第7話 魔法の沼にはまる

 訓練開始から一週間が経過した。


 ガレリオの指導は初日と1週間後でえらく様変わりしていた。

 何と言うか、こう……熱血じみてきたというのだろうか。


 最近ではガレリオも一緒には知りながら共に肉体強化に励んでいる。

 剣術の方も順調で、少し様になってきた気がする。エバンの教え方が上手なのだろう。

 

 そして、問題は魔法だった。


 ――楽しすぎる、もうこの一言に尽きる。


 筋トレや剣術も初めての経験だが、魔法の場合楽しさのレベルが段違いなのだ。

 やはり、炎を操れたり、水を生み出したり、地形を操作できるのは他にはない感覚だ。


 さらに、魔法について触れてみて分かったのだが、〝魔詞〟というのは思いのほか自由であるということ。


 ジルからもらった魔詞帳はあくまでも基礎中の基礎だった。


 例えば、『火』なら〝イグニス〟と詠唱することで拳大程度の火を発生させることができる。これに続けてに、二つの意味を表す〝双連デュオ〟を詠唱すれば火球が二つ発生する。


 数を増やすのではなく、火の規模を大きくしたいなら〝拡大しろエクスパンション〝と詠唱すればいい。


 魔法というのは、使用者のイメージの具現化らしい。そのイメージをどのように魔詞で言語化するのかはその人次第。


 魔詞研究所へ行けば、現在判明している魔詞を教えてくれるようだ。

 そんな感じでかなりの自由度なので、いろいろ考えているだけでも楽しいのだ。


 今日という今日も、地下訓練場で指導員のジルと共に魔法についての理解を深めている。


「やっぱり、詠唱する魔詞を増やすと魔力の消耗が激しいな」


「当然だ。魔詞が簡単な単語とかなら特段多くはならねえけど、規模を大きくしたり高温にしようとしたりすると、その分持ってかれるからな」


「……ジルのレベルになれば、魔力量の調節とかできたりするのか?」


「んー、調節か。さすがに少ない魔力量でっていうのは厳しいな。元の魔力量を増やすならできるが……。基本的にベテランの魔法使いなら、自分の固有魔法を持ってるもんだぜ」


「……つまり、あらかじめ完成させておいた魔詞を覚えてるってことか?」


「そうなるな。その場で魔詞を考えて連続させている時間は無防備になるからな」


 そうだな。ジルの言う通り、敵が目の前にいる中で呑気にどういう魔詞かを見たり考える暇なんてない。


 ふむ……これは一旦、自分の大体の魔力総量を把握する必要があるな。


 そのことをジルに話すと、賛成の言葉が返ってきた。


「おう、いいんじゃねえか。俺も昔やった記憶がある、っていうかそういう細かいところをしっかりできるヤツは魔法が向いてる証拠でもあるな」


 俺は無意識に、背後のエバンの方へ振り向いてしまった。


「ユグ、今失礼なこと考えてるよね?」


「いや、違うんだ。エバンはなぜ剣使いなのか気になってな」


「……まあ、あくまでも剣メインってだけで魔法も使わないわけじゃない。僕の場合、魔法よりも剣の方が扱いやすかったからっていう理由になるけど」


 エバンもジルも、何か特別な理由でないことを知り、やや拍子抜けだったがそんなものだろうとも思った。


 それはそれとして、俺は大体の魔力総量を把握するため初歩の〝イグニス〟が何回分かを測った。

 結果としては、約20回分であることが分かった。それについてジルは、かなり平均的だと思うと言う。


 魔力が全回復するまで数時間置き、次へ――


「20回か……なら次は――〝火の槍イグニスランケア〟」


 俺は炎で出来た槍の魔法を詠唱、これが何回分かを測定。結果は5回、まあ予想の範疇ではあるが……少し期待外れ、かな。


 魔力がすっからかんになり、再び魔力回復を待つ。その間に剣の素振りをするのを忘れない。


 次で最後となる。昨日、編み出した魔法――〝蒼炎剣イアフランマグラディウス


「……ッ、やっぱりこれは1回が限度か」


 炎が蒼く、非常に高温であるためその分の魔詞を費やしている。そのため、今の俺だと1回で魔力切れ寸前まで消耗してしまう。


 繰り返して、魔力総量を少しづつ増やしていくしかないな。


 その日は訓練だけで一日が終わり、明日は非訓練日だ。その代わり、騎士団でしっかりと稼がなくてはいけない。

『そよ風亭』に戻り、ルリィ名物(自称)の〝ブラックバイソンのほろほろ肉煮込み〟に舌鼓をうって、すぐに眠りについた。



 ◇◇◇



 翌日、朝早くから正門の騎士団詰め所へ行くと、眠気眼のマルクスが壁によりかかっていた。

 おいおい、大丈夫か? 今から仕事だろう。


「目のくまが凄いぞ。寝てないのか?」


「……昨日、夜中にたたき起こされてな。それで寝不足なわけよ」


「何か事件でもあったのか?」


「……ここだけの話だ。古都アルビオンの領主様は鳥愛好家でな……深夜に愛鳥がいなくなったから探してくれ、と大騒ぎでな。深夜番でもなかった俺にもお鉢が回ってきたってわけだ。おかけで、帰ってきたのは夜が明けてから」


