最終話「晩御飯はうなぎにしましょう♪」

 それから数年。


「優樹。はい、コーヒー」

「ありがとう」

 

 マンションの一室にて。

 僕らは仲睦まじく夫婦としての生活を送っていた。


「ママー、あたしもー」

樹奈じゅなにはルイボスティーね」


 そして二人の間には、愛娘もいる。


「樹奈~」

「えへへ」


 ソファに並んで座る愛娘を撫でる。

 目の中に入れても痛くない、僕らの愛の結晶だ。


「ママにもなでなでさせて~?」

「えへへ~」


 僕と凛奈で樹奈を間に挟んで座る。

 左右から頭を撫でられる愛娘。

 されるがままになっているが、その表情はニコニコと嬉しそう。


 作家としての仕事も楽しみつつ、父親として過ごすこんな時間も充実させている。

 控えめに言って最高の人生だ――


「あっ」


 その時、ルイボスティーを飲んでいた樹奈の手からコップが滑り落ち、飲料が床に広がる。


「うわああ~~~ん!!」


 樹奈は泣き出してしまった。


「あら、大丈夫よ~。ママがすぐに拭いてあげる」

「ごめんね、ママ……」

「また注いであげる。はい、コップを置いて――」


 凛奈が床を拭いてくれている間、僕は樹奈のコップに新しい飲料をそそごうとした。


「……」

「?」


 しかし樹奈の表情は浮かない。

 いつもはありがとうと言ってくれるのに。


「どうしたんだい、樹奈。なにか嫌なのかい?」


 樹奈はうつむく。


「悲しい? 切ない? 辛い?」


 選択肢を与えるが、どれにも彼女は頷かない。

 恐らくピンとこないのだ。


 樹奈は基本、凛奈に似ている。が、こういうところは僕にそっくり。


「……ママの入れてくれたお茶が、なくなっちゃったのが嫌?」

「うん」

「そっか、なくなっちゃったのが嫌だったんだね」


 また注げば良いかもしれない。

 でも、樹奈にとってこぼれたお茶は、ママが注いでくれた大切なお茶だったのだ。


「樹奈は優しいね」

「やさしい?」

「そう、優しい」


 僕は愛娘を抱擁し、確信した。

 きっとこの繊細さは心の豊かさにつながる。

 だから――


「樹奈はこれから、とっても自由になれるよ」


 凛奈が僕の心を作るきっかけとなったように。

 今度は僕と凛奈が樹奈の心を自由にしてあげたい。


「背中に羽が生えて、お空を飛べるようになるかも」

「え~!?」

「ふふふ。パパは魔法使いだからね……ほら、樹奈」


 樹奈に視線で前を見るよう促す。


「あっ、あれ!?」


 そこには元に戻ったかのようにコップに注がれたルイボスティーが。


「ママの魔法よ」

「ママも、魔法使い!?」

「そう」


 凛奈がムフフと笑う。樹奈の目が輝く。


「じゃあ、あたしも!?」

「そう。使えるわよ、魔法」

「可愛い可愛い、魔法少女だ」


 僕は再び樹奈の頭を撫でる。


「……」


 それを見た凛奈が一瞬、もの欲しげな視線をくれる。


「凛奈も可愛い」

「……ふふ。それから?」

「可愛いし、大好き。愛してる」

「……私も、優樹のこと大好き。愛してる」


 凛奈の瞳がとろんとして、僕はうっかりキスをしてしまいそうになる――


「パパ、ママ、あたし、いもうとほしい!」

「「!?」」


 そこに飛び込んだ樹奈の一声。

 僕らは思わずたたずまいを正す。


「あたし、おねえちゃんになりたい!」

「そ、そっか」


 ちら、と凛奈の顔を見る。


「ふふん。晩御飯はうなぎにしましょう♪」


 ヤル気だった。


「すぐにお姉ちゃんにしてあげるわ、樹奈!」

「ほんと!? やったあ!」

「は、ははは……」


 どうやら今夜は眠れそうにない。


 柔らかな陽射しの差し込むリビングに。

 僕らの明るい声は賑やかに続いていくのであった。

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「おおきくなったらケッコンしよう」と約束してきた幼馴染が一生可愛い。~好きと言えない僕は、あらゆる言葉で想いを伝え続ける~ こばなし @anima369

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