君の幸せを願う僕。

ガメガメ

本編

今から少し話をしようとおもう。


物語の始まり方はこうだ。


そうだ、こうしよう。




「おーい。」


そう声をかけて来たのは篠田彩音という女だった。


僕はいつも一人だ。


というより必然的にいつも一人になっている。


それが僕にとっての日常というやつだ。


そうなったのには理由があるのだが。


説明すると長くなるし今はあえて触れないでおこうか。


それにそうした方がこの物語もうまく書ける、そんな気がするんだ。


「なんでおいてくの~?」


彼女との会話はいつもこんな調子で始まる。


それが僕と彼女のテンプレートになっていた。


最初は遠かった彼女の呼びかけも足音と共にだんだんと近づいて真後ろにまで来たのを感じると僕は少し気怠そうに振り返る。


「置いていくなんてひどいじゃないの。」


僕は置いていくつもりなど微塵もなかった。


というより篠田が異常なのだ。




2005年11月22日


ニュースキャスターは言う。


「〇〇市××町にて男子生徒の遺体が発見されました。警察は自殺として捜査を……。」


これが僕だ。


自殺の原因は「いじめ」。


こんな世の中に未練はないし天国や地獄みたいなものが本当にあるのかこの目で確かめてやる、そう思い立って家から一番近い一級河川の橋から飛び降りた。


結果はこの通り。


世間では僕のような霊を呪縛霊というらしい。


なんでも自殺すると天国に行けなくてその代わり下界に縛られちゃうとかなんとか。


もちろん両親や先生に相談した。


でも相談すればするほど僕へのいじめは酷くなるばかりだった。


誰も救ってくれなかった。


僕を虐めてくる奴らのことを誰も理解しようとしない。


僕だけを理解しようと必死になって話だけは聞いてくる。



僕を虐めてくる奴らは皆僕より楽しそうに過ごしている。


僕だけが仲間外れで、いつも輪の外で、それでもいじめる時だけは僕を輪の真ん中に追いやって。


「なんだよ。不平等だ…。」


心底そう思った。


人は産まれた時から既にレールが敷かれていて全て決められた、仕組まれたストーリーなんだ。


嗚呼、これからは何をしたらいいのだろうか。


何もない、何も出来ない、よく知る景色の何も知らない世界に僕はまたしても一人追いやられてしまった。


仕方がないから母校に戻って僕をいじめたやつがどんな人生を送るのか見ておいてやろう。



2020年11月23日


その日はバイトが特段忙しく、家に着く頃には10時をまわっていた。


一息つこうとソファに座ろうとしたその時、家の固定電話が鳴った。


名前の表示欄には父が入院している病院の名前が表示されていた。


私は唾を飲み込み慎重に受話器を取り耳に当てる。


「篠田彩音様で間違いないでしょうか。」


電話は入院している父の様態がよくないと言った内容であった。


母を早くに亡くし男手一つで育ててくれた父は私にとって、この上なく大きい存在であった。


それもそのはず。


母はおろか、ほかに頼る肉親もいなかったのだから。


「父が死んでしまったらどうしよう。」


そんな途方もない不安が突如として私を襲う。


何者かに胸の最深部を鋭利な熊手で力いっぱい抉られたような気がした。


なぜ‼どうして私のお父さんなの…!


私のパパでなくてはいけない理由なんて無いはずじゃない…‼


どう考えてもおかしいよ…!こんなの……。


「不平等だ。」


心の底からそう思った。


そんなことを考えているうちに翌月の12月24日、とても寒い日だった。


別れの言葉を交わすことなく父は息を引き取り帰らぬ人となってしまった。


泣いても泣いても泣き足りない。


一体これから何を頼りにどうやって生きていけばいいの?


パパはどうして私を置いていくの?


