10灯

 頬が熱いのは怒りかはたまた。


(空気を換えよう。そうしよう)


 私は乱れる情緒を宥めるように、別の話題を振ることにする。


「さっきの魔法、凄かったですねー! 実は前にも一度拝見したことあるんですけど、感動しました!」

「……そうか」


 終了。

 努めて明るく振ってみたが、領主さまの眉間に谷が出来ただけだった。

 ――実はこの領主さま、表情を作るのがへたくそで機嫌が良くなるほどに目つきが悪くなる、と知るのはまだまだ先の話であり――むしろ、空気がより重くなった気がする。

 沈黙が痛い。どうしよう、何か言わないと。

 首を捻ると揺れるランタンが目に入る。煌々と照らす灯りはほんのりと温かくそれでいて優しくて……するりと言葉が流れ出た。


「あの、すみませんでした」

「何がだ?」


 先程よりかは幾分緩んだ表情で領主さまが問う。


「こないだの、カントさん家のラシル君とロイ君の事です。あの時領主さまは何一つ間違ったことを言ってないのに私は一人でへそを曲げて、失礼な態度までとって。……ごめんなさい」


 この一週間、ずっと伝えたかった事。ようやく言えた。

 また呆れられるかと内心で身を竦めるが、意外にも返ってきたのは穏当な言葉だった。


「私の方こそ配慮が足りなかった」

「いや、そんな……っ」

「先代にもよく言われていた事だ。正しいだけでは民はついてこない、心に寄り添えと」


 いとも通りの淡々とした、しかし心なしか覇気のない声。


「不甲斐ない領主で申し訳ない」

「そんなことないです」


 秒で否定する。

 いつもは図々しいくせに、そのくせ何度も私を導いてくれて。こんな時ばかりしおらしくなったって私は認めない。だって。


「――私は、領主さまを偉大な魔法使いだと思ってますから」

「魔法使い? 魔術師ではなく?」


 そこに疑問を持つのか……問われて気付く。

 この世界において、魔法とは魔力によって生み出される効果のこと。魔法を効率的に使うため体系化せれた学門、それが魔術である。

 よって領主さまのように魔術を修めて行使する人の事は『魔術師』と称するのが正しい。

 そのことは知っているが。


「魔術師は魔術を扱える人。でも魔法使いっていうのは――魔術以上の、奇跡を起こせる人をそう呼ぶんですよ」


 そう口にした自分の顔が、自然とほころんでいることに気付いた。

 だからこれは、照れ隠し。


「今私が考えました」


 最後に一言付け足すと、目をぱちくりと瞬かせ聞いていた領主さまが堪らず噴き出す。そして。


「悪くないな」


 そう静かにほほ笑んだ。


 ◇ ◇ ◇


 気が付けば森を抜け、町の端に位置する街灯が見えてきた。

 すっかり晴れた夜空に映えるオレンジ色の光が、今日はやたらと眩しく見える。


 ほんのり満足げに眺めていたのがバレたのか。領主さまの視線を感じ顔を逸らすがそんなことはお構いなしと話をしだす。ほんと空気を読まない人だ。


「辛くはないか? この町での暮らしが」

「? どういう意味です?」


 相変わらず話題が突飛で考えていることが読めない。なので窺うように首を傾け、続きを促す。


「この町での暮らしも灯屋の仕事も安全とは言い難い。外から来た人間は殊更に順応し難く、居つかない者も多い」


 あ、これは……色々バレているな。

 察した拍子に視線を逸らせば図星であることがバレバレなのだが、悪あがきで口角をぐいと引き上げておく。

 私がこの町の生まれでないことは勿論知っているのだろう。いつどう知り得たのかは知りたくもないが。

 だがこの物言いはそれだけじゃなく。私が引きこもり体質でかつ、町の人達と微妙に距離を取っていることもお見通し、そんな気配だ。

 ただそれはこの町の環境が原因では決してない。多分……失うことが怖くて臆病になっているだけ。


(ああそうか、私って寂しかったんだ)


 なんとも今更だ。自分に呆れるもストンと腑に落ちた。

 気付いたのはきっと、うっとおしい位に付きまとっていたこの人のせい。……いやお陰かな。

 じゃあどうしたいのか? その答えはすぐには出ないけど。

 これだけは自信をもって言える。


「案外気に入ってますよ、この町も、灯屋も」

「私の事は?」


 ここでそれをぶっこんで来るのかー。相変わらずのブレなさに苦笑が漏れる。


「うーん、まあ……嫌いじゃないですけど」

「けど、何だ?」


 ええ……今日はぐいぐいくるじゃん?

 いい加減はぐらかすのも限界か。自分の中にすでに居座る感情に気付いてしまったから。

 けどそれはまだまだ生まれたての小さな芽で、大きく育つかは今後の展開次第なわけで、神のみぞ知るわけで。


「私は。好かれているからという理由で安易に交際したくないし、ちゃんと相手の事を知って、例え嫌われても私は好きだと言えるようになりたい。そう思います」


 それが今言える、精いっぱいの返事だ。

 だからきちんと受け止めて欲しい、のだが。うーん、この顔は納得してないな?


「その仮定に意味はないな。私がハルチカを嫌いになることはありえないのだから」

「何それこわい」


 それってもう、逃げ道も選択肢もないやつでは。


 ドン引きしている間に目の前を壁が塞ぐ。見慣れた壁、愛着すらある染み。愛しの我が家に到着したのである。

 とりあえず家に逃げ込もう、そうしよう。

 玄関から体を滑り込ませ「じゃ」と自然な流れで扉を閉め――閉まらずに、がしりと掴んだ領主さまが強引に体をねじ込む。ですよね。

 見上げればその人は、鋭く切れ上がった細い目をさらに細め、一言。


「私と結婚して欲しい」

「……友達からでお願いします」

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灯屋と魔法使いと煤の森 ~いきなり求婚? 嫌ですけど。お友達から始めましょう~ さくこ@はねくじら @sakco

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