第4話「私、プロポーズされちゃったの」

 そんなこんなで僕らは大人になっていった。

 大学在学中から作家としてデビューした僕。

 音楽を続けながら学生生活を謳歌する凛奈。


 通う学校は違ったが、凛奈が僕の家に頻繁に足を運んでいたため、ほぼ毎日顔を合わせていた。


 口約束も何もなくとも。

 僕たちはもう、恋人のようなものだった。


 充実した日々が続くそのさなか、事件が起こる。


「待たせたかな、凛奈」


 夕暮れ時に呼び出された僕。

 彼女から大事な話があるとのこと。


「ごめんね、こんな時間に」


 待ち合わせ場所の公園には学校帰りの彼女。

 大学生になった彼女は、周囲から羨まれるほど美しくなっていた。

 ミスコンに推薦され、広報誌に掲載されるほどの美貌だ。


「いいよ。ところで、話って?」


 自販機で買ったホットココアを手渡し、ベンチに腰かける。


「実は……私、プロポーズされちゃったの」


 僕は飲んでいた缶コーヒーを吹き出してしまった。

 唐突過ぎて吐血したみたいになった。


「だ、誰に……!?」

「薫」

「は!?」


 薫は今や、名俳優として名をとどろかせている。

 彼と結婚すれば、もしかしたら凛奈は一生幸せかもしれない。

 僕も小説家として稼いではいるが、彼と比べればしがない物書きに過ぎない。


「……どうするんだ?」

「……どうしてほしい?」


 どうしてほしい?


「私、こうやって毎日のように優樹の家に来てるし、寝泊りだってする」

「……」

「私はずっと、ずっとずっとずっと優樹のことが大好きだけど、でも、交際宣言をしているわけでもなければ、キスも、それ以上のこともまだしてない……」


 凛奈は険しい表情で続けるが、僕には彼女が何を言わんとしているのか分からない。


「だって私、まだ優樹の口から聞けてない。私のこと――」

「スト~ップ。いったん話はそこまでだ」

「「薫!?」」


 話し込む僕たちの目の前に、スーツ姿の薫が現れた。

 交流は続けていたが、この頃はお互いに多忙で会う機会が無かった。


「久しぶりだな、優樹」

「薫……」


 僕は凛奈を庇うようにして前に出る。

 薫は一段と風格が増しているように見えた。


「おやおや、なんだよ敵を見るような顔をして」

「いきなり凛奈にプロポーズなんて……どういうつもりだ?」

「どういうつもり、だと? それはこっちのセリフ」


 見下すような視線を向けてくる薫。

 高身長で顔が整っているため、さまになっている。

 分かりやすく言うといけ好かない。


「明言を避け、のらりくらりと告白を先延ばしにして……凛奈がかわいそうだと思ってね」

「……ッ」

「俺よりぜんぜん稼いでもいない上に、大して面白い作品を生み出しているわけでもないくせに……凛奈の好意を独占し続けるなんてありえない。凛奈が不幸だ」


 勝手に決めないでほしい。

 決めないでほしいが、正直、一理ある。


「こんなに可愛くて美しい立派な女性を、いつまでも放っておくわけにいかないだろう? 俺ならいつだって君の一番欲しい言葉をあげられるし、何でもしてあげるよ? り・ん・な♡」


 キザったらしく薫は言うと、僕の後ろに隠れる凛奈に手を伸ばす。


「嫌、来ないで……!」


 凛奈は小さく震え、僕の背中をぎゅっと掴んだ。


「止めろ。凛奈に触るな」


 僕は薫の伸ばした手を払いのける。


「なぜだ? 凛奈は別に君の好きな人というわけでもないのだろう」


 薫の問いにたじろぐ。

 ここで言ってしまえばいいのかもしれない。

 でも、こんなところで言ってしまえるほど、僕のしたためた凛奈への気持ちは安いものではない。


「大切な人だ。ずっと一緒に居たい、大切な人。結婚して、死ぬまで一緒に居て、幸せにしたい人だ」

「ゆ、優樹……!?」


 だから今はこれで精一杯だ。


「凛奈、こんなタイミングでごめん。順番が滅茶苦茶だが……僕と結婚してくれないか?」

「へ……? ええええええええええ!!?」


 僕がひざまずくと、凛奈は絶叫した。

 突然目の前に婚約指輪が現れたからだ。


「ははは。付き合ってもいないのに結婚!? 笑わせる」


 自分のことは棚に上げて嘲笑する薫。

 しかしすぐにその笑顔は引きつることとなる。


「そのための準備ならもう整えた」

「は……?」

「式場も押さえてあるし、凛奈さえ良ければすぐにでも挙式は決行できる」

「なん……だと……?」


 予想外過ぎたのか、フリーズする薫。


「どうした? 台本に書いていないことには対処しようがないのかい? 一流俳優さん」

「くそ……俺のアドリブ力をなめるなよ、二流作家ふぜいが!」


 言うや薫はずびしぃ! と僕に指をさす。


「君たちの友人代表スピーチをしてやろう」

「は……?」

「優樹。君が見事な結婚式のシナリオを描けたのなら、俺は最大限の祝福を贈ってやる。ただし、それができないのなら……君たちの挙式を滅茶苦茶にしてやる!」

「そ、そんな……ひどい」

「良いだろう、受けて立つ」

「優樹!?」

「はっはっはっは! 威勢だけは良いねえ、二流作家くん! じゃあ、楽しみにしているよ」


 薫はくるりと背を向けると、高笑いしながらその場を後にした。


「凛奈、勝手なことをして本当ごめん」

「……ほんとそれ」

「同じ気持ちでいるなんて、本当の意味でわかるはずないのにな」

「でも、信じてくれたからここまで準備してたんでしょ?」


 そうだ。彼女の言う通り。

 僕は彼女と同じ気持ちでいると確信していた。

 だからこそここまでやった。


「私、小さい頃の約束、ちゃんと覚えてるよ」

「凛奈……」

「だから嬉しいの。どんな形であれ、優樹からプロポーズしてもらえて」


 そう言って彼女は僕と正面から向き合い、抱きしめた。

 僕は大人げなく泣いた。


「私、優樹のプロポーズを受けるから」

「ありが……!? いたひ、いたひ!」


 突然、頬を引っ張られた。


「その代わり、さいっこーの結婚式にしてくれないと、死ぬまで根に持つんだからね!!」

「は、はひ……」


 こうして僕のプロポーズは成功した。

 最難関はここからだ。

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