私の心の奥深くに至るまで鋭い何かが切り付けた。


深くそして沢山。


様々な感情が入り混じったどす黒い雲は禍々しくうねりを上げながら激しく強烈な酸の雨で強く追い打ちをかける。


痛みで、もがき苦しむ私を見ても絶望している私を見ても尚、神が手を緩めることはなかった。


まさに絶望そのものだった。


そして涙も声も枯れたころ辺り一面は雪に覆いつくされ腹立たしいほどにそれは美しかった。


やけに美しく、太陽に照らされた雪の反射はやけに目に残る。


どこまで苦しめたら気が済むんだ…。


私は笑うしかなかった。


けれどもどれだけ月日が流れても心のどこかにぽっかりと大穴が開いたような感覚が消えることはなかった。


私はいっそのこと死んでやろうと思った。


家から一番近い一級河川、そこから飛び降りてやろう、そう思った。


橋の真ん中まで移動するとそこで靴を脱いだ。


柵を越え、柵に手をかけて、柵と橋の僅かなスペースに足を置く。


「高いなぁ、ここから飛び降りたら私もお父さんのところに行けるのかな?」


死を目の前にしても尚恐怖など一切感じなかった。


そんな自分がおかしくて苦しくて悲しくて、胸が締め付けられるとはこういうことを言うのだろう。


ふと声がした。


お父さんだ。


お父さんの声が確かに聞こえた。


何を言っているのかはよくわからないし本当に声がしたのかも定かではないが心の奥深くに響いて何かを訴えかけているようだった。


気が付くと私は柵の内側にいた。


耳鳴りがして目の前がだんだんぼやけてくる。


遠のいていく意識の中で私は男の子を見た。


「やけに心配そうに見ているなぁ。」


と思いながら目を閉じた。


次に目を開けると懐かしい天井が広がっていた。


その天井がどこの天井なのか気付くにはさほど時間は要しなかった。


病院だ。


父が入院していた病院の天井。


お見舞いに行くと必ず目につく病院の天井。


「嗚呼、死ねなかったんだ。」



2021年1月27日


生前の僕は人や物で溢れかえっている都会の街並みを眺めながら歩くのが好きだった。


学校とは違って僕もこの社会の一員であると思えたからだ。


だが死んでからはどうも騒々しい場所は苦手になり音という音が雑音にしか聞こえなくなってしまった。


でも歩くのは好きなままだった。


特に山の景色を眺めながらの散歩は最高に気持ちが良い。


学校に行って僕を虐めていた奴らを見に行ったが僕がいなくなったところでクラスには何の影響もないみたいだった。


気の向くままに歩き続けて、気づけば僕は飛び降りた川に沿って二手に分かれるT字路に行きついた。


ここを右に曲がって上流へ進めば僕が飛び降りた橋がある。


当然行きたいとは思わないから左に曲がろう。


そう思って体を捻ったとき声がした。


男性の声だ。


「彩音を助けてくれ。」


声の主ははっきりとそう言った。


途端にあの橋へ行かなければという使命感に駆られ僕は勢いよく駆け出す。


いつぶりだろうか。


こんなに走っているのは。


橋につくと女の子がいた。


僕と同い年ぐらいでさらさらと艶めく髪は肩にかかろうとする、そのぐらいの長さだ。


僕とおんなじだ。


そう思うと同時に彼女の愚行を止めるべく体を抑えて彼女を柵の外から内に入れた。


すると彼女はびっくりしたような表情を浮かべるとぐったりと倒れこんでしまった。


暫く待つと近くに来た人が救急車を呼んでくれ僕もそれについていくような形で病院へ行った。


これが彼女と僕の出会いであり、これから始まる数奇な物語の始まり方だ。



篠田と初めて話したのは篠田が病院に入って三日が経過したころだった。


少しだけ様子を見に行こうと病院へと向かう。


病室が分からないので探し出すのに多少苦労はしたが何とか見つけることが出来た。


病室に入りベットの横にぽつりと置かれたハイプ椅子へと腰掛け辺りを見渡す。


窓からの眺めも良くとても居心地のよさそうな一人部屋だ。


窓の縁を額縁と見立てて外に広がる雄大な自然を見てみるとまるで一つの大きな美術作品を目の当たりにしている気分だった。


そんな美しい世界に見とれている間に彼女はゆっくりと目を開ける。


そしてゆっくりとこちらに目を向けると少しだけ目を丸くした。


「あの時の…」


とだけポツリと呟く。


驚いた。


僕が見えるのかと。


心配で少し様子を見に来るだけのつもりがまさかこんなことになるとは思ってもみなかった。


