ですよね

「ねっ、鎌イタチ」


 カマイタチカマイタチカマイタチカマイタチカマイタチカマイタチ。


 って妖怪じゃん。


「子供の頃、妖怪図鑑で見たような気がします…」


 おずおずと答えるとスーツのカマイタチが顔をしかめる。可愛らしい小動物の顔でも、はっきり表情が分かるというのは思わぬ発見だった。


「う~ん、その様子だと、あまり妖怪とか詳しくなさそうだね。キミ本とか読まないタイプ?」


「……どっちかってと、外でサッカーばかりしてました」


「ひひひ、もうボールは蹴れないけどね」


 後から来た男が楽しそうに笑いながら、嫌なことを思い出させる。


 まあ男と言っても、水色のパーカーを着たコイツだってカマイタチなんだけどさ。


 パーカーイタチのいう通り、僕の両腕と両脚はそこで輪切りになって転がったままだった。当の僕は余りにも突拍子もない状況で、現実味が薄いけのだけれど。


「だったら知らないかなぁ、僕たちはいつも三人一組で行動してるって話」

「人気のないところで人間を見つけると、一人が転ばして、もう一人が鎌で切り付けて、最後の一人が傷口に薬を塗るんだよ」


「……傷口、痛くない……でしょ」


 女のカマイタチが遠慮がちに話してきた。この子はピンクのパーカーを着ている。


 確かに、漫画みたいにバラバラにされている手足はおろか、その手足が生えていた断面からも一滴の血すら流れていないし、痛みなんて毛ほども感じなかった。


「何で……そんなこと?」


「まあ、君たちには分からないと思うけど、人間が驚いたり怯えたりする時に出る波動みたいなものがあってね、それが我々妖怪にとってはデザートみたいなものなんだ」

「甘くて、美味しいんだよ~」


「そうですか、ではもうお腹いっぱいですね」


 僕は視線を輪切りの肉塊に移した。これだけ盛大に切り刻んだのだから、もう十分に満足しただろう。


「いやいや~、それがそうじゃないんだ。さっきデザートだって言っただろう、本番の食事は別だよ」

「そうそう、新鮮なお肉と真っ赤な血がまだ残ってるじゃない」


「……ごめんね」


 食べる気だっ。


 こいつら僕を食べる気なんだ。


「ぁあああひぃイイイイイイイイ」


 逃げなくちゃ。


 僕は勢いよく立ち上がりスーツイタチの横をすり抜けると、その場から脱兎のごとく逃げ出した。


 つもりだった。頭の中では。


「無理だよ。君はもう逃げられない」


 短くなった手足をモゾモゾと動かし続ける僕に向かって、スーツのイタチが言葉をこぼした。


「そろそろ行こうぜ」


 青パーカーのイタチは、僕の身体を持ち上げて肩に抱えた。持ち上げられた時の鎌の感触は柔らかったので、多分硬さを変えられるんだろう。


「俺らだって昔はさぁ~、人間なんて食わなかったんよ」


「……今は食べるんすね」


「まあね」


 青パーカーイタチが、どこかけだるそうに答える。


「君たちのせいなんだよ」


 今度はスーツのイタチ。


「昔って言ってもどの位かな。とにかくまだこんなに高い建物が無くて、山と川ばかりだった頃はね、山中異界って言葉があって山と里は分離されてたんだよ」


「さんちゅう?」


「そう、山とか川は我々物の怪と動物の縄張りだったんだよ。その頃は獣や木の実を食べて、デザートが欲しくなったら君たち人間をちょこっと脅かしてって感じで、上手くやってたんだよ」

「そうそう、鎌で切るのだってチョコっと傷をつけるだけだったんだぜ」


 何となく言わんとしてる事が理解できた。最近は街中で熊に襲われるなんてニュースもよく聞くし、そういう事なんだろう。


「まあ我々も生存していかないといけないんでね、仕方なく人間を食べようってことになたワケなんだ」


「…………」


 弱肉強食ですか、いや適者生存かな?


「幸い都会ってところは、少しくらい人間が消えてもそんなに騒ぎにならないし、こういう路地裏みたいに身を潜める場所には事欠かないってわけ」

「まあ山中異界ならぬ路地裏異界ってやつじゃね」


 青パーカーイタチの言葉からは、上手いこと言ったぜみたいなことが含まれていた。


「さあ着いたよ」


 青パーカーイタチは身体を捩じって、僕の視線を路地裏の片隅に向けた。


 スーツのイタチが二つ並んでいるボロボロの室外機を持ち上げ横にずらすと、その下には真っ暗な空間が口を開けていた。


「僕たちの世界にようこそ」


 女のイタチが輪切りになった肉塊を大事そうに抱えて、穴の中に入っていく。続いて青パーカーイタが僕を抱えたまま、そこへ滑り込む。


           :::::::::     


 そうして短い人生は終わったかと思ったのだけど、鎌イタチ達は僕の事を気にいったようで、あれから数年経った今もまだ生かされている。


 どうやら妖怪相手に物おじせず呑気に話す人間が珍しいらしい、同時に人間界の事情をもっと手に入れたいらしく、彼らの暇つぶしの話し相手兼情報源というわけだ。


 かと言って無くなった手足が生えてくるわけもなく、薄暗い部屋の寝心地の悪いベッドの上で身動きもできずただ生きているだけの存在なんだけどね。


 でも最近になって、そんな生活も終わりそうな気配を感じている。


 どうも何年も閉じ込められて、世間から隔絶された僕の話に新鮮味を感じなくなったみたい、端的に言えば飽きてきたようだ。他の話はないの?と良く聞かれるようになったし、イタチ達から感じる視線ががペットを愛でるような柔らかいものから、ねっとりとした絡み付くものへと確実に変わってきているんだ。


 嗚呼、今度こそ僕はこんな暗い所で、人知れず人生の最後を迎えそう。



               終

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路地裏ってさ・・・ 永里 餡 @sisisi2013

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