第6話 魔法の存在

 冒険者ギルドの訓練開始同日、剣術が終わると少しの休憩を挟んで魔法の番だ。


 指導員はジル。

 俺は剣術や法術よりも魔法が一番気になっており、気分が少し高揚していた。


「そんじゃユグ、今度は俺が〝魔法〟を教えてやるぜ。まず魔法について簡単に説明しとくぞ。――魔法は〝魔力〟を源とし、〝魔詞〟と呼ばれる言語を詠唱することで行使できる。魔法の属性は全五属性あって、『火』『水』『土』『風』『雷』がそれになる。んで、稀に五属性から派生した属性を使えることがある。属性については適性があって、基本的にはその適正に合った属性を使う」


「……その属性っていうのは一つだけなのか?」


「んーにゃ、そんなことはない。体質か才能か、よくは分からんけど、複数属性使えるやつは結構いる。俺も『火』『風』『雷』が使えるしな。ちなみに適性があるかどうかはコイツで判別できる」


 ジルはそう言うと、荷物の中から透き通った球を取り出した。


「コイツは〝魔晶石ましょうせき〟って言って、魔力に反応して色を変える石だ。これに手を触れると適性のある属性色に変化する。ユグもさっそくやってくれ」


「……ああ」


 俺は未知なる球に知的好奇心を刺激されながら、魔晶石に触れる。

 数秒そのままでいると、球が淡く光り出した。


「おっ、きたきた」


 ジルが興奮気味に言う。属性判別というのはとてもわくわくするな。一つだった時のショックは否めないかもしれないが……。


「――ん? 赤……青、…………茶色、か……?」


「オオ!! すっげ、初っ端から三つかよ……それに『火』『水』『土』って超バランスいいじゃん」


「……下手したらジルより有能説ない?」


 ジルの相棒のエバンは冗談っぽくそう呟く。ジル曰く、バランスの良い組み合わせのようだ。確かに……『水』と『土』だけでもかなり汎用性が高いと思う。


 どうやら俺はアタリだったみたいだ。ラッキー。


「属性が分かったら早速使ってみるか」


「いきなり出来るものなのか?」


「……とりあえず、な」


 ジルが何か意味ありげに言うので、俺の頭はちんぷんかんぷんだ。

 ただ指導員はジルなので、従うしかない。頼むぞ、ジル。


「ほんじゃユグ、落ち着いてゆっくりと…… 〝イグニス〟と唱えるんだ。いいか? 肩の力を抜いて、軽く呟くくらいの感じでいい。あんまり大げさにするなよ」


「わ、分かった……」


 俺はジルの圧に若干気圧されながらも、言われた通りに唱える。


「―― 〝イグニス〟」


 すると、ポゥと指先に小さな火の球が一瞬宿り、すぐに風に流れて消えた。さらに瞬間、全身の力が抜けた感覚に陥り、どっと疲れが押し寄せてきた。


 ……何だ、この感覚。上手く魔法は発動できたとおもうが。


「大丈夫か? 初めて魔法を使って魔力が流れたことによる反動だ。一時間もすれば戻るから安心しろ」


「……そうか。魔法を使うと毎回こうなるのか?」


「いんや、序盤だけだ。毎日やってれば慣れてそんなことはなくなる。……で、どうだ? 魔法を使った感想は?」


「まだ何とも言えないな。魔法も剣術と一緒である程度時間がかかるんだろ?」


 俺の問いかけにジルは黙って首を縦に振る。


 一定水準まで扱えるようになれば、魔法はかなり便利な手段になると思う。

 魔法の有用性がより実感できれば、それを無力化できる法術のヤバさが余計際立つな。


 俺は地面に座りこんで考えていると、ふと芽生えた疑問をジルにぶつけてみた。


「なあ、さっき詠唱した魔詞っていうのは全員共通の言語なのか?」


「おう、古代のナンチャラ言語らしいけど詳しいことはさっぱり。ユグもこれからだが、魔詞は基本暗記だ。こればかりは避けて通れない道だからな、頑張って覚えろよ。最低限の魔詞すら覚えられないんじゃ、魔法での冒険者は無理だな」


 ふむ……暗記か。覚える量にもよるが、苦手ではないと思う。


 突然、ジルが「ほい」と呟きながらとあるメモ帳を渡してきた。


「これ、俺のおさがりだけどやるよ。基本的な魔詞は全部網羅されてる」


 どうやら、魔詞を覚えるための魔詞帳のようだ。

 俺は渡されたのでとりあえず受け取ったが、本当に要らないのか?


