第3話 人の子と天界の子

神々の住まう天界は、人々の住む下界と鏡合わせになるように真上に存在している。天界から下界を観る事は出来ても、下界から天界を観る事は不可能だ。それどころか天界という存在を把握する事すら出来はしない



「テーン。テン君、テン君よー。キミは休日の朝っぱらからなーにしてくれてんですかねぇ」



この男、九条悠真もまた例外では無い。外に跳ねた寝癖を指先で軽く摘みながら言う彼の視線の先には、人とは思えない程に美しい容姿を持つ小さな小さな少年が1人。その手には黒いマジックペンが握りしめられており、テンは悠真が声をかけると得意げに胸を張り口を開いた


「ふふん、どうだですか、ユーマ。あなたの買ってきたホンを見ながら、あなたの名前をかきました!」


「うーん、そうだ、そうだな…まず最初にすごいなありがとう!って言っておこう」


「もっとほめていいんですよ!ぞんぶんにかんしゃしなさい!」


「でもな、テン。それは油性ペンで水じゃ落ちないし、お前が名前を書いてくれたのは紙じゃなくて壁なんだよ…」


「…なにか変なところでもあったですか?」


「これはあれか!ちゃんと言わなかった俺が悪いのか!?」


「よく分からないですが、あなたが悪い」


「そーだよね!!お前にちゃんと言わなかったの俺だもんね!……とりあえずそのペンを俺にちょうだい。んでそれ消すの手伝いなさい」


「んなっ、ぼくのケッサクを消す気か、ですか!くそやろー!」


「おだまりっ!この部屋は賃貸なの!もし仮に俺が一軒家の住んでたら落書き残しても良かったけど、ここ賃貸だからそれは許しちゃならねぇの!すぐ消す!はい!お前も手伝いなさい!」


「どさくさに紛れにらくがきって貶しやがりましたね!このぼくが、心をこめて書いたあなたのなまえを!……もうおこりました!!ユーマのばか!あんぽんたん!おたんこなす!!」


「怒ってもダメです!消す事に変わりはないからな!はい、このタオル持って!除光液出すから小さい子用のマスクして!…そう、上手!うん偉い!さっすがテン!!よっ、天界の子!」


泣いて怒りながらも、テンは悠真の言う事をすんなりと聞き入れ準備を整える。そんなテンの機嫌をこれ以上損ねないように声がけをしながら除光液を取り出した悠真は彼の隣に腰を下ろし、壁に書かれた自身の名前を一緒に消し始めた


「せっかくぼくが書いたなまえを…」


「うん、それに関しては本当にごめんなって思う。だから次は紙…あー、あそこにある白いペラペラのやつに書いてくれないか?そしたら大事に保管しておけるからさ」


「…わかりましたです、そうしてやりますよ」


「不満そうだなぁ?」


不服そうに頷いたテンの頬を悠真がムニっと摘み笑えば、テンは更に口をへの字に曲げて悠真の手をペチンと叩き「うるさい」と顔を背ける


「おまっ…ホンット可愛い見た目して中身は全然可愛げねぇなぁ」


「そんなの、しかたないでしょう」


テンの態度にカチンときた悠真がため息を零し言えば、テンは微かに視線を落とし呟いた。何時ものように威勢よく言い返して来ない彼に微かに同様した悠真が「なんかごめんな…?」と謝ればテンは小さく首を横に振り、壁に書かれた最後の1文字を静かに消し去った


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小さな神様、育てます アオツキ @dearjfan

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