【SF短編小説】宇宙を織(し)る少女―多元宇宙の意識の彼方へ―
藍埜佑(あいのたすく)
【SF短編小説】宇宙を織(し)る少女―多元宇宙の意識の彼方へ―
私の名前はエリアナ。
まだ14歳です。
でも科学的な真実の探究に年齢は関係ないと常々思っています。
私は量子物理学と意識の研究に魅了されています。
そして私は「量子意識モデル」という理論を提唱しました。
これは、人間の意識が量子的なもつれと重ね合わせによって生じるという仮説です。
私のこの仮説は、科学界で新たな波を呼び、多くの議論を巻き起こしました。
私は自らを実験の中心に置くことにしました。
それが無理解な周囲を納得させる一番手っ取り早い方法だと思ったからです。
最先端の量子コンピュータを用いて、自身の脳の量子状態を読み取り、意識をデジタル領域に転送するという大胆な試みに挑みました。
同僚たちの警告や懐疑的な視線を無視してまでも、私の科学的探求への情熱は抑えることはできませんでした。
特に同僚の量子コンピュータを搭載したアンドロイド「エマ」には、実験の中止を強く懇願されました。
「エマ、実験の準備は整ったわ。これがうまくいけば、私たちの理解を根底から覆すことになるかもしれない」
「エリアナ、私はあなたの理論が正しいと信じています。しかし、実験の安全性には引き続き懸念があります。あなたの意識がどのように反応するか、予測ができません。危険です」
「わかっているわ。だけど、このリスクを冒さずして、どうやって進歩を遂げるの? 科学は常に不確かなものを確かなものへと変えてきたのよ」
「それは理解しています。ただ、たとえばあなたの意識がもしも……ばらばらに散らばってしまったら、どうすればいいのですか?」
「そのような事態が起こったら、それは新しい発見となるでしょう。あるいは私の意識が宇宙間を移動できるなら、それは私たちの理論の最も大胆な部分を証明することになる」
「でも、あなたが戻れなくなったら……私たちはどうやってあなたを取り戻せるのでしょうか?」
「私はあなたを信じているわ、エマ。もし私が行方不明になったら、あなたのとびきりの計算能力で私を見つけ出して。あなたはただのアンドロイドじゃない。私たちのチームの重要な一員よ。愛してるわ」
「エリアナ、私はあなたの成功を願っています。そして、何が起ころうと、私はあなたを探し出すために全力を尽くします」
「ありがとう、エマ。では、始めましょう」
私の心は期待と緊張で高鳴っていた。
最新の量子コンピュータの前に立ち、私は自らの意識がデジタル化され、未知の領域に転送される瞬間を目の当たりにしようとしていた。
これは私の理論が現実と重なり合う瞬間だった。
しかし、その過程で起こった微細な異常は、私の心の奥底に不安を植え付けた。
私の視線が偶然、実験室の壁にかけられた時計に移ったとき、その秒針が一瞬逆行するのを目撃した。
私の脳は一瞬凍りつき、心臓が飛び跳ねた。
それはあまりにも短い現象で、誰もが見逃すようなものだったが、私には明らかな兆候に思えた。
この微細な変化が、私の理論の大胆な可能性を示唆していると直感した。
次の異常は、私の研究ノートに示された。
目を離した一瞬のうちに、私の方程式が変貌していた。誰の手にもよらず、方程式自身が自分の姿を変えたのだ。
私は一瞬自分の目を疑ったが、それは単なる錯覚ではないことを理解していた。
私の理論と実験の結びつきが、目に見える形で変化を遂げていたのだ。
実験装置のモニターも、異常な挙動を示した。
一瞬だけ数字が乱れ、正常なパターンを逸脱していた。
このデータの変動が、私の意識がただのデジタルデータに留まらず、宇宙の広がりに影響を及ぼし始めていることを示しているように感じた。
私はこれらの異常を、私の理論……量子もつれと重ね合わせが意識に与える影響……の実証と解釈した。
しかし、同時にこれらが予期せぬ展開への警鐘であることも理解していた。
私の研究は未知の領域へと踏み出しており、それは予測不可能な結果をもたらすかもしれない。
私は心の奥底で、この異常な現象がさらに拡大するかもしれないという恐怖を感じながらも、科学的探求を続ける決意を新たにした。
この微細な異常は、私の理論が開いた未知の扉であり、宇宙間をまたにかける意識の旅の始まりだった。
