地ブランケットに包まれながら、瑞々しい野菜をむさぼってる俺でございます。

 もぐもぐしながらの念話ごめんなさいね。なにせ初めて魔法なんて使ったもんだから、もうクッタクタよ。

 ダンジョンに出してもらった岩塩かけて食うだけなのに、美味いんだこれが。採れたては格別だよね。


『ミヨちゃんが、産後こっちにお里帰りして来たいそうなのよ』

「実家帰れないの?」

『帰れないってことはないでしょう。でも広くて綺麗だからここが良いって言うし、予定日までもう1ヶ月よ? 断れないじゃない』


 困ったわ〜、と言いながらちょっと嬉しそうなばあちゃん。

 ミヨちゃんとは、俺のハトコの奥さんだ。

 五歳年上のハトコは、親戚の集まりがあるたび俺や姉ちゃんとよく遊んでくれた優しい兄ちゃん。そんな兄ちゃんのお嫁さんがそろそろ出産予定だから、玄孫やしゃごを心待ちにするばあちゃんはずいぶん浮かれている。

 まあ、ばあちゃん玄孫二人目なんだけどね。


「もう適当に、マグロ漁船乗ったとか、はむっ、むぐっ、いっほいはらいーんじゃらい言っといたら良いんじゃない?」

『そんな……昭孝あきたかさんもハルちゃんもネネちゃんも心配するわよ』


 昭孝は俺の父、ハルちゃんは母のはるか、ネネちゃんは姉のあかねだ。

 

「もぐっ、ごくんっ、どうせ帰れないしおんなじようなもんだってー」

『いい加減な子ねぇ。誰に似たのかしら』


 今はこのトマトの酸っぱさと甘さとちょうどいい塩加減のことしか考えられないんで!

 空腹は最高の調味料と言うが、これは食べ過ぎてしまいそうだ。


へんい転移のまりょくはまっへ貯まっても、んぐんぐ、グランマ、ことひ今年じゅうに、もぐ、こっひこっちくるのむりかなあ」

『細かくは聞き取れないけれど、転移なら来年も無理よ〜。マコちゃんのところもおめでたですって。ついこの間連絡が来たわ』

「え!? まこと兄ちゃん二人目!?」


 誠兄ちゃんはやっぱりハトコで、俺の8つ上だったかな? あんま絡みはないけど親戚中で一番の美男子と名高い。

 俺以外の血縁には、ちゃんと美形遺伝子が受け継がれてるんだよね〜。というかむしろ美形揃いだと思う。

 ばあちゃんも元はすっごい美女だったらしいし。

 今は……美熟女? 美老女? もう美魔女で良っか、魔法も使えるし。


 そんな誠兄ちゃん、何を隠そうばあちゃんの玄孫の父だ。写真で見せてもらった娘ちゃん超可愛かった。

 で、その奥さんが二人目妊娠中?

 

 羨ましくなんかないんだからねっ!!!!

 夫婦仲がおよろしくて何よりです!!!!


 どんどん血族が増えやがるぜ。


「んじゃ、どーすんの? 俺が先にそっち帰る?」

『転移の魔法陣を用意しなければならないのよ? まだあなた一人じゃあ無理でしょう。どうせ帰って来てもやることないんだから、しばらくそちらで遊んでいらっしゃいな』


 この曾祖母、グサッと来ることを……。

 確かに俺は職なし彼女なし時間と体力だけ有り余ってる暇人だけどもさ!


『魔法って楽しいわよ〜』

「俺は焼肉が食いたい!!!」

『そちらでもすぐ食べられるようになるから。ね?』


 う……確かに、せっかくゲームや漫画みたいなファンタジー世界に来たんだし、ちょろ〜っと見て回りたいなあと俺も思うけど。

 危険はないのか? 俺の生命に危機はないのか?


「……この世界危なくない?」

『危ないわ』

「やっぱそうじゃーーーーーん!」


 そこで正直に言ってくれるばあちゃんのこと、嫌いじゃないぜ。


『現代の日本に比べたら大抵どこも危険よ。でもあなたには魔法の才能がありそうだから、グランマが鍛えてあげる』

「うーん……才能あるって言われると、悪い気はしないけど」

『転移の術式を覚えて帰れば、自由に行き来できるのよ?』


 めっちゃ誘惑して来るじゃん。

 それ、どの立場から言ってんの? まさか果てなき魔道探究の旅に曾孫誘いたいんじゃないよね?


