9灯
高々と掲げられた領主さまの手に魔力が集まる。
「おお……」
魔力なんてものは目に映らないもののはずだが、密度が上がればこうも美しく輝くらしい。以前にも目にしたはずだが……初めて得た知見に思わず感嘆が漏れる。
その瞬間、激しく迸ったかと思うと一瞬で拡散し――反射的に閉じた目を開いた時には辺り一帯が柔らかい光に包まれていた。
温かい、心を灯すような光。
――あの時も。新しい環境に馴染めず右往左往してた私を照らし、「魔法やばい」「なんかもう、細かい事なんてどうでもいいな」と心を軽くしてくれた。
いや私ちょろくないか? 仕方ない、それほどに感動的な光景なのだから。
未だ森の中だというのに警戒を忘れ、自然と表情が緩んでしまうのも不可抗力なのだ。
永遠とも一瞬とも思える夢のような時間はあっさりと幕を引く。
周囲には宵闇が戻り、しかし黒い球も霧もなく、私の持つランタンの光だけがゆらりと木々を照らしている。
いつの間にか雨は止んでいた。
ぱっと白色の光が私の頬の上で弾ける。
奪った熱と共にすぅと引いていく感覚は清涼感を思わせ……病みつきになりそうだ。
いやいや駄目だろう。すんでのところで冷静さを取り戻し、表情を引き締める。
が、その行動が逆に不安をあおってしまったようで。
「まだ痛むか?」
「いえ全然! 綺麗に治りました、ありがとうございます!」
私の頬に手を当てたまま、心配そうにのぞき込む領主さま――近い!
慌てて飛び退き、なんとか礼だけは告げる。
煤の森を駆け回ったのだから必然、私の身体のあちこちには軽い熱傷が出来ていた。
それを領主さまが魔法で治癒する、その一幕である。
領主さまが手を翳し、呪文を唱えれば光とともに傷が消失する。魔法かよ。魔法だよ。
あんなにひりひり痛んだ傷はすべて跡形もなく消えていた。
すべすべになった頬を撫でながら思う。……それにしても万能だな、この人は。
使える魔法の種類もさることながら、あれだけ広範囲かつ高出力の術をぶっ放したというのにぴんぴんしている。魔法って結構疲れるのに。
であっても。貴重な残りMPを私の為に消費させてしまい、少しの罪悪感。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、恐らく全く与り知らない領主さまといえば。
まだ治癒し足りないとばかりに私の身体をくまなく観察しているわけで。やめて欲しい。
「そもそもかすり傷程度ですし、まずはご自分の身体を――」
牽制し言うが――あれれ? よく見るとつやつやの白い肌には傷一つついていない。辛うじて煤けた汚れが髪に付着し、普段の淡白な雰囲気に加え渋さを演出している。違う、そうじゃない。
あのローブの効果って切れてたんじゃないの?
そう口にすれば返ってきた言葉は。
「私は結界術も修めている。ローブに頼らずとも己を護ることに支障はない」
ですって。
ってことはつまり……私のしたことは無駄足⁉ しかも治癒などという無駄な力も使わせたおまけつきだ。恥ずかしい、穴があったら入りたいとはこのことか。
思わず頭を抱えしゃがみ込む私。
その正面で、視線を合わせるよう領主さまも膝をつく。……何?
「ハルチカは私を助けるために来てくれたのだな」
「まあ、……心配くらいはしますよ」
「つまり、私の求婚を受け入れてくれると」
「違いますね」
しれっと差し込まれる要求を反射的にいなす。おい、急に図々しいな!
なんだかもう、懐かしくすら感じるやり取りに脱力する。
私の事、諦めたわけじゃなかったんだ。
◇ ◇ ◇
カンテラを担ぎながら町へと戻る道すがら、傍らを歩く領主さまから話を聞いた。
森に異変が見えたのはここ十日ほどの事。あちこちで霧が異常発生し、じわりと町まで侵食し始めた。
発生源は私も見たあの黒い球だ。凝縮され結晶化した霧が核となり、新たな霧を生み出していたのだという。
「確認された結晶は今日ですべて破壊した。これでしばらくは森も落ち着くだろう」
それを聞いて安心するが……ん?
曰く。今回のような現象は珍しいものではなく、数年程度のスパンで定期的に起こる事らしい。
この結晶の破壊こそ、領主に課せられた最重要とも言える役割なのだそうだ。大変なお仕事である。
(そういえば。……ジョーおじさんが亡くなった日も霧が濃かったなぁ)
当時の光景がふと浮かぶ。今思えばあの時も今回と同じ状況だったのだろう。
そうか、あの時も。まだ若き領主さまや先代さまらが森を鎮めて町を護ってくれていたのか。だというのに私はそんな事情も知らず、自分の周りの事しか頭になかったな。
ぼんやりと記憶をさらっていると上から声が落ちてくる。
「ジョー・クリウを守れずにすまなかった。領主として私の招いた失態だ」
考えを読まれたかのようでどきりとする。見上げればいつもは感情の乏しいその瞳に憂いの色が見える。
「謝らないで下さい」
責める気なんてない。あれは長雨などの不運が重なった上に起きた事故だったのだから。
そう告げるも、彼の人は納得の表情を見せない。
「しかし」
「領主さまは、負い目があるから私に求婚したのですか?」
それは、にわかに湧いた憶測。
出来ればスルーしたい案件だが、領主さまが引かないというのなら切り込むしかない。
猜疑の視線を向ければその人の表情は硬くなり……ふぅと息を漏らす。
「だとすれば。私はあと何人に求婚すればいい?」
「ええと……?」
苛立ちと呆れを滲ませるような質問返しになんとか困惑だけ返すが。
滅茶苦茶怖いんだが。
あれ私、地雷踏んだ?
「負い目などいくらでもある。その度に求婚していたのでは私の身がいくつあっても足りんだろう。私がハルチカを求めるのは、純粋に君に惚れているからだ」
「はぁ、へぇ~…………」
言葉の意味を理解した途端、みるみる顔が熱を帯びる。
心臓の音がうるさい。間抜けに開いた口からは言葉にならない相槌だけが漏れている。
ほんとに、余計な事言わなきゃよかった。
と同時に思う。そのしかめっ面はなんだ、惚れた相手に向けるものじゃないだろと。
やっぱり腹が立つ。
零れそうな感情を押し留めようと、むぅと口を引き結んだ。
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