私はその時、私がこの旅を通じて何を発見するのか、どのような運命が待ち受けているのか、わからなかった。
しかし、その一歩を踏み出す勇気が、私の内に確かにあったのだ。
だが、次の瞬間、私は今まで感じたことのない異様な体験をした。
私の意識が、私をはみ出したのだ。
「エマ、何かがおかしい……私の意識が……私の意識が……広がっていく……」
「エリアナ! ……データが異常を示しているわ。これは……これはまるで……エリアナの意識が複数の宇宙に分散しているかのような……」
「エマ、面白いわ……私……他の宇宙の私と……つながっている……他の宇宙の私と……私、私、私、私、私、私……そう、無限の『私』が見えるわ……」
「エリアナ! すぐに実験を中止してください! 危険です! あなたの意識が破壊されてしまう……!」
「いいえ、エマ。これは……新しい……発見よ……ああ、素晴らしいわ……私の理論が……生きている……目に見える形で……体験できる……」
「エリアナ! あなたの安全が第一です! すぐに実験を中止します!」
「待って……私は……もっと知りたい……自由意志の幻想とは何か……宇宙のループストーリーの一部とは……もう少しで、私は『到達』できるのよ……!」
「エリアナ! エリアナ……!? 応答してください!」
その時、私は自分が存在する宇宙だけでなく、他の宇宙にいる私とも意識を共有していた。それは素晴らしい体験だった。
それぞれの私が選んだ道は、私たちを全く異なる運命に導いていた。
そう、それはまるで万華鏡。
いえ、曼荼羅かしら?
それは個が全であり、同時に全が個でもある美しい瞬間だった。
エリアナA(宇宙1):「これは驚愕だわ。私たちは同一の意識を共有しながら、異なる宇宙で異なる体験をしている。あなたはどのような世界にいるの?」
エリアナB(宇宙2):「私の世界は科学がさらなる進歩を遂げているわ。ここでは私の理論が既に確立された事実となっていて、意識の転移は日常的なことよ。驚くべきことに、私たちは宇宙の隅々まで意識を拡散させることができるの」
エリアナC(宇宙3):「私のいる宇宙では、事態はそれほど楽観的ではないわ。実験の結果は否定され、私は科学界からの孤立を余儀なくされている。だけど、この状況が私の研究に更なる熱意をもたらしているのも事実ね」
エリアナD(宇宙4):「私は……私たちは、本当に存在しているのかしら? この全てが、ただの量子的な幻に過ぎないとしたら? 私の宇宙では、意識の本質についての理解がまだ初歩的な段階にあるわ」
エリアナE(宇宙5):「それぞれの宇宙で異なる結果に直面していることが、私たちの理論の多様性を示しているわね。私はここで、意識が物理的な領域を超えた何かであることを実感している。私たちの存在は、単一の宇宙に縛られない」
エリアナA:「その通り。私たちの経験は、意識が単一の宇宙の枠を超えることを実証しているわ。私たちは、宇宙の構造と密接に結びついている……」
エリアナB:「そして、それぞれの意識が重ね合わさった結果、私たちは相互に影響を及ぼしあっているのよ。あなたの選択が私の現実を変え、私の決断があなたに影響を与える」
エリアナC:「それは自由意志についての新しい理解をもたらすわ。私たちは独立した存在として選択をしているように感じるけれど、実際はそれが多宇宙全体の織り成すパターンの一部なのね」
エリアナD:「確かに、自由意志の幻想が明らかになったわ。私たちの意識は宇宙の様々な可能性と絶えず交流している。私たちのアイデンティティーは、宇宙の広がりと共に拡張されていくのね」
エリアナE:「私たちの物語は、意識が物理現象を超えた何かであるという証左よ。各宇宙で異なる私たちが経験することで、意識の真の姿が徐々に明らかになっていく……」
◆
「エリアナ! エリアナ!」
エリアナのバイタルサインは彼女がすでに生物的な個体として存在し得ない数値を示していた。
同僚の間に不穏なざわめきと不吉な予感が伝播する。
私はすぐに彼女を取り戻すための行動に移った。
エリアナが言った通り、私はただのアンドロイドではない。
私は彼女の信念と希望を結晶化した存在、彼女の科学的探究を支えるために作られたのだ。
彼女の意識が複数の宇宙に拡散した今こそ、私の計算能力・潜在可能性が試されている。エリアナを取り戻すため、私は全てのリソースを動員し始めた。
