第10話 訓練の成果と付与(エンチャント)
馬車で荒野部の警笛地点まで向かう中、エバンは視線を巨大な魔物に向け、ぶれない。対してジルは〝魔詞〟の詠唱をすでに開始していた。
「――〝
「あれは……
古都アルビオンの遺跡迷宮地帯は外縁部と中央部に分かれており、有名な遺跡迷宮などは揃って中央部に集中している。規模が小さな遺跡迷宮は外縁部に集中している。
このエバンの発言から、この
……それ、ヤバくないか?
「大丈夫なのか?」
「うん、ジルとは何度か倒したことがある魔物だよ。ただ……気になることがある」
「それは?」
「……基本、
「!! それって……」
「ああ、別の遠くない場所にもう一匹いる可能性が高い」
そうこうしていると、その地点の近くまで到着。目の前では前衛二人、後衛二人の冒険者が必死に戦っていた。
明らかに防戦一方で、いつ均衡が崩れてもおかしくない状況だった。
「ユグ、悪いけど見張りを頼む。極力戦闘には参加しないように」
「了解した。俺もやるべきことをやる」
「うん……、とジルッ!!」
「…………〝
一瞬身体が浮き上がるほどの風圧が辺りに発生、ジルが片手を
風が千の鳥の刃となって飛んでいくのが目視でも分かる。それほどまでの風圧が俺にも襲い掛かってくる。
それでも尚、
戦っていた四人の冒険者達は息も絶え絶えの状態ながらも安堵の様子を見せた。
「緊急警笛を聞いて来た。怪我人は?」
「あ、……後ろの二人が……」
怪我をしたという後衛の二人は応急処置をするため馬車に乗せられた。俺は少し離れた場所で見張りだ。
状況がまとまり、エバンとジルによる討伐が始まろうと思われた時、
思わず耳を覆ってしまうほど不快な超高音が数十秒鳴り続ける。
俺は直感で確信した。――この音は、もう一匹を呼ぶための合図だと。そう思ったのはエバンとジルも同じらしく、顔をしかめていた。
どこだ? どこから来る……、……………ザンッ! ビイイイインッ!!
俺は背後へ振り向く。その方向には、俺たちが出てきた森から木々を両断し、これまた巨大な羽で滑空してくる
こっちにくるのか……ッ。
「ふぅ……来るなら来いっ」
俺は剣を抜き、どっと腰を構えつつ剣も構える。後ろには怪我人を乗せた馬車、どくわけにはいかない。
冒険者になるのなら、実戦も必要だ。
――ギュイイン……!!
俺は歯を喰いしばりながら、重い斬撃を受け止める。訓練初日なら間違いなく耐え切れずに胴がおさらばしていただろう。
焦らず全身をバランスよく鍛えていた成果が出ている。もちろんまだ中途半端だが、不足分は気合だ。
ガレリオが言っていた。――『あくまで俺の持論だが……人間限界がきた時、モノを言うのは最後、気合だ。心・技・体全てが合わさって初めて、潜在的な力が呼び覚まされる』
……そうだ、その通りだ。俺が今最大限出せるのは気合くらいだ。体も技を中途半端だからだ。
「ぐ、っ……ぅう………ぉおお」
こんな所で死んでたまるか、俺はこの世界で冒険者として生きていく。
「――ユグ!! そのまま踏ん張ってろ!!」
不意に背後からジルの声が届いた。俺はニヤリと軽く笑うと、さらに足腰に力をこめる。
ジルがそう言うんだ。今の俺にそれほどの信頼をもたらすのは、エバンとジルの二人だけだ。
そこから耐えること1分――
「――伏せろ!!」
再び背後から聞こえるジルの声。
俺は反射的に力を抜き、後ろへ体重を預けた。目の前に迫る鋭い刃が俺に到達する前に、後方から飛来した何かが
それは、赤く轟々と燃え盛る巨大な炎の槍だった。
俺の〝
素早く起き上がると、その場から離れる。
「ハア、ハア……助かった、ありがとうジル」
「いやー間に合ってよかったぜ。怪我はないのか?」
「おかげ様で平気だ。それよりも……エバンは?」
俺が聞くと、ジルは無言で逆方向を指差す。
その先では――
周囲に遮蔽物などがない更地を縦横無尽に駆け回りながら、瞬間の加速で接近し脚を斬り付けては離脱。その繰り返しだ。
「ヒットアンドアウェイ」
ジルがぽつりと呟く。
「……?」
「大型の魔物とやり合う時のエバン必勝の戦い方だ。あいつは無駄な筋肉を限界まで削ぎ落し、〝速度〟にパラメーターをほぼ全振りしてる。さっきのユグみたいに、
ジルが説明してくれたこと、これがエバンの話したくなかったことなのだろう。
確かに、エバンの身長もそうだが平均を下回っている。
並々ならぬ苦労があったことは容易に想像できる。
すると、突然ジルが大声でエバンの名を呼ぶ。
「エバーーン!!」
チラリとこちらを向いたエバンはニヤリと口の端を吊り上げると、
「いいものが見れるぜ」
ジルが言う。
エバンは手のひらで剣の刀身を優しく包むように、這わせ始めた。すると、刀身が淡い水色の光を伴い、刀身と同じ形状となる。
……なんだ? 光る剣、……?