ここにきて僕の心を覆いつくしていた曇天の空に一筋の光が差し込んだような気がした。


すかさず僕は彼女に問いかける。


「僕が見えるのか?」


すると平然とした面持ちで


「うん、見えるよ。幽霊でしょ?君。」


そう言ってのけた。


僕が呆気にとられていると彼女は余程僕の顔がおかしかったのか、とクスクスと静かに笑い出す。


そんな彼女を見て僕はただただ嬉しかった。


僕の心の曇りは瞬く間に消え去ると遂には一面晴れ模様の光が覆い尽くす。


そこから僕は彼女との会話を楽しんだ。


久しぶりの会話でとても新鮮な心持ちだったのを覚えている。


時折、看護師さんが来ては二人してビクッと肩を揺らすこともあった。


とても楽しい。


彼女もまたとても楽しそうに話をしてくる。


暫くそうして話をした後に僕は自殺をしようとした理由について聞いた。


彼女は少し顔を曇らせ俯く。


しまったと思い、話したくないなら話さなくても良いと伝えると彼女は


「良いよ。」


と言って父親に育てられたことから父の死までこれまで経験したことを話してくれた。


『そうかあの時この子を助けるよう頼んだのはこの子の父親で浄土にいる自分では

何もできないから僕に頼んだのか。』と分かり、彼女にこの身に起こったことをありのままに伝えた。


すると彼女は静かに涙を流し


「お父さん…」


とだけ言葉をこぼす。


この一言に彼女の全てが詰まっている、そう思えてならなかった。


彼女がどれだけ愛して育てられ、どれだけ父を慕っていたのか。


僕には想像も出来ない。


「ありがとう。」


そう彼女はまた静かに言った。


そして続けて


「あの頃は幸せだったなぁ。」


と静かに呟く。


声こそ小さいが僕にとっては何よりも大きい見捨てることの出来ない声だ。


そして僕は彼女を幸せにすることを誓う。


それから僕は彼女が退院するまで毎日病院を訪ねた。


これまでとは比べものにならないくらい楽しい日々の連続を噛みしめる。


退院してからは彼女は父が残していたお金でアパートを借り高校に通いながらアルバイトをして生計を立てていた。


そんな生活にも慣れ始め退院から二か月が経った頃二人で桜を見に行こうという話になった。


アパートの外で待っているとガチャッという音とともに白のチェックのワンピースに淡い青のカーディガンを来た彼女が出てきた。


不思議な感覚だ。


胸が熱くなるような。


目の前まできて彼女は少し頬を赤らめながら俯き気味に


「似合ってる?」


と聞いてきた。


「とても…」


考えるよりも先に口から出ていた。


そして我に返った僕は勢いよく踵を返し速足で歩を進める。


彼女は僕の遠ざかる背中にあからさまに嬉しそうな声で


「おーい、なんで置いていくの~?」


と投げかけてくる。


そして小走りで真後ろまでやって来ると


「置いてくなんてひどいじゃないの。」


と続けた。


すぐに僕は置いていくつもりなど無かったことを伝える。


ただ彼女が可愛くてつい照れてしまったという正直な気持ちだけは心の奥底にしまい込んでしまった。


すると真面目に話す僕を差し置いて


「分かりやすすぎるよ。」


そう言って彼女は笑った。


涙が出るまで。


心の奥底を覗かれているような恥ずかしさから僕は紅潮する。


少ししてから彼女の笑いが収まると僕らは桜の見える場所に向けて歩き出した。


場所はあの一級河川のあの橋。


付近の堤防沿いは地元でも綺麗なさくら並木が見られることで有名な場所だ。


40分ほど歩くと橋が見えてくる。


不思議なことに少し前まで嫌だったこの場所も今では彼女と出会えた思い出の地に変わっていた。


堤防に着くと春風が僕らを歓迎するように吹きつけ、それに呼応するように舞い落ちた桜の花びらが僕らの横を吹き抜けてゆく。


揺れる彼女の白いワンピースと幾千ものタイルからなる白い道、そして咲き乱れる桜が作る並木道。


こうして見ていると目に写るもの全てが美しく儚いもののように思えてくる。


そして僕より数歩先にいる彼女はこちらに振り返ると


「行こうよ。」


と白く透き通った手を伸ばす。


僕もそれに応えるべく手を伸ばす。


しかし次の瞬間には僕の手の動きは止まっていた。


それが彼女にとって幸せであるのかが分からなくなってしまったからだ。


また手を取ることでこの幸せが終わりを告げてしまうのではないか。


そうも感じた。


