第5話「僕は、あなたが――」
結婚式当日。
進行は滞りなく進み、いよいよ山場となった。
親族を始め、友人、出版関係者と幅広いメンツが会場に並ぶ中。
挙式の成功を左右する『物語』が始まる。
「それではここで、新郎様の想いを綴った特別ムービーを披露いたします!」
会場はうす暗くなり、スクリーンにテロップが浮かぶ。
『すべてはあの頃から始まった』
それから音楽と共に写真が映し出され――
現れたのは、変身ポーズを決めた幼い頃の僕と、凛奈。
無邪気なあの日の僕らに会場から笑いが漏れる。
——あはっ、小さい頃の優樹と凛奈じゃん!
——仲良しだったよなあ、昔から。
昔からの友人たちがささやき合う。
『ケッコンの意味も分からないまま、プロポーズをされたあの頃』
両手を繋ぐ僕と凛奈の写真。
『君の喜ぶ顔が見たくて、無意識に了承していました』
隣に座る凛奈と目が合う。口元を軽く押さえ、瞳を涙で潤ませている。
『好きの意味も分からないくせに、プロポーズを引き受ける、軽薄な男の子でした』
「ほんと、それ……」
「ははは」
小声で笑い合う、僕と凛奈。
『月見に誘った十五夜の夜』
画面には、祭りの日の二人。
『好きが何たるかは分かっていなくっても、凛奈と月が見たいと思ったのでした』
——作家っぽい!
——さすが、優樹さん。
出版関係者からの声が聞こえる。
「はは。凛――」
隣を見やると、凛奈はもう既に泣いていた。
それでもまっすぐ、スクリーンから視線を外さないでいてくれる。
あの日、月を一緒に眺めていた時のように。
『年頃になり、一緒に居ない時間も増えましたね』
中学生の二人。
文芸部の仲間と僕との写真と、吹奏楽部の一団の中の凛奈の写真。
『あなたと会えない事の寂しさを沢山味わうことになりました。でも、そのおかげで立派な作品を書くことができました』
演劇部の舞台に使われた、僕の原作小説。
気になって会場の一席を見やる。
薫の表情は――
——うぅ……。
えぇ、泣いてる!?
思わず立ち上がりそうになるが、とりあえず座っておく。
『心が不自由な僕に、あなたが自由をくれました』
次々と映し出されていく、僕らの日々の写真。
僕自身も思い出して感慨深くなる。
『あなたに抱く感情の正体を知りたくて、辞書を引き、小説を読み、創作に明け暮れた日々が、僕を作ってくれました』
僕の人生は、凛奈無しでは語れない。
『そんな僕から、改めて伝えたいことがあります』
そこで映像はぷつっと途切れ、会場が一瞬闇に包まれる。
かと思えば、その数秒後にはスポットライトが差す。
光差す場所は、新郎新婦席の前、僕らが立つ場所だ。
「凛奈」
「はい……」
「可愛いね」
不意に出た一言に、会場が一瞬だけほころぶ。
凛奈も照れくさそうに僕の肩を叩いた。
「凛奈」
「はい」
「ずっと待たせてごめんなさい」
「……」
僕はずっと、好きと伝えることができなかった。
「どうしても僕の中で、好きという気持ちが何なのか、分からないままでした」
好きという言葉は曖昧で、僕の中で何が『好き』なのか分からなかった。
「確信が得られないことを、凛奈にだけは伝えたくありませんでした」
彼女にだけは誠実で在りたかったから。
「結局のところ、いくら言葉を尽くしても、この想いを伝えるのには無理がありました」
だけど、それでも。
「それでも、数多の感情や心を言葉にしていく中で、僕は辿り着きました」
目の前の凛奈が、まっすぐに僕を見つめる。
「あなたの笑顔が見たい。あなたと月が見たい。あなたを誰にも渡したくない。あなたを幸せにしたい……。そんな気持ちの全てが、一つの言葉に集約されるということに」
負けじと彼女の目を見つめ返す。喜びに潤ませる、その瞳を。
「凛奈。僕は、あなたが好きです。そして、愛しています」
「優樹~~~~~~~!!」
感極まった凛奈の声がマイクに届き、若干ハウリングする。
僕はマイクを切り、跳び込んでくる彼女を受け入れた。
会場中から大きな拍手が鳴り響く。
凛奈と抱き合ったまま視線を浴びる。
みんなが席を立ち、僕らを見つめている。
ハウリングしたことなんて気にも留めないと言わんばかりの、盛大な拍手だった。
◇
その後、結婚式は無事にお開きに。
「お疲れ様、凛奈」
「お疲れ様、優樹」
ここはホテルの一室。僕と凛奈はまったりとした時間を過ごしている。
「結局、薫は面白いスピーチしただけだったよね」
「そうだね」
スタンドマイクの前に立った薫は、まさに名悪役だった。
『俺は、綺麗で美人で優しくて一途な凛奈に好かれる優樹がうらやましい……畜生、こんな素晴らしい結婚式を挙げやがって……!』
そんな具合で続いた彼のスピーチは、最後には『覚えてろよ! 今日というこの日を!』というセリフで締めくくられた。
「会場中が爆笑だったな」
「ほんと! 空気が一変したよね」
察するに、あいつは僕のためを思ってけしかけてきたのだと思う。
初めから邪魔するつもりなどなかったのだ。
「いい友達だよ、ほんと」
「悪役だけどね」
「それな」
肩を揺らして笑い合う僕ら。
ベッドに腰かけ、並んで寄り添っている。
「は~、本当に嬉しかったよ、優樹」
言いながら、凛奈は僕の手を握る。
シャワーを浴びたばかりで温かい。いい匂いもする。
「そう言って貰えると僕も嬉しいよ」
僕も返事をするように彼女の手を握り返す。
互いに脈拍が上がっているのが分かる。
「……で、でさ、凛奈。今日は初夜なわけですが……」
「そうだよ。初夜だよ!」
「……元気だね」
「当たり前」
彼女は言うやいなや、僕の身体をベッドに押し倒す。
「優樹、言ったよね? いくら言葉を尽くしても無理があるって」
「う、うん。言った」
「じゃあ……もう言葉以外で尽くすしかないよね」
見下ろしてくる彼女の圧力に、ごくりと息をのむ。
「散々待たされたんだから……今日は寝かせてあげない」
根には持ってるんだな――
そう言おうとした口元は、柔らかい感触に塞がれて。
僕らはその夜、主に非言語で語り合った。
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