路地裏ってさ・・・

永里 餡

うっかり

ポトリ、ポトト。


「もしもし」


 声をかけられた。


「はい?」


 一緒に飲んでいた同僚と別れた僕は、フラフラと深夜の街を徘徊中。久しぶりにハッちゃけてしまったので、かなり酔いが回っているのは自覚してたんだけど、まさかあんなね~。


「落とし物ですよ」


「え~はいはい、どうもです~」


 振り向くと声の主は随分背が高く、同時に酷く猫背だった。


 スーツを着た男性らしきそのシルエットは路地裏の暗がりの中、街からの逆光で真黒に塗りつぶされ良く見えない。


 あれ?そうやいつの間に路地裏に入ってたのか。


 まあいいや。


「いえいえ、相当酔っていらっしゃるようですね」


「いや~、そんな事無いっすよ~」


「でもほら」


 僕の手を指さした。


 右手。


「そんなに大事な物を落としてるのに気付かないなんて」


「大事~?」


 酔いのせいか、視界がボヤけてよく見えない。ヌヌルと右手を顔の前に近づけていくと、あれ?なんか変だな?いつもと違うような……って無い。


 人差し指から小指までの四本の指が根元から欠落していた。


「あっわわわわわわわ、無い、無いよ、俺の指」


 咄嗟にぶんぶんと手を振った、何でだろ?振った勢いで指が生えてくるとでも思ったのかな?自分でもよく分からん。


「わっわっわっわっわっわ」


「ほらほら、そんなに慌てるとまた落としちゃいますよ」


 件の人物はそう注意を促す。心なしか言葉の端に悦楽のような含みを感じたけど、そんな場合ではない。


ポトトトトッ。


 また何かが落ちる音。


「ほらね」


 嫌な予感がして今度は左手を凝視した。


 無い。


 右手と同じように、人差し指から小指までの四本の指が欠落していた。


「あわわわわわわわ」


 僕はまたもや意味もなく両腕をブンブンと振り回す。けど何でだ?全然血が出ないし、痛くもないぞ?


ドットトトトトト。


 また何かが落ちる気配と数秒前に聞いた時より少し重く鈍い音。


 必死に振っていた両腕が軽くなる、その違和感は脳が知覚すると殆ど同時に視線を地面に向けさせた。


 見た事のない不思議な物がいくつも転がっている。たった二十数年の大した事のない人生経験では、その物体を瞬時にコレだと判断できなかったので、腰を深く曲げてそれらをジッと観察した。


「ひっいっわっわわわわわわわわ」


 数十秒の時間をかけ、漸くそれが何なのかを理解し再び情けない悲鳴をあげてしまう。それらは5センチほどの幅で輪切りにされた僕の両腕だった。肘から先の前腕部。


「何何何何何何っ」


「ほら、言わんこっちゃない」


 何の事はない普通の言葉。


 が、いやらしさと喜微きびを含ませたその言葉は、鼓膜を突き破りながらズルリと耳の奥に入って来ると、百足のような実体をなして耳管を通り抜け頭蓋骨の中を掻きむしる。


「ひゃあああああああああ」


 今自分が話をしてる相手が突如得体の知れない怪物のように感じられ、恐怖が全身の毛を逆立てた。


 慌てて踵を返し、路地裏の更に奥へと逃げ出す。


 両肘から先が欠損してるせいか上手くバランスがとれず、右へ左へとふらつきながら必死に走った。


「うわっ」


 不意に何かに足を払われたかのように身体が宙に浮き、一回転しながらドスンという音と共に背中から地面に落下してしまった。


「あったたたた」


 状況が把握できないまま、慌てて身を起こそうと短い腕を支えに膝を立て……。


「あれっ?」


 立てない。


 身を起こせない。


 まさかと思い視線を足元に送った。


「ひっああああああああああ」


 嫌な予感ほどよく当たるもので、やはりというか僕の両脚は膝の少し上までが輪切りの肉になっていた。


 こうなってはもう何をする事も出来ない。


 僕はその場でジタバタと藻掻くしかなかったのだが、実際の動きはジタバタというほどには活発ではなく、モゾモゾという小さな足掻きしか出来ていなかった。


「ゴメンナサイ……」


「そんなにビクビクしなくても大丈夫だよ」


 聞き覚えのない声が二つ。


 と同時に、僕の横に二人の人影が現れた。


 どちらも小柄で細身だけど、声の感じからは男性と女性。足元からは例の背の高い人影が迫ってくる、気がつけば僕は三人に囲まれていた。


「あらら、これではもう身動きが取れませんね」


 初めに話しかけてきた声の主が、おもむろに覗き込んできた。


「ぁひっ」


 その顔を間近で認識した瞬間息を飲んだ。本当に驚くと身体は固まって悲鳴を上げることさえ出来ないらしい。


 人じゃない。


 人じゃない、けど、動物?なのか?


 小さくてつぶらな目と頭の上にチョコンと付いている丸い耳。短めの毛がびっしりと生えた一見ネズミのようにも見える動物の顔がそこにあった。


「フェレット……?」


 後から来た二人?の頭も人ではない、この動物が喋っているのか?


「…ぷっ……」

「あっはっはっはははははは」

「ひひひひひひひ」


何がおかしかったのかは分からないけど、三人?が笑い出した。


「そーか、そうだよねぇ」

「今どきの人間にはフェレットに見えるのか」


「……違うんですか?」


 小動物の頭からは想像もつかないほどに流暢に話すので、思わず会話に吊られてしまった。


「ぷっ……はははは、君も変わってるね。今の状況分かっているのかい?」

「うふふ、私たちはねフェレットじゃなくて、イタチだよ」


「イタチ?」


「聞いたことない?鎌イタチ」


「カマ……?」


 言いかけると同時に白刃がギラリと光る。


「あっわわわわわ」


 スーツの両袖からは大きな鎌が生えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る