「いいのか?」


「おう。俺は全部覚えてるし、ギルドで販売されてるやつだからな。冒険者の知り合いがいるやつは大体おさがりをもらってる」


「そう、か……。ならありがたく頂こう」


「おう。……あ、それと魔詞は適正のある属性だけ覚えたらいいからな。ユグの場合だと『風』と『雷』は今のところ覚えんでいい」


「……? 今のところってどういうことなんだ?」


「ぁあ、ごく稀に後天的に属性を覚えられることがあるってことだ」


「へぇ……後からか。方法とかはあるのか?」


「んー、ないな。一部では過去の経験が引き金になると言われてるけど、確かな証拠はないからな。ま、運だよ」


「そんなものか……」


 ジルからあらかた説明を受け終えた俺は、一日目の剣術と魔法講習を終えた。少し早いが、エバンとジルはギルドでクエストを受けるため上階へ行った。


 それと入れ替わるように、基礎身体能力講習の担当であるギルド職員――元冒険者のおじさんがやってきた。


 タンクトップに半パンという格好で、目付きは中々に鋭く、元冒険者というのも納得の風貌だ。


「お前がユグだな?」


「ああ」


「基礎身体能力を担当するガレリオだ。元冒険者で、階級はB級だった。よろしくな」


 ほぉ……このおっさんもB級だったのか。てっきりもっと下の人が来ると思っていたんだが、ギルドもかなり水準の高い冒険者を雇ってるんだな。


 俺の中で冒険者ギルドの信頼感が少し増した瞬間だった。


「ひとまずだ、お前の体力がどんなものか見たい。この訓練場を、そうだな……5周してこい。タイムはこっちで測る。初日だが出来るだけリタイアはするな、どうしてもと言うなら考えるが、冒険者になりたいなら走り切ってみせろ」


「……了解した」


 俺は若干の不安を抱えながらも、ガレリオ指導員の言葉に頷く。


 ……ぶっちゃけ、こっちの方が心配だ。まともに走ったことすらない俺が5キロか……ぶっ倒れるかもしれん。


「よし、準備はいいか?」


「……あ、ああ」


「それじゃあ、スタート!」


 ガレリオの声を合図に俺は走り始めた。

 最初の一周目は余裕があったが、二周目から息が切れ始め、「ハァハァ」と漏れていた。


 そして、最終五周目はヘロヘロになりながらも何とか走り切った。


 瞬間、地面に倒れ込み胸が激しく上下している。


 俺はゆっくり体勢を起こすと、水を飲み息を整える。


「……23分、か。平均よりも遅いな」


 ガレリオは俺に容赦なくタイムを伝えてくる。


「平均は、どのくらいなんだ……?」


「冒険者なら、20分は切りたいところだな。速ければいいというわけでもないが、一定時間変わらない速力が備わってるのが理想だ。お前の場合、序盤はいいが、後半持久力がなかったな。まぁ、まだ初日だ。訓練すれば、20分は切れるようになるだろう。いいか? 努力は怠るなよ、努力は一日にして成らずだ」


「……ああ、指導を頼む」


 少しショックだったが、ガレリオからげきを飛ばされ、やる気が出た気がする。


 一部の人間はここで諦める者もいるのかもしれないが、何もかもが新鮮な俺にとってはこういう経験も楽しいものだ。


 その後、身体の筋肉を見られ、筋トレを進めていくことも決まった。


「筋トレはやりすぎるなよ、適切に筋肉がつかなくなるからな」


「筋肉も時間がかかりそうか?」


「そりゃな。もともと筋トレはそういうもんだ。だが、お前はある程度の身体はできてる。何も一から全部をやるわけじゃない、最低限あれば冒険者にはなれる。……その後、どうするかはソイツ次第だがな」


 ガレリオはそう言うと、トレーニング用の布を取りに行くため少し訓練場を後にした。


 あんまり感情を面に出さない人だが、根はいい人なのは分かる。

 歳は50歳過ぎと言っていたが、見た目はそんな風には見えないな。


 冒険者の引退までの寿命は意外に短いのかもな。


 でも、ギルドには白髪白髭もいたな。……んむ、あれは一部のバケモノということ、なのかもな。


 冒険者になるための訓練初日を終えた俺は、節々に痛みを感じながらも『そよ風亭』へと戻って休んだ。


 また明日も訓練だ。

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