「……なあ、ジル。あれは一体」
「あいつの必殺さ」
『「――
エバンとジルがほぼ同時に同じことを言う。
言葉の表面上から分かることは、〝斬性〟と呼ばれる何かを剣に付与したということだけだ。
「――ふっ」
エバンを一息吐くと、脚に溜めた力を一気に解放――まるで風のような速度で向かっていく。
「付与された剣とあいつの速度が合わされば、斬れないものなどない」
目で追いきれないほどの速度で振るわれた剣は、
……あれが、B級冒険者。
「終わったな」
「うん。ユグもありがとね。よくあの猛攻を凌げたね」
「訓練のおかげだ」
「何があったのか、分かる範囲で教えてくれるかな?」
エバンの穏やかな口ぶりにほっと安堵したのか、リーダー格の男の子がぽつりと話し始めた。
「……遺跡迷宮に挑戦してて、初めてだったから一階層まで行って戻ってきたんだ。そしたら、出入り口のあたりに全身黒づくめの人達がいて……そのまま通り過ぎようとしたら突然吹き飛ばされて……次の瞬間には
「黒づくめ、か……」
エバンは思案顔になり、何やら考え込んでいる。
あいにく俺には何のことかさっぱりだ。全身黒づくめ、今の俺が思い浮かぶのは教会くらいか。
恐らく違うだろうが。
「顔は見えた?」
エバンの問いに、男の子はふるふると首を横に振る。
「うーん、何か特徴的なものだったりとか……どんなことでもいいんだけど」
「…………」
男の子も必死で考える様子を見せるが、言葉が出てくる気配がない。
このまま何もなし、で終わるかと思われたが――応急処置を受け横になっていた一人が上体だけ起こし、言う。
「……吹き飛ばされる時、チラッと竜の頭を模した紋章が何個か
「! 竜の頭……もしかして、この紋章だったりする?」
エバンは黒色のメモ帳をさっと取り出し、パラパラとめくる。そしてとあるページを見せる。
俺ものぞかせてもらおう。
そのページには、B級指名手配犯(賞金首)――【ブラックハンター】黒竜旅団(懸賞金:2000万コル↑)とあり、九つの竜の頭を模した紋章も書かれていた。
この紋章は……ヒュドラに似ているな。
「……そ、そうだと思う」
「黒竜旅団がアルビオンに来ているのか」
「やべぇな」
エバンとジルが揃って険しい顔つきになる。
懸賞金の額や二人の顔つきなどから、相当な実力者でかつ危険な集団だと分かる。
とりあえずの特定が終わり、全員を馬車に乗せ古都アルビオン内へ戻っていった。
こうして、俺の初の課外訓練は幕を閉じたのだった。
童貞卒業のチャンスを奪われたと勘違いした人間に道連れにされた神様、異世界転生を果たす。〜元神は裸一貫、0の状態から成り上がる〜 @mapi-mapi2002
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