第58話 十五年ぶりの再会
「ねぇさんの剣幕、昔を思い出して、こっちが、怖かったわぁ。」
京一の隣に、渡久地和香。希海の母親がいる。
なんね、それ…十五年振りに、顔を突き合わしている。約束通り、一週間後に、希海の母親がやってきた。
「まるで、鬼や、鬼!自分が怒られているみたいで、昔を思い出した。」
ほんの数十分前、希海の頬に、姉の平手打ちが炸裂する。姉の和香は、泣きながら、希海を抱きしめ、我が子の安否を噛み締めていた。
一時間前、京一は、関空に独りでいた。もちろん、姉の和香を出迎えるためである。希海に一緒に行くかと、訪ねたら、首を横に振った。希海いわく、空港で、知らない人たちの前で、ビンタをされるのは、恥ずかしいということである。まぁ、平手打ちの一発や二発は、覚悟をしていた。京一は、和香を、マンションの方に連れていく。この一週間、希海が、寝起きをしていたのは、一軒家の方なのに、なぜ!希海の事を想っての事である。姉和香は、とても、感情的になりやする女性である。家出をした我が娘に、すぐ会わせると、感情が爆発する事は、弟である京一がわかっていた。現に、空港の到着ロビーから出てきた姉の顔は、すでに赤鬼と化していた。この一週間、この鬼化をしていたのだと思うと、ぞっとする。
希海、うちの子は!十五年振りの姉弟の感動の再会の雰囲気はなく、顔を突き合わせての、第一声が、これであった。
「大丈夫や。ちゃぁんと、大切に預かとるよ。」
京一は、マンションに向かう車の中の会話がこうであった。
「飛行機が午後でよかったわぁ。午前中やったら、一日、休みを貰わなあかんかった。希海が訪ねてきた時も、半休貰ったから、これで、一日の有給になる。半休分だけ、残しておくのって、中途半端で、いつ使うねんって感じやろ。そう思わん、ねぇさん。あっ、そうや、すぐにでも、希海に会わせたいんやけど…今朝、今日の事があるから、忙しなくてな。マンションの方に、財布忘れてきてもうてな。悪いけど、マンションの方に行かしてもらうから…」
恩着せがましい事を、ちょこちょことにじませることで、希海に対する怒りを少しでも鎮めようという。小ズルい作戦を練ってみた。姉は、気を使いシィである。人に何かをしてもらうということに対して、申しわけなさが先に立つ。京一は、姉のそんな性格を利用しようと考えたのである。案の定、そんな小ズルい作戦がうまくいく。姉のビンタ、一発で、事は終わったのだ。
「渡久地さんは…」
「あの人は、一緒に来るつもりだったんだけど、仕事の都合で、明日になってしまって…」
「そうか。じゃあ、明日も車出すよ。明日は、希海と行けば、ええやん。」
「そうしてもらえると、助かる…」
一軒家の二階のベランダ。手すりに身体を預けて、大阪湾を眺めていた。
「あっ、そうだ。遅ればせながら…今回は、いろいろとありがとう。本当に、助かった。」
改めて、姉から頭を下げられると、いささか困ってしまう。京一は、恐縮している。
「いやいや、色々と、勉強をさせてもらいました。年頃の娘を持つ、親の気持ちを…」
「何よ。それ、わけ、分からん。」
「まぁ、叔父の務めを、果たしたまでです。」
「でも、この短期間で、あの希海が、あんなに懐いたね。ちょっと、びっくり…」
和香から、ビンタをくらった時、希海は、京一の隣にいた。隣にいて、京一の手を強く握っていた事を思い出す。
「同じ人物が、姉と母親という共通部分で、わかり合えるところが多いんじゃなかろうか。」
「何よ。それ…わけ、わからん。」
本日、二度目の言葉。苦笑いをしながらも、ほっとしているようである。言葉には出さないが、実際、そうだと思う。この一週間、我が娘の事が、心配で心配で仕方がなかったと思う。実弟とはいえ、娘を預ける母親の心境を考えたら、元気そうで、少し、大人びた、一皮むけた、我が子の姿を見て、ほっとしていると云うのが、今の姉和香の心境なのであろう。
「どんな魔法を使ったのか、わからないけど、本当に、ありがとう。京一!」
見違えた我が子の態度を思い出し、改めて、深く、頭を下げる。
「ホンマ、やめてや。ねぇさん…希海の方が、いい子やったって、話なんやから…私は、何もしとらんよ。」
二人の姉弟は、しばらく、風景を見ている。どちらからともなく、父親の話になる。京一は、五年前に会いに行った。それから、連絡は取り合っている。和香の方は、全くと云うことである。結婚式に、呼ばなかったくらいであるから、当然なのだろうけど、口より先に手が出る父親であった。左官業を営む、まさに、職人肌の父親である。
『ねぇさん、一緒に行かないか。ただいまと言える場所に…』
京一の言葉に、何も返事は返ってこない。
「結婚をしていないから、夫婦というモノが、どんなものが、正直、わからへんけど、姉さんだったら、わかるんじゃないのかな。お互いの他人同士の二人が、一緒に生きている理由。一緒に、子供を育てていく理由。父さんと母さんは、たまたま、うまくいかんかったけど、二人の父親と云う事は、変わり様がないんよ。」
言葉を切ったが、又、返事は返ってこない。
「あの父親やもん、許せないという気持ちはわかる。でも、不器用な人やから、あんな形でしか、愛情を表現できんかった。そんな風に、思われんかな。」
京一は、これ以上は、何も言わなかった。別に、父親の肩を持つわけではない。和歌が、父親に対して、許せない気持ちの方がでっかいのだろうし、和香なりに、どうするべきか、考えているだろうから…
『ただいまと言える場所か…』
和香の言葉が、耳の奥で振動する。
『あんた、うまいこと言うね!』
続けて、こんな言葉が、聞こえてくる。振り向き、姉の横顔を視界に入れると、笑みを浮かべていた。姉弟は、このまま、黙って、風景を見ていた。何も喋ることなく、関空の先、淡路島のもっと先、自分たちの故郷を…
完
ただいま そして・・・ 一本杉省吾 @ipponnsugi
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