第8話 元神の信仰心
翌日、10時頃から俺は冒険者ギルドへ向かっていた。今日は訓練ではなく、単なる私用だ。
先日、エバンから説明を受けた〝法術〟についてさらに詳しいことを知ろうというわけだ。
具体的には、法術の源となる信仰心の大きさを測定することができるらしいのだ。それが、冒険者ギルドで行えるという。
魔法の消滅だけでなく、各種探知など法術には便利な術が多い。今すぐではなくても、前準備として信仰心があるのかどうか、知っておいてもいいだろう。
「無料で測定してもらえるかな」
今の俺にフリーマネーはほとんどない。金を借りることも考えたが、マルクスやエバンにジル、知り合い三人から揃ってやめておけと言われた。
借りるにしても、金貸しからではなく、ギルドからがいいと。ただギルドの場合、正規の冒険者になってからでないと借りれないのが難点だ。
そんなこんなでギルドに着いた俺は、カウンターの受付嬢に要件を伝える。
「すまない、ここで法術の信仰心測定ができると聞いてきたんだが」
「はい、大丈夫ですよ。ただ……10000コル頂戴しますけど、よろしいですか?」
「うっ……10000か……」
予想はしていたが、10000はでかいな。払えなくはない、ただ安物の剣を買おうと思っていたので迷いどころだ。
「……どうされます?」
「ちなみに、意味はあると思うか? あなた目線でいいんだが」
「うーん……法術をある程度メインで使われるつもりなら、いいと思いますね。冒険者の方々でも、法術を使われている方はそんなに多くはいませんので」
さて……どうするか。法術がメインか、考えること数分、俺は答えを出した。
「10000コル払う、お願いする」
「かしこまりました。それでは10000コルお願いします」
俺はコツコツ少しづつ貯金から10000コルを出した。
「ご案内しますね。こちらです」
カウンター内を通り、裏の一室に通された。
そこには部屋の半分を埋め尽くすほどの巨大な透明球体があった。
目を奪われていた俺に、受付嬢が言う。
「これが信仰心を測定するものです。手を触れ、目を閉じてください。少ししたら、球体に光が満ちますので」
「教会に属していない人だと、どれくらい光が満ちるものなんだ?」
「普通の人なら、4分の1くらいまでしか光らないですね。教会所属なら半分くらい、教会にどっぷり浸かってしまっている人――主に司教とかだと半分以上が光りますかね。まあ特に信仰してる神とかがいなければ、そんなに光らないですよ」
「そうか――なら、俺も大したことなさそうだな」
あいにく、俺には特定の神を信仰するなんてことはない。過去の俺は逆に崇められる側だったからな。
俺はほぼ無心で透明な球体に手を触れる。
――その瞬間、思わず目に痛みを感じてしまうほどの光があふれ出し、球体ではおさまり切らず、部屋全体も白い光に包まれる。
「……っ!!」
「は……あわわわ、わーー!!」
俺は目を閉じ、顔を歪める。受付嬢は焦りと驚きの入り混じった声を出している。
「て、手を離してくださーーい!!」
「っ、す、すまん」
受付嬢に促され、俺は慌てて手を離す。すると、光が球体に退いていった。
ふにゃりと、腰が抜けたのか受付嬢は尻餅をつく。そして、俺の顔を見て言う。
「あ、あなた……どっぷり浸かっちゃってるじゃないですか!? も、もしかして新手の教会勧誘ですか……っ? だ、騙されませんよ……実は教皇とかなんじゃ」
「違う違うっ。何かの間違いだ、あいにく俺は神なんて信じてないんだ」
嘘である。元ではあるが、神は俺だった。ただ、なぜここまで信仰心が強いのか、その理由は分からない。
もしかして……元神、だからか? と言っても元だ、今の俺に神だった頃の力など何も残っていない。
「……ほ、ほんとですか?」
「ああ。この球体、壊れてるんじゃないか?」
「そんなことないと思いますけど……もう一度、触れてみてもらえますか?」
「……分かった」
結果は変わらんだろうな。
そして触れると、再び白い光が部屋全体にまで溢れる。
俺が目線を受付嬢に向けると、目を細めて不審者を見るような目で見てくる。
やめてくれ、こんなところでややこしいことに巻き込まれたくないんだ。
「……ちょっと、お待ちいただいてもよろしいですか?」
この感じ、大丈夫か……? また聴取とか嫌だぞ、そもそも監視期間中なんだ、いずれ騎士団にも情報は行くだろう。
俺は受付嬢の提案に、首を縦に振ることで了承した。
部屋から出て数分後、受付嬢がもう一人を連れて戻ってきた。
見たことのない顔だが、どこか既視感を覚える顔でもある。
知り合いの親戚を想起させるのは気のせいだろうか。
「キミが前代未聞の信仰心を叩き出したっていう人かな?」
聞き覚えのある声でもある。サラサラ髪の男は俺に対し、そう問うてくる。