結局、僕は出していた手を収め、ゆっくりと歩いて彼女の前まで行き、帰ろうとだけ伝えた。


彼女は少し寂しそうにコクリと頷き家まで帰った。


次の日彼女は僕に出会うやいなやどうして天国に行かないのかと聞いてきた。


話を聞くと彼女は昨夜寝る前に、今こうして生きているのは僕のおかげだしもし何か困っているのなら天国に行く手伝いがしたい、恩返しがしたいと思ったらしい。


正直、僕自身なぜこの世に縛り付けられているのか全く分からなかった。


そうしてとりあえずは簡単なところから調べてみようということになって図書館の文献を片っ端から読み漁る。


この頃にはもういじめっ子のことはおろか虐められていたことすら忘れていた。


図書館に行くととりあえずオカルト本から手を付けることにした。


胡散臭いものから科学に沿うような形式のものまで片っ端から読み漁る。


しかしこれと言って手掛かりになるような情報はなく途方に暮れていた。


すると彼女は読んでいた文献の一行を指さして僕に見してきた。


『自殺するとその怨念がその土地から魂を離れられなように縛り付け呪縛霊という形で下界に取り残されることになる。』


そんなことがことがそこには書いてあった。


となると僕は橋付近から離れるということが出来ているため霊は霊でも「呪縛霊」と言われるものではないという結論になった。


図書館は朝の9時から空いていて開館と同時に入ったのにも関わらず快晴の空に昇り照らしていたはずの太陽は地平線の彼方にその姿を隠そうとしている。


それを見た彼女は


「もうすぐ閉館だしスーパーのでも寄って帰ろうか。」


と声をかけてくる。


僕もそれに賛同しその日はそれで帰ることとなった。


最近知ったことだが彼女は大の魚好きらしく刺身に始まり焼きや煮つけと言ったものをよく作っては食べていた。


今日はどうもサバの舌だったらしくスーパーに入ると迷うことなく真っ先にサバをかごに入れていた。


彼女は父が入院したことから一人暮らしを始め料理や家事は得意だと言っていた。


正直なところ僕は彼女の料理を作っている姿がとても好きだった。


袖をまくり手慣れたようにサバに塩を振る。


サバから余分な水分が出るのを待っている間に味噌ダレの用意をする。


今日は味噌煮らしい。


鳴れな手つきで味噌、しょうが、酒、みりん、砂糖にしょうゆを混ぜそこに水を加える。


置いておいたサバの水分をキッチンペーパーで拭き取った。


鍋に全ての調味料を加えてまずは中火で。


沸騰してきたらサバを加えて弱火でコトコト煮込む。


途中焦げ付かないように鍋をゆすり、サバに煮汁をかけてやる。


そうしてできたサバの味噌煮は皮は一切やぶれずそれでいてぷっくりとして艶めいていた。


白米とサバの味噌煮の湯気に香りが乗って僕の五感がこれはうまいと食べる前から言っていた。無論僕は食べれない。


こればっかりは本当に悔しかった。


彼女は席に着き手を合わせて、いただきますと言ってサバの身を割る。


僕は驚愕した。


サバとは思えないほど身がしっとりしているのが見て取れるのだ。


さらには身の繊維に隙間からは絶えず脂が滴ってタレとしっかり絡み合っている。


これは駄目だ。


僕は彼女が食事をしている間地獄の時間を味わうと同時にこの世にある恨みの中で最も強いのは食への恨みであると身をもって痛感した。


そして彼女がご飯を食べ終えることで僕の拷問とも取れる時間は幕を下ろす。


彼女は席に戻ってきて深く息を吐くとこう言った。


「明日ね、お寺に行ってみようと思うの。どこでもいいから力になってくれる人のところへ行こう。」


そう言うと彼女はお風呂に入ると言い出し僕は慌てて家を出る羽目になった。


ここ最近、僕は例の橋の下で寝ることがほとんどで冷たいコンクリートに横たえれば彼女との出会いを思い出しつつ眠りにつく。


それが僕のナイトルーティーンだ。


翌日の8時ごろアパートに行くと彼女はすでに起きていて着替えも朝食も済ませていた。


歯を磨いて靴を履いたところでバッと振り返り僕にこう言う。


「今日は遠出になるよ!」


確かにやけに荷物が多いのでおかしいなとは思っていた。


普段は絶対に背負わないリュックを背負って右手にはスーツケースの取っ手が握られている。


僕らはそのまま新幹線に乗り京都へと向かった。


そうして着くや否や大小問わず様々な寺社に行き彼女は僕をどうにか救ってやってほしいと懇願した。


だが現実はそこまで甘くないようで、どこも門前払いで聞いてくれたとしても


