火葬場の
@SUZUmachi_
第1話火葬場の小学生
火葬場の煙突から煙が立ち上る、トシはじっと座っていた。今日は平日。いつもなら教室で国語の授業を受けている時間だ。ランドセルは家に置いたまま、トシは黒い服を着ていた。
「ちゃんと食べや。元気つけな。」
伯母が気遣うように声をかけてくるが、トシはうなずくだけで箸を置いた。
隣では弟の大也が茶碗に手を伸ばすことすらせず、うつむいたままだった。
「なあ、大也、少しでも食べえや。」
トシが声をかけると、大也は小さく首を横に振った。
「……いい。いらん。」
その声はかすかに震えていた。いつもは賑やかに喋る弟が、今日は朝からほとんど何も言わない。
食事が終わり、火葬場の職員が「骨上げの時間です」と告げた。親族が立ち上がり、列を作る中、大也はトシの袖を引っ張って言った。
「にいちゃん……行きたない。」
その言葉に、トシは少し眉をひそめた。
「なんでやねん。」
「……見たないもん。」
大也が小さな声で言う。その顔には涙が浮かんでいる。
「しゃあないやろ。みんな行っとるんやし。」
トシがそう返すと、大也は俯いたまま動かなくなった。
(……これ以上、無理矢理連れて行ってもあかんかな。)
「……ほな、外で待っとこうか。」
トシはそう言うと、大也の手を引いて火葬場の裏庭へ向かった。
裏庭に出ると、ひんやりとした空気が頬に触れた。そこには小さな花棚が並び、白い菊がいくつも供えられている。大也はその前で立ち止まり、また俯いてしまった。
「にいちゃん……俺、お母さんいなくなったん、いやや……。」
とうとう泣き声を漏らした大也に、トシは少し戸惑った。
「もう……泣くなや。」
「……だって、無理やん。」
大也がすすり泣きを続けるのを見て、トシは苛立つように棚から白い菊を一本取り上げた。そして、大也の頭を軽くはたいた。
「お前、いつまで泣いとんねん。」
「いった!」
大也は涙を拭いながらトシを睨みつけた。
「何すんねん。」
そう言うと、大也は棚から別の菊を取ると、トシの肩を叩き返した。
「なんや、お前!」
トシも負けじと菊を振り上げ、大也の頭をもう一度軽く叩く。
「やめろや!」
大也が言いながらトシの腕を払おうとするが、その手は菊を振り回すだけだった。
気づけば、二人は花を持ったまま真剣な顔で菊を振りかざし合った。
二人は息を切らし始めた。
「なあ、にいちゃん。」
ふと、大也が立ち止まった。
「こんなんしてたら怒られるかな。」
トシは少しだけ考えてから答えた。
「……さあな。でも、笑っとるかもしれん。」
大也はその言葉を聞いて、小さく頷いた。
「おーい、トシ! 大也!」
火葬場の方から父親の声が響いた。二人は慌てて菊を棚に戻し、火葬場の中へと急いだ。
戻ったとき、親族たちはすでに骨上げを終えかけていた。大也はトシの手をぎゅっと握り、静かに歩き始めた。
「にいちゃん。」
大也が小さな声で言った。
「ん?」
「俺……にいちゃんに着いて行く。」
その言葉にトシは一瞬驚いたが、小さく頷いた。
「じゃあ、行こうか。」
二人は手をつないだまま、火葬場の奥へと向かった。煙突から煙はもう出ていない。
火葬場の @SUZUmachi_
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