「夜明けって……つい1時間前じゃないか。騎士団っていうのはブラックなんだな」


「まあ、その分給料は毎月安定した額もらえるからな」


「何を犠牲にするのかは人それぞれといった感じか」


 俺はマルクスと共に、正門へやってきた。今日は一般用ではなく、商会などの大規模な方へ行かされた。

 仕事内容としては、騎士がチェックした積み荷でおかしな部分があれば、用紙に書き込む。そんなところだ。


 あとは書類の整理だったり、リヤカーを引いたりそこそこ多岐に渡る。


 正しく雑用にあたるのだろうが、俺は案外気に入っている。


 騎士と商会の人が話す内容は興味深いものばかりだ。飛竜ワイバーンが出ただの、盗賊が出ただの、鉱石・金属類の相場の上下が激しいだの、これから生きていく上で必要となりそうな知識がけっこうある。


 そして今日も同じように検品用紙に書き込んでいると、また話し声が――


『騎士さんよー、また違法教会がしょっ引かれたって本当?』


『ああ。怪しい神を信仰していて、それにまつわる物品を押し売りしていたそうだ。挙句の果てには、呪いの儀式をやろうとしていたらしい。幸い事前に食い止められたが、遅かったら何が起こっていたやら』


『うへー、何じゃそりゃ。いい加減にしてほしいぜ。教会関連の連中の中でものめり込んでるやつはなりふり構わず、だからな。被害を受けた商会もあるって話だ。ちゃんと取り締まってくれよー』


『俺に言われてもな……まあ、最善を尽くすさ。ほら、言っていいぞ』


 ふむふむ……教会か。いくつかあるのは知っていたが、話を聞く限りかなり厄介な教会もあるようだな。


 そういえば、エバンとジルにも怪しい教会からの誘いは全部無視した方がいいって言ってたな。気を付けなければ。


 様々ある教会への認識を改めた俺は、その後も仕事を続けあっという間に夕暮れ時を迎えた。

 仕事も終了でマルクスに挨拶を済ませた俺は、その足でとある場所へと向かった。


 昨日、エバンとジルと別れる間際約束していたことがある。いつかの借りを返すため、――まあそんな簡単に返せると思ってはいないが――、とりあえず晩飯を奢るのだ。


 と言っても今の俺に高級なものを奢れる余裕もないため、二人がよく行く大衆食堂でということになっていた。

 これまた冒険者ギルドから近く、『そよ風亭』にも近いことから、俺の行きつけにもなるかもしれない。


 陽も完全に暮れ始めた頃、大衆食堂『食の極』へ着いた。店前で少し待っていると、エバンとジルが現れた。


「遅くなってごめん、クエストが長引いちゃってね」


「くそッ……あのサルゴリラめ……」


「お、おぉ……中々大変だったようだな」


「ハハハ……ジルはズボンを持ってかれたからね」


 どうやらジルのやつ、クエスト先のサルゴリラ? なる魔物にいたずらでズボンを持ってかれたようだ。


「ユグも気を付けろよ、あいつら……パンイチの恐ろしさを分かってねえんだ」


「まあまあ、とりあえず中に入ろう。お腹が空いたよ」


「だな」


「ああ」


 早速テーブルへ着くと、俺はあまりの賑わい模様に目があちこち動く。

 クエスト帰りの冒険者や仕事終わりの騎士など……わいわいがやがや、食器類の音も絶えない。


 メニュー表を広げると、その安さに目を丸くした。


「……安い」


「だろ? すぐに満席になるから、遅くなるとかなり待たされる」


「追い出されるのか?」


「あんまり長居してると、奥からこわーいおっさんがやってくる。何でも元冒険者らしくて腕っぷしは未だ健在のようで」


「……そうなのか。案外多いんだな、早くに冒険者を引退する人」


「色んな理由があるんだと思うよ。古傷とかが元で引退する人も多い。いい意味でも悪い意味でも過酷な世界だからね」


 舐めていたわけではないが、実際に引退した人を見ると、その過酷さがより際立つ。

 確かに、ギルドで訓練でもしないと人が死にまくりそうだ。


 話が終わるとメニューを頼んだ。俺は『魚介たっぷり濃厚スープ(黒パン付)』を頼んだ。


 エバンとジルはそれぞれ肉料理を頼んでいた。


 十数分後、料理が運ばれてきた。魚介の旨みたっぷりの濃厚スープが疲れた身体に染み渡る。


「そういえば、今日はどういうクエストを受けてたんだ?」


「今日か? 畑を荒らすプランクモンキーを追い払ってたんだよ」


「へぇ……楽しそうだな」


「ま、危険度はそんな高くねえけど、楽しいもんじゃねえぞ?」


 ジルはズボンを奪われたのだ。楽しくないのは当然だろう。


「でも、やっぱり新鮮な体験は楽しいものだろ」


「ユグは何でも楽しさ重視だね」


「そりゃあな、せっかくなんだ。楽しみたいよ」


「――そんなに言うなら、いっぺん付いて来るか?」


  突然、ジルがそんなことを言ってきた。


「二人のクエストにか?」


「おう。エバンもいいだろ?」


「うん、賛成だよ。たしか……ギルドの試験でなかったっけ? 実践を想定したの」


「やっぱりあるのか」


「多分、あったような……気がする」


 あやふやだが、エバンが言うならあり得る気がする。ガレリオに聞いてみるか。教えてくれるかは分からんが。


 こうして、エバンとジルのクエストに帯同することが決まり、俺はより実践向けの訓練ができるようになる。


 明日は一日休みで、暇なのでやってみたかったことをする日にしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る