掌編「銀行強盗で人質を取ったら、その相手が元カノだった件」


「――全員、動くな。怪しい動きをすればこの女を撃つからな……っ」


 人質に選んだ女性職員のこめかみに、拳銃を突きつける。


 職員は怯え、震えているが……やがて震えが止まった。

 彼女はすんすん、と鼻を動かして、俺の体臭を嗅いでいる……。覆面をしているが、匂いに気を遣ってはいなかったが……汗臭いだけだろう。

 匂いを不快に思っているなら、拳銃を突きつけられているよりもそっちを嫌だと感じる女ってことか……、意外と余裕があるじゃねえか。


「ねえ」

「喋るな、撃つぞ」


「あんた……『わたる』、でしょ」

「…………え」


 ぼそぼそ、と、職員が小声で話しかけてくる。


「(なにやってんの? 覆面してても匂いで分かるし……あと、人質に取っているつもりだと思うけど、昔みたいに抱き寄せているから、元カノからすればこの体勢がしっくりくるのよ……だから分かったの。……それにしても強盗? あんた、なにしてんの?)」


「(…………違う、俺に元カノはいない)」


「(ああそう、別に、付き合ってた当時のあんたの恥ずかしいことを大声で叫んでもいいんだからね?)」


「(ッ、おまえ……ッ、撃つぞ!?)」


「(あんたには無理よ。そういう脅しで、本当に実行したことなんか、結局付き合っている時には一度もしなかったじゃない)」


 弾なんて入ってないんじゃないの? と、銃口を頭で軽く叩く元カノ――おい! 弾が入っていたらどうするんだっ、俺が間違って引き金でも引いたら――――あ。


「……やっぱり入ってなさそうね」

「おまえ、なあ……ッッ」


「ねえ、あたしだと分かって人質にした……わけじゃないよね。じゃあ偶然?」


 元カノの顔を覚えていなかったわけじゃない。

 覚えていたし、はっきりと彼女の顔が分かっていれば選ばなかった……、ただ、覆面を被っているせいで視界が狭く、俯いていた元カノは、元カノとは分からなかった……。

 だから人質に取ってしまったのだ……手痛い失敗だ。


「で、どうするつもり?」

「どうするって……このまま押し切るしかないだろ……!」


「強盗、失敗するわよ?」

「分かってるよ……でも仲間もいるし……俺ひとりで辞めるわけにはいかねえんだから――」


「仲間想いなのね。でも……やっぱりバカ」


 彼女の手が伸び、俺の覆面を掴む。


 あ、と彼女の狙いが分かった時にはもう既に、覆面は剥がされ、俺の顔が露出していた――


「あの時から変わらない。あんたはいつも、引き際を間違える」


 顔が見えてしまえば、計画は総崩れだった。


 案の定、俺たちの強盗は失敗し……

 一度は逃走ルートに入れたものの、すぐに警察に追いつかれ、捕まってしまった……。


 こんなことになるなんて……全ては最初から、失敗する運命だったのだ。

 時間が経てば笑い話になるだろうか?



 ――銀行強盗で人質を取ったら、その相手が元カノだった件。




 …了

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