第9話 クエスト課外訓練

 俺の異常な信仰心が明らかとなった日から1週間が経過していた。

 特に変わったことはなく、騎士団での仕事に訓練など、他愛もない日常を過ごしていた。


 法術に関しても、法珠がなければ使えない上、魔法よりもさらにややこしい手順を踏まなければいけない。


 仮に法術を使うにしても、状況などを考慮すると相当先になると思う。


 まずは目先の剣術と魔法を一定水準まで引き上げることが先決だ。身体能力に関しては、だんだんと実感できるようになってきた。


 毎日の素振りも初日と比べると随分楽になった。


 そんなこんなで今日は、エバンとジルのクエストに同伴させてもらうことになっている。

 昨日、冒険者ギルドで『初心者セット』を購入し、今日に備えてある。


『初心者セット』には携帯必須の素材や討伐部位をはぎ取るための小型ナイフ、ロープ、収集袋や水筒、布切れや緊急用の警笛などなど、多くのものが一まとめになっている。


 とりあえずの武器である剣はエバンのお古を貸してもらえるらしい。

 あくまでも今回は同伴者、という立場なので基本戦闘などに参加することはないらしい。


 ギルド前で待ち合わせていると、装備をしっかりと身に付けたエバンとジルがやってきた。


「おはよう、今日はよろしく頼む」


「こっちこそ、格好を見る限り……準備万端なようだね」


「ほんとだ」


 合流すると、俺は二人について中へ入っていく。

 またもや人でごった返している、エバンとジルは身を乗り出しながらクエストボードの前まで行く。


「さて、何にするか……」


「普通に討伐でよくね?」


「そうだな……ユグもそれでいいかな?」


「何でもいいぞ。俺は二人の判断に従うよ」


「そっか、ならこれにしよう」


 そう言ってエバンが取ったクエストは、遺跡迷宮近くの森の魔物討伐だった。

 クエスト申請を済ませ、さっそく遺跡迷宮へ向かうことになった。


 ここ、古都アルビオンは遺跡迷宮が多く、未だ踏破されていない迷宮が数多くある。

 