「お祓いですか?」


などと筋違いなことを言ってくる寺がほとんどだった。


途方に暮れてしまい今日はこれで最後にしようとある神社に入った。


長い石畳の階段を上り終えると目の前に神主と思わしき初老の男性が立っている。


白い着物にほうきを持ってよく来てくれたと歓迎してくれる様子で本殿の中へ通してくれた。


そして何とも言えない表情で


「言いたいことはわかります。後ろの方ですよね。」


と言いいこちらを見る。


目が合った。


直観でそう感じた。


そしてこの人は本物だと彼女と口には出さないものの目線を通じて伝えあう。


神主はニコッと微笑むとこう言った。


「彼を成仏させる方法ならあります。」


しかしその後少し申し訳なさそうな顔をして


「しかし申し訳ありませんが今の状態では私はどうすることもできません。お二人で何とかしてもらう他ないのです。」


と続けた。


この人が言うには僕をこの世界に引き付ける何らかの願望が存在し、それが未練という形で僕の魂を下界につなぎとめているらしい。


つまり僕らは何の手掛かりも無しに探さなければならないというわけだ。


そしてまた何か分かったら連絡するからと連絡先も交換してくれた。


そうして僕らは神主にお礼を言うと今夜泊まる宿に向かった。


道中今後のことを話し合いこれからはとりあえず京都観光を楽しもうということで落ち着いた。


宿は本当にきれいで景色も古都京都様様と言った感じでとても風情があった。


広縁で僕が京都の夜景を楽しんでいるといつの間にか彼女は浴衣に着替えていた。


そして僕の向かいに座ると僕と同じように夜景を眺めた。


彼女の綺麗な黒髪は耳にかけられそこから見えるその横顔は京都の夜景とは比べ物のにならないほど美しく僕の目に写る。


そうか。


僕は彼女のことが好きなんだ。


そう思っていると彼女はこっちを見て


「顔赤いよ?」

といたずらな笑みを浮かべていう。


すると部屋のベルが鳴った。


大きな船に鯛、マグロ、ブリと言ったいかにも高そうな刺身にハマグリのお吸い物、そして白米と言ったいかにも宿らしいそんなご飯だ。


全てを食べ終えた彼女は宿に隣接している温泉に行くと言って部屋を出た。


こうして部屋に一人残った僕はただ今この幸せを改めて痛感する。


こんな生活がいつまでも続いてほしいとすら思った。


でもダメだ。


僕がいることで彼女は本当の幸せを掴めなくなってしまうだろう。


もっと早く彼女と出会えれば、こんな人生じゃくてもっともっと普通の人生で彼女と出会えていれば。


そんなことを考えれば考えるほど体が、心が熱くなっていく。


僕は彼女の分の布団を敷き終えると頭を冷やそうと宿の中を見て回ろうと部屋を出た。


僕らの泊まっている部屋は三階で宿は三階建てなので、あとは下に降りるだけ。


また彼女は高校を休んで平日にきているので他の客はほとんど見当たらずほとんど貸し切り状態であった。


ここまで人がいなかったら温泉も広く使えるだろうなと彼女の考えながら宿を徘徊する。


そして一通り見て回ったみたがこれと言ってなにかあるわけでもなく部屋に戻った。


中に入った途端先に帰っていた彼女は僕に泣きながら抱き着いてきた。


「良かった!ほんとによかった!勝手にいなくなっちゃうから黙って天国にいっちゃったのかとおもったよ‼」


僕は謝り彼女が落ち着くのを待つ。


しばらくして彼女は落ち着くと


「明日も早いし今日はもう寝ようか。」


と言う。


じゃあ僕は広縁で座って寝るよというと彼女は。



「一緒に寝よ。」


というと布団をめくって見せた。


僕の脈拍は一気に跳ね上がりそしてまたも紅潮した。


しかし前と違うのは彼女も同じように赤面していたのだ。


一つの布団に二人で向き合うようになって寝ころんだ。


少しすると上がった脈拍も落ち着いて眠気が襲い始める。


そうして眠りにおちようとしたとき彼女は小さく、でもはっきりとこう言った。


「貴方が好き。私、あなたがいない人生なんて考えられないよ。」


僕は一瞬彼女が何を言っているのかわからなかったがすぐに理解した。


そして


「すまない。」


と一言だけ返した。


彼女は


「ごめんね。変なこと言っちゃって。忘れて…。」


と呟くと彼女は僕に背を向け眠り込んでしまった。


明朝、僕らは着信音で目を覚ます。


相手はあの神主らしく彼女は


「ほんとうですか⁉」