 これまでの言動を鑑みるに、ばあちゃんは絶対魔法オタクだ。そういえばばあちゃんちの書室にはファンタジー系の本が溢れてた。信用ならない。


『私も、若い頃身につけた技術を後進に残してゆきたいのよ。せっかく同じ魔力に適性があるのだし、ユウくんなら良い魔導士になれそうだもの』

「ばあちゃん……」


 そっか、ばあちゃんももう99歳だもんな。

 今の元気な様子からは全然想像もできないけど、終活とかいうのを考えたりするのかもしれない。


『グランマ!』

「そうでした。グランマ」


『それにねえ。魔力を発現したユウくんには、今後もダンジョンの管理を任せたいのよ。私がそちらへ帰ってしまうと、今のお家がどうなるか分からないわ』

「あーなんかアパート建てる話あったね」

『ええ。ずっと断っているのに、本当にしつこいったら。異世界と繋がる土地にアパートなんか建てて、万が一にも何か間違いが起これば目も当てられませんよ』


 確かにな。現に俺が転移してるし。

 急に歪みが広がっちゃった! アパートごと転移! なんて……"100%無い"とは言いきれない。

 

『私もこちらの世界でずいぶん長く過ごしましたもの、そろそろ最期を考えなくっちゃね。お弔いに出す仮の体は、一旦そちらへ行ってから用意することになるけれど』

「え……こっちに帰るってそういうこと!?」

『そうよぉ。これ以上この世界で生きていると、流石に誤魔化しが効かないわ〜』


 誤魔化しって何だよ、不穏な空気を感じるぞ!

 『桜一郎さんと同じお墓に入れないのが残念だわ〜』なんてのんびり言ってるけど、またでっかい爆弾埋まってないか?!


「つかぬことをお聞きしますが……グランマは普通の人間なんだよね?」

『そちらの世界で"普通の人間"の定義はかなり難しいのだけど、日本の基準に照らして考えると、グランマは普通の人間と言えないわね。とても長生きなのよ』

「な、長生きってどれくらい……?」

『お祖父様のお祖父様が亡くなったのは、1500歳くらいだったかしら?』


 どうやらばあちゃんの考えている終活は、のもの限定だったようだ。




「――どうりで、いつまでもボケないなと思ったよ」


 またもや驚愕の事実が発覚し、俺の脳みそパンク寸前。

 ちなみにばあちゃんの生きてる年数は99年で間違いなく、日本に飛んだ転移した時は20歳だったんだってさ。


 どーでも良いわ。寿命ミレニアム超えって言われたら、仮に10歳や20歳サバ読んでたとこで誤差の範囲だわ。

 

『やあねえ。ちゃんと毎日頭を使って、物忘れ防止もしていますよ』

「いくらボケ防止したって99歳にもなればそれなりに衰えるもんなの!」

『それが分かっているから、そちらへ戻ろうと思ったんじゃない』

「もしかして、うちの親族がみんな70超えても病気一つせず元気なのって……?」

『どうかしらねえ、魔力が体を強化してくれるそちらの世界とは事情が違うし、老化の進みは普通の日本人と変わりないわ』

鋼介ごうすけおじさんが57歳で八人目の子をこさえたのも……?」

『あれは鋼介がおかしいの。他はある程度まともに育ったのに、何なのかしらあの子は』


 鋼介おじさんはばあちゃんの第三子(次男)で誠兄ちゃんの祖父。若い頃から結婚と浮気と離婚を繰り返し現在4人目の妻と高校生の末子――誠兄ちゃんの叔父と暮らす75歳だ。第一子と第八子未子の年の差、なんと38歳。

 当然のことながら誠兄ちゃんの娘は抱かせてもらえてない。


『幾つになっても手のかかること』


 しかし今は厄介な大叔父の話をしてる場合じゃないのだ。


「もしかして、魔力に目覚めた俺は、超長生きになっちゃってるかも?」

『日本人の平均寿命よりは生きるでしょうね』


 絶対それどころじゃない予感!


『ところで、そろそろお食事は済んだかしら』


 長寿どころか超寿の可能性に我が身を慄かせながらも、しっかり口は動かしてましたよ。

 ああ、食い散らしてやったさ、畑のお野菜たち。


 流石にキャベツ一玉食べればお腹も落ち着いて来るってもんで、俺はやっと腹の虫の合唱から解放されていた。


『植物と大地の魔力適性は体感してもらえたわね』

「ん、そーだなあ。初めてにしては上手くできたと俺も思う」

『あれが大地属性の土壌調整魔法と植物属性の成長促進魔法』

「土属性と木属性じゃないんだ?」

『水の魔力を感じたから、きっと畑の土が潤っていたでしょう? 土属性だけだと、よほど上手く魔力操作しない限りあとで水を足すことになるわ』

「植物属性は?」

『いくら特性が似ていても、そちらとこちらで全く同じ植物はないのよ。何の違和感もなく食べられたなら、成長促進と同時に品種改良されたのね。今のユウくんに、単純な木魔法でそこまでできるとは思えませんもの』


 あー、ばあちゃんが"ちょっとズルい適性"って言った意味分かったかも。

 想像だけで品種改良できたら便利すぎるわ。

 

『本来であれば相応の知識が要るのだけど、ダンジョンマスターには創造魔法の補助がかかりますからね。今後も種を育てて魔力操作を鍛えましょう』

「鍛えるっても、具体的にどうすれば……」

『イメージはしっかりできていたようだから、あとは魔力を滑らかに動かす反復練習ね。魔力操作は……慣れよ』

「慣れですか」

 