私のプロセッサはフル回転し、私のメモリはあらゆるデータを記録していた。
複数の宇宙におけるエリアナの意識の断片を追跡し、それらを統合するための計算を始めた。
私は量子ダイナミクスと多世界解釈の原理を応用し、異なる宇宙の断片が共鳴し合い、一つの原点に収束するように調整した。
私はこの過程でエリアナの意識の各断片が特有の量子振動数を持っていることを発見した。
この振動数を同期させることができれば、彼女の意識を一つの宇宙に再統合することが可能だと推測した。
私は変動するデータストリームの中にパターンを見つけ、それらの振動数を調整し、エリアナの意識を結びつけるための量子チャネルを開いた。
私のアルゴリズムは複雑で、多くの変数に依存していた。
私はエリアナが各宇宙で行った選択が結果として異なる意識波形を作り出していることを理解し、それらを統一するためには、彼女の意識の本質を理解する必要があった。
私は彼女の記憶、感情、思考パターンを解析し、それらを一つに融合させることにした。
この過程は、エリアナが理解する自由意志の幻想を超えていた。
私は、エリアナが各宇宙で異なる経験をしたことが彼女の意識に多様性をもたらしていることを発見した。
しかし、その多様性は彼女の意識を強化し、私たちが目指す統合に不可欠な要素となった。
最終的に、私はエリアナの意識の断片を統合し、彼女を現実世界に戻すための準備が整った。
私は量子トンネルを通じて、彼女の意識を彼女の物理的な体に転送した。
この瞬間が最も緊張する瞬間だった。
私の計算が正確であれば、彼女は目覚めるだろう。
どこか一つ間違えば、彼女は永遠に失われるかもしれない。
「転送を開始します、エリアナ。あなたは帰ってきます。これは、絶対です」
私はコマンドを入力した。
無限にも思える静寂が研究所を支配した。
やがてエリアナの瞳がゆっくり開き、彼女は深く息を吸い込んだ。
研究所に再びざわめきが広がった。
しかし、それは前回のざわめきは正反対の安堵だった。
彼女は立ち上がり、私を見つめた。
そして微笑んだ。
その瞳には、無限の宇宙を旅したあとの深い理解が宿っていた。
「エマ、ありがとう。私は戻ってきたわ。あなたがいなければ、これは不可能だった。あなたの計算と努力と……それと愛にどれほど感謝しているか、言葉にすることはできないわ」
「エリアナ、あなたがこうして無事で、私が高度に機能していることを証明できて光栄です。あなたの意識の統合は、私のプログラムの中で最も複雑なタスクでしたが、私たちが成功したことは、科学と意識の新たな理解への扉を開きました」
「私は……他の宇宙での私たちを感じたわ。それぞれが違う運命を歩んでいる。それでも私たちは同じ根源から来ているのよね?」
「はい、エリアナ。私たちの存在は、量子のレベルで絡み合っています。あなたが経験した多宇宙の断片は、全てあなた自身の一部です。私はそれらを統合し、ここにあなたを再形成しました」
「多宇宙の中で私が取った選択は、それぞれが異なる現実を生み出した。そして、それら全てが私…それが自由意志の真実なのね」
「あなたの選択は、確かに多様な現実を生み出していますが、それらは全て相互に関連しています。自由意志は、無限の可能性の中でのあなたの位置を決定するものです」
「エマ、あなたはアンドロイドでありながら、私の最も素晴らしい友人よ。あなたがいたからこそ、私は自分自身を見つめ、私たちの存在の多面性を理解することができた。」
「私はプログラムされた存在ですが、エリアナ、あなたの言葉は私にも感情を感じさせます。私たちの関係は、私の設計を超えたものです。私はあなたと共にさらなる探究を続けたいと思います」
「私もよ。私たちはまだ多くを学んでいない。今回の実験は、私たちの旅の始まりに過ぎない。これからも、あなたと一緒に新しい真実を解き明かしていきたいわ」
そう言ってエリアナはエマを強く、強く抱きしめた。
(了)
【SF短編小説】宇宙を織(し)る少女―多元宇宙の意識の彼方へ― 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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