2

 結論から言うと、ミナは死ななかった。直前で怖くなり、包丁を落としたのだ。気付いた店員と周りの客が悲鳴をあげて、店を出ていく。

 残された私達は、一番隅の席で向かい合っていた。


「私もさ、嫌いだったよ。あんたのそういう被害者ヅラするとこ。ずっとうじうじしてるとこ。キモいとこ」


 床に落ちた包丁を蹴っ飛ばす。ミナはテーブルに突っ伏して泣いていた。


「お互い様だね」


 私は明日、彼氏と別れる。浮気してたからだ。職場の先輩は聞こえるように嫌味を言ってくるし、私にだけお土産を配らない。母親は陰謀論にハマってるし、弟はこないだ人を撥ねた。あと、そうだ。みきも殺した。この前会ったとき、あんまりに幸せそうだったから。イケメンの社長と結婚して、子供を授かって馬鹿みたいに大きい家に住んで、みき本人は小説家としてデビューしてたから。内緒だよって教えられたペンネームは、私が愛読していた小説の作者だった。みきを殺した後は、ビリビリに破いて捨てたけれど。


 私達、似たもの同士だよなぁと思う。だってみきは、三人でいるときはそうでもなかったけど、私と二人のときは目いっぱい馬鹿にしてきたから。受験する大学も、弟が通う中学も、私が使ってるポーチも、化粧品も、彼氏も、全部きちんと、見下していた。

 ミナにはしていなかった。たぶん、ミナのことは普通に好きだったんだと思う。私がミナのこと、普通に嫌いだったみたいに。


 だってこいつ、今ここで被害者ヅラして馬鹿みたいに泣いてるこいつ、みきに気に入られたんだよ。何をされても笑って誤魔化してた私じゃなくて、嫌われたくないから必死に媚びへつらってた私じゃなくて、さ。


 ズズっと音が鳴った。コーヒーはもう空になっていた。薄茶色い水を穴に溜めた大きな氷が、三、四個転がってるだけだ。

 グラスを持って傾ける。一番手前の氷が口に滑り落ちてきた。歯で噛み砕く。ゴリゴリ、という音に混じって、人の声に囲まれた。数人の警備員に取り押さえられたミナが、奇妙なうめき声をあげている。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってきた女性に、私は言った。


「警察呼びましたか?」

「はい、すぐに来るそうです!」


 ならちょうどよかった。私は鞄からオレンジのスカーフを取り出した。血で汚れた、みきのスカーフ。早くどうにでもなりたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やっぱりちゃんと不幸になって 島丘 @AmAiKarAi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