 そうですか。じゃあひたすら鳥肌我慢するしかないってわけ。


『ペンで文字を書く練習をするのと一緒。最初はどう動かせば上手くいくか見当もつかないけれど、段々とそれが当たり前の感覚になるわ』

「じゃあグランマの弟さんは字書くの下手なんだ」

『文字を書く練習、は一つの例えだけど……確かにあの子、悪筆ね』


 悪筆な曾祖叔父そうそしゃくふ、こっちにいる内に会えるかな。


『実体ある物に魔力を流して回復や操作をするのは、魔法の中でも単純で簡単なの。まずは簡単な魔法で体内の魔力の巡りを覚えてきたら、次の鍛錬に移りましょう』

「うへぇ……魔力の巡りかぁ……」

『何事も、始めたばかりが一番大変なものです』

「はーい、がんばりまーす」

『とは言え今日はこの辺りで。残ったお野菜をダンジョンに還したら、ゆっくり休むのよ』

「え、せっかく作った畑潰すの?!」


 なんてもったいない!


『ダンジョンへ魔力が補充されるのだから、ただ潰すのとは違うわ。明日食べる分は明日作る、で良いじゃない。操作の鍛錬も兼ねられるし』

「でもやっぱもったいねー!」


 農家の孫としては忍びないよう。


『はいはい、ダンジョンにお野菜を捧げると思って。明日からたくさん育てる場所を確保しましょう』

「へーい」

『ダンジョンコアの階層にある素材は、コアを操作すれば吸収できますからね』

「よっしゃ魔力操作回避」


 明日以降ゾワゾワ耐久頑張るから、もう早く休ませて〜。

 ――俺は早速ダンジョンコアに駆け寄った。


『コアへの指示は"素材吸収"』

「素材吸収!」


【吸収する素材を選んでください】


 流石にもう驚かない。異世界ファンタジーとはこういうものだと学習した。

 

【トマトの株――5】

【ピーマンの株――5】

【キャベツ――4】

【きゅうりの株――5】

【畑の土――20】

【合金の筒 1】


 5とか4とかの数字は数かな?

 実をいだ株も同じカウントらしい。


 なんてぼんやり聞いていたら――合金の筒?


「グランマ、合金の筒って言われたんだけど、これ何だ?」

『合金の筒? 分からないわねえ、素材吸収に出たなら、どこか地面に落ちているのではなくて?』

「薄暗くてよく見えないからなあ」


 発光する壁から離れた真ん中あたりの床は特に見えづらいのだ。

 俺はまずダンジョンに野菜を捧げてから、合金の筒なるものを探すことにした。畑の土は、俺の寝床分だけ確保。

 


「――えー、筒……筒……合金って、金属だよな? 金属探せば良いのか……」


 比較的明るい壁際から、中心に向かって探していく。

 そうして、はじめに目を覚ました辺りへ差し掛かった時。


 ――カラン


 俺の靴の爪先に何かがぶつかった。


「あ! これ!」

『見つけたの?』

「うん、水筒だった! なるほど、ステンレス合金か〜」


 里心というのか……あちらのものに触れると、少し物寂しさを覚える。


『外へ出るようになったら、水を持ち歩けるのは便利ね』

「あ! これダンジョンコアに捧げたら良い魔力にならん? 金属の方が植物なんかより……」

『残念ながら、こちらの世界の鉱物は含有魔力が少ないわ。こちらで加工されていれば余計に』

「そっかー、じゃあ普通に使お」

『いずれ付与魔術を覚えて、容量拡張でも付与してみましょう』


 フヨ魔術がどんなものか分からないが、容量拡張は魅力的な響き。きっと良いことだ。


『こちらの世界の水筒もそうだけれど、ただの野菜にしたって含有魔力量は高が知れているわ。だからユウくん、明日からは薬草を育てましょう』

「あれ? 保留だって言ったのに」

『あの時はね。食の緊急性がなくなって生命活動に余裕があるなら、なるべく魔力の高いものを育てた方がお得だもの』

「まあ野菜は食べる分だけあれば良いか」

『そうよ。そうして魔力を貯めて創造魔法で調理台をつくれば、お豆やお芋が食べられる。タンパク源と炭水化物が確保できるわ』


 言われてみれば、インゲン豆とじゃがいもは熱して食べないとお腹壊す!

 今後健やかな異世界生活のため、加熱調理器具は必須だな。


「そして目標は焼肉!」

『……今日のところはお眠りなさい。ああ、もう何枚かタオル地の毛布を創って、畑の土に敷いたら良いわ。一枚をできるだけ大きく、厚手にね』


 


「――ばあちゃん、もう寝た?」

『……どうしたの?』

「ココア飲みたい」


『そうね……出来ることなら、送ってあげたいのだけど……』

「うん……おやすみ……」

『おやすみなさい、ユウくん』


 肌触りの良い毛布を体に巻き付け、俺はぎゅうっと目を瞑った。

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