 中でも〝世界五大遺跡迷宮〟の一つ『アルフレックス遺跡』がアルビオンにあり、多くの冒険者を引き寄せている。


 なんでも、遥か古代――〝いにしえの六賢者〟と呼ばれた勇猛果敢な英傑6人が厄災を退けた際、その一人である『アルフレックス』が創り上げたとされる遺跡らしい。


 遺跡最深部には、とんでもない秘宝が眠っているとか、いないとか。


 確証はないが、こういった浪漫は冒険好きの男女を引き寄せる。


 かくいう、俺も引き寄せられている一人なのだが。


 エバンとジル所有の馬車に乗車し、魔物討伐の森へ移動を開始する。

 リリィも言っていたが、やはりこの二人は冒険者の中でもかなりの実力の持ち主だと思う。


 そもそも自前の馬車を持っている時点で、それなりの資金を有していることになる。


 果たして、俺がこのレベルまでいくには一体どれだけの年月がかかるのだろうか。


 馬車内では、クエストについての軽い雑談が繰り広げられていた。


「さーて、何を狩るか……」


 ジルが獰猛な目付きでそう呟く。


「今から行く森というのは、そんなに規模が大きい場所なのか?」


 俺の質問に答えたのは、御者のエバンだった。


「いや、そこまで大きくはないよ。遺跡が密集する地帯をぐるりと囲む森だからね。半日もあれば往復できるくらい、かな」


「ちょいと無理して討伐報酬を多く得たいなら、もっと最適な森があるんだけどなー。さすがに日を跨ぐってなると、な」


「やっぱりB級にもなって自前の馬車があるような冒険者は、日帰りのクエストはあまり受けないものなのか?」


「んー、人の好みによる感じじゃねえか。俺らは二人だから、三日以上かかるクエストはちときつい。日帰りは負担が少ない分、報酬相場が低いからなー」


 話を聞く限り、クエストの方針は本当にまちまちなようだ。

 俺は冒険者になってもしばらくはソロでやるつもりだし、必然的に日帰りクエストだけになりそうだな。


「もうすぐ着くよ」


 エバンから声がかかり、俺はより気を引き締める。

 目の前に広がる一面濃い緑の森。ここを越えた先に、古都アルビオン自慢の遺跡迷宮地帯がある。


 今日の目的はそこではないが、いずれ必ず行くであろう場所だ。


 森に入る前で一度止まり、方針を決めるため話し合う。


「クエスト内容は森の魔物を減らせばいいらしいけど、どうする?」


「遭遇した魔物を片っ端から狩っていけばいいんじゃねえか?」


 エバンとジルの視線が同時に俺に向いたところで、口を開く。


「二人の好きなようにやってくれないか? 俺は一応見学だからな。B級冒険者の力を存分に見させてもらうよ」


「へへ、こりゃ腕が鳴るぜ」


「じゃ、決まりだね」


 方針が決まったところで、馬車が再び動き出す。


 ――ガラガラと動く車輪の音以外、耳には入ってこない。魔物は知性を持つ個体もあれば、野生の本能のまま行動する個体もいる。


 数としては圧倒的に後者が多いが、前者の場合群れを率いて行動する。


 見学用員の俺も、突発的に起こる事態に可能な限り対処できるよう、剣の柄に手をかけている。


 すると、馬が足を止め馬車が停止した。


「……見ろ、リザードマンだ」


 エバンが小声で呟く。馬車の右横あたりの太い木によじ登ろうとしている褐色の鱗を持つ魔物。


 どうやら木の実を取ろうとしているようだ。


「リザードマンの鱗は処理さえきちんとすれば、それなりの値で売れる。おまけに討伐報酬もゲットだ」


 ジルが油断ならない目で、嬉しそうに言う。

 ほぉ……あれが、リザードマンというやつか。中々に硬そうな鱗を持ってるな。


 剣で断ち切れるものなのか?


「エバン、行けるか?」


「ああ、もちろん」


「硬そうだが、ほんとに剣でいけるのか?」


「これでもB級だからね。ユグもよく見といて、いい手本を見せるよ」


 エバンは自信ありげに、腰に下げた剣に手を置く。

 

 ようやく、B級冒険者の戦いが見れるのか。せっかくの機会だ、存分に学ばせてもらおう。


「ジル、頼む」


「おう」


 二人は目配せすると、行動を開始。エバンが半円の形状をなぞるように動き出す。


 それと同時に、ジルが〝魔詞〟の詠唱を始める。

 俺は一句目の魔詞を聞き取り、どの属性の魔法か判別する。


「―― 〝ベントス〟〝フェルム〟〝鋭くアクライター〟〝飛べヴォラレ〟」


 詠唱が速い。流麗でかつ、間違いがない。ただ暗記しただけではダメだ。年月をかけてやってきた証拠だ。


 耳をつんざく高音を発しながら、鋭い鎌風となった風刃は真正面からリザードマン――ではなく、直上の木を真っ二つにした。


 その衝撃で地上へ落とされたリザードマンは辺りをキョロキョロと見回している。

 俺は視線を切り替え、エバンを捉える。乱立する木々をうまく利用しながら背後に回っていた。


 ……動きに迷いがない。自分に絶対的な自信があるあらこそ、だと思う。


 そのまま一呼吸置いて両脚で溜めを作ると、一気に解放。大振りではなく、コンパクトに振り抜き、リザードマンの両脚を斬った。

 

「…………ギィぃ」


 リザードマンは小さな呻き声を漏らす。が、エバンはくるりと回ると勢いを殺さずに接近。


 ――ドンッ。


 刹那の轟音の数秒後、遅れてリザードマンの頭部が斬れた。


「……ん、すごいな」


「だろ? 俺が思うにエバンの凄さは、あの軽々とした身のこなしだと思う。脚力もそうだけど、少なすぎず多すぎない適度な身体つきをしてる。一朝一夕で身に付けられるものじゃない」


 俺もまだ詳しくは分からないが、ジルの言う通りだと思う。ぶれない剣筋に剣を振り抜く速度、並大抵の努力じゃ無理だというのが分かる。


 あっけに取られていると、いつの間にかジルがリザードマンの下にいた。二人して手招きしている。


 ……呼ばれているのか。


 俺は小走りでリザードマンの死体へ行く。


「リザードマンの鱗は素材として買い取ってくれるからね。これから解体を簡単に教えるよ」


「あ、ああ……」


「どうかした?」


「いや……エバンの剣がまだ頭から離れないんだ」


「! それは嬉しいけど……ユグにはもっと自分に合う戦い方があるはずだよ」


「俺じゃ無理なのか?」


「……無理じゃないけど、おすすめはしない。何でかって言ったら、脚への負担が大きいし、何よりもが違う」


 そう話すエバンの表情はいつもと違って若干の暗がりを伴っていた。あまり深く踏み込むべきではないと察した俺は、追及するのをやめた。


 その後、リザードマン――魔物全般の解体作業を教えてもらい、言葉通り鱗は剥ぎ取り袋へ詰めた。


 遺跡迷宮地帯へ向け、森を突っ切るように馬車は進み、あと少しで森を抜けるところまできた。


 ――すると、ぴゅいいいいいいいい!! と高音の笛が鳴り響いた。びりびりと空気が震える感覚が異常事態が起きたことを物語っていた。


「こいつは……」


「……緊急用の警笛だ。遺跡迷宮地帯で何かあったみたいだ。ユグ、悪いけどギルドの規則に従って状況を確かめにいく」


「わ、分かった」


「ジル! 飛ばしてくれ」


「よっしゃ任せろ」


 ジルが馬を巧みに操り、馬車はどんどん速度を上げていく。

 道中のエバンの話では、先ほどの緊急用の警笛が聞こえたということは、他の冒険者が助けを求めているらしい。


 冒険者ギルドの規則では、音を聞いた冒険者は急行しなければならない。相互補助の原則だ。ただし、自分の力量外の状況の場合、さらに助けを呼ばなければならない。


 そして森を抜けると、タイムスリップしたかのように、時代の違う光景が飛び込んできたが、それどころではない。


 すぐ近くの荒野部で、冒険者数名が巨大な魔物と戦っていたのだった。

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