「ああ。俺も訳が分からないんだが……」
「うん。キミのことはヨハネスから聞いてるよ、悪いけどもう一度触れてみてくれるかな?」
ヨハネスという名前が出てきた。つまり、この男はヨハネス卿と繋がりのある存在。
完全な当てずっぽうだが、恐らくこの男はヨハネス卿の兄弟だ。
話し方に金髪のサラサラ髪、要素は揃ってる。
「了解だ」
完全に不審感が拭えたわけではないが、一定の信頼はあると思った俺は三度目となる球体に触れる。
――やはり、白い光はおさまることを知らず、辺り一帯を照らし出す。
もうすでに、ここにいる誰も驚きはしない。金髪の男は険しい顔つきだが、明確に驚いている感じはしない。
「――うん、間違いじゃなさそうだ。申し訳ないんだけど、僕とお話できるかな?」
決して敵意は感じないが、鋭い視線で俺に問う。
残念ながら今の俺に、断れるほどの力はない。
「……もちろんだ」
◇◇◇
透明な球体のある部屋から移動した。場所はギルドの4階、金髪男の執務室と思われる部屋に通された。俺を案内してくれた受付嬢も一緒にいる。
「――さて、名乗るのが遅れて申し訳ない。僕は当支部の副ギルドマスター・ヨシュアだ。何となく気付いていると思うけど、騎士長のヨハネスとは兄弟だ。ちなみに僕が兄ね。キミはユグ君、だったよね?」
「ああ。まさか兄弟そろって世話になるとは思いも寄らなかった」
「ハハ、僕もだよ。こんなに早く話すことになるなんてね」
ヨシュア――いや、ヨシュアさんか。この人……表の表情は笑っているけれど、目は笑ってない。相当警戒しているのか……それもそうか。恐らく、教会関連についてあまりいいイメージを持ってはいないせいか。
受付嬢の言う通り、教会関連と見られてもおかしくない。そして、それを否定する確固たる証拠を俺は持っていない。
口ではいくらでも言えるからな。
「ユグ君、単刀直入に聞く。どこかの教会に属していたりするかい?」
「ないな。生憎と俺は神なんて信じない性質でな」
「……そうか。キミがそう言うなら、そうなんだろう」
ん? えらくあっさりと終わるんだな。騎士団からの監視があるからか?
「……信じるのか?」
「ま、騎士団からは特に変わった報告はないし、怪しい者と接触したこともない。これで疑っていたら、あらゆる人に嫌疑がかけられることになるからね。もしかして、ネガティブな想像をしていた?」
「そりゃ少しは……ただ、ヨハネス卿の兄弟で荒い真似をするとは思ってなかったから、せいぜい監視がきつくなるくらいを想像してた」
「ハハッ、今よりって……そうなるとキミの部屋にまで侵入することになっちゃうね」
「……勘弁だ」
特に監視関係で困っていることはないが、監視員が目に入る距離にいるのは少しばかり気が散るかもしれない。
俺がホッとしたところで、副ギルドマスターが先ほどと同じく真剣な眼差しで、改めて口を開き始めた。
「――ここからが本題なんだがね、」
おいおい、本題はまだだったのか。
気を入れ直さなければ……。
「何度も言うようだが、キミの信仰心は異常だ。他に類を見ないほどにね。まずはそれを十分に分かって欲しい。それともう一つ、気を付けてほしいことがある。――教会からの勧誘、強引な場合も含めてね」
「……勧誘というのは分かるが、力づくで俺をどうするっていうんだ?」
「教皇に祀り上げたり、儀式等の生贄や信者などなど。とにかく、信仰心が多い――つまりそれだけ利用する価値があるってことさ」
どうやら俺はとんでもないところから目を付けられることになるかもしれない。
俺の冒険者ロードが崩れる可能性がでてきた。
……信仰心の測定なんて、やるべきじゃなかったかな。
「でも、バレなければいいんじゃないのか?」
「それはそうだ。ただね、情報はいつどこで漏れるか分からない。それに、キミが法術を使えば、バレる可能性は十分ある。もちろん、今現在この事実を知っているのはここにいる三人だけだ。彼女にも、かん口令を敷いてある」
俺はチラリと、受付嬢に目線をやると、ニコリと笑みが返ってきた。
……なんか、取り繕った笑みに見えたのは俺だけか?
それに、法術を使えない可能性まで出てきた。
「分かった、気を付けることにする。法術は使わない方がいいんだよな?」
「それがベストだけど、その判断はキミに委ねられる。周りの全員が全員、教会関係者じゃないからね。ちなみに教会関係者は十字架を首から下げていることが多い、一つ覚えておくといい」
ヨシュアさんからの忠告を受け取った俺は、そのまま冒険者ギルドを出た。
帰り道、やけに周囲に気を配りながら歩くのは中々にしんどい。根本的な解決方法があればいいのだが……。
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