ととても驚いたような反応をしていた。


そして彼女は電話を置くとこっちを見て


「方法が分かったんだって‼」


ととても嬉しそうに伝えてくる。


そんな彼女を横目に僕は何とも言えない気持ちでいっぱいだった。


そうして僕らは足早に神社に向かった。



神社に着くと僕らは神主から


「これから別の神社へ向かいますのでこの車に乗ってください。」


と言われ乗り込む。


そして連れてこられたのは京都の山中にある小さな神社であった。


知る人ぞ知る神社らしく名前は吉弥屋神社(よしびやじんじゃ)と言うらしい。


ついてすぐにここの神主のような人と初めの神主が話し始める。


そしてしばらくすると吉弥屋神社の神主さんに神社の本殿に通され初めの人は僕らに激励を送ると帰ってしまった。


そして


「これから彼の呪縛すなわち願望の謎を紐解く儀式を行います。」


と言って神主さんは僕に彼女の位置から5歩ほど前に進んだ場所を指さし僕はそこまで移動した。


指示された場所は紙垂のついた棒は僕を中心にして取り囲むように五芒星の形に配置されていた。


神主さんが祝詞をあげながら大幣を振ると、ふわりと体が浮いたかと思うとこれまでの様々な記憶が走馬灯のように蘇ってきて僕の頭は記憶で溢れかえった。


最終的には徐々に収まっていき最終的には一つの記憶だけが頭に浮かぶ。


それは初めて彼女と病院で話した時の記憶だった。


「彼女を幸せにする。」


その一心が僕をこの世界にひきとめていたのだ。


一通りの儀式が終わったあと彼女は僕に


「どうだった?」


と聞いてくる。


僕は見たことや感じたこと、そしてそれを通して分かったことすべて彼女に話した。


そして


「君は幸せ?」


そう問いかけた。


「幸せと答えたらあなたは本当に逝ってしまうの?」


「そうなるのかな。僕はこの数か月本当に楽しかったよ。」


「嫌だ……やっぱり嫌だよ…‼せっかく一人じゃなくなったのに‼やっと寂しくなくなったのにまた一人ぼっちなんて嫌だよ……。」


彼女はそういうと嗚咽を上げながら座り込んでしまった。


僕は何も言えなかった。


一人でいることの辛さは僕も痛いほど理解出来るから、僕が逝けば彼女は本当に一人になってしまうと分かっていたから。


でも本当はそれだけじゃない。


言葉に詰まる一番の理由は僕が彩音と離れたくないからだ。


「ごめん。」


そう一言言って僕は自分の気持ちを伝えることにした。


これまで抑えてきた心の内を。


それがどんな結果を招こうが構わない、一生成仏できなくても構わない、そんな一心で言葉を振り絞る。


「僕も君が好きだ!好きで好きでしょうがない!いまも君のことを満足に抱きしめてあげられないこの体が憎くてたまらない!でも…!悔しいけど君の相手は僕じゃダメなんだ…‼」


そして深く深呼吸して


「君には幸せになってほしいんだ。」


これが全てだ。


この気持ちが全てだ。


僕の精一杯の言葉を聞いて彼女はゆっくりと顔を上げる。


彼女の顔はしゃっくりと涙でグシャグシャだった。


それでもニコッと笑顔を僕に向けると


「ごめんね、ありがと。」


と言う。


彼女のその笑顔は決して作り笑顔などではなかった。


「わかったよ!その代わり絶対に生まれ変わったら私を見つけてね‼」


そう言って白く透き通った両手を出して来た。


今度こそはその手を強く握って言葉を返す。


「もちろん。何があっても君を見つけ出すよ。」


「彩音、今は幸せ?」


「うん、今までで一番幸せだよ。」



2025年4月1日

 その後私は大学まで進学すると何とかアパレル系の企業に就職できた。


アパートは学生時代から変わらない。


ここで待っていれば彼が迷わず戻って来れるだろう。


今でもたまにあの橋、私たちの物語が始まった場所に行くことがある。


彼を探しに。


でもまだ見つからない。


私はいつまでも彼を信じて待ち続ける。


堤防に着くと春風が私を歓迎するように吹きつけそれに呼応するように舞い落ちた桜の花びらが私の横を吹き抜けてゆく。


「あの時と同じ風だ。」


わたしはそう一人でそう呟いた。


「彩音。」


「も~遅いよ。」


再び春風の甘い香りが私たちを歓迎するように吹き付けた。


私たちの物語はこれからもずっとずっと続いていくのだ。


FIN

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