やっぱりちゃんと不幸になって

島丘

1

 高校のときの友達と再会した。二年と三年で同じクラスになって、ずっと一緒に行動していた子だ。もう一人みきっていう子もいて、私達はいつも三人で過ごしていた。


 ニ年間も一緒にいたら、ある程度お互いのことはわかってくる。みきはしっかり者で、私はツッコミで、ミナはボケ担当だ。

 いつも的はずれなことを言うミナの頭を叩いて、笑いを取るのが一連の流れ。そのことを懐かしんで話すと、「あれさぁ」とミナは笑顔のまま答えた。


「めっちゃ痛かったんだよね」

「え〜そうだったの? 言ってよぉ」


 でも高校生ってああいうノリ好きだし、ミナも楽しんでいたはずだ。それなのに、なぜか怒って見える。今さらそんな話を蒸し返されても困る。こういうところは、昔から変わっていないらしい。子供っぽいというか。


「てかミナ、今何してんの?」


 事務の仕事をしているらしい。結婚はしていないようだ。


「なんか変わってないね」


 私は今、デザイナーの仕事をしている。新卒で入った会社がブラックで、その後も二回転職したけど、今は落ち着いていた。一年前にはマッチングアプリで出会った彼氏ができた。


 そういうことをさーっと話すと、ミナの顔が固くなった。自慢みたいに聞こえたのかもしれない。でも、事実だし。


「マイってさ、みきといるときはそうでもないのに、私と二人のときはめちゃくちゃ叩いてきたよね」

「そうだっけ?」


 また昔の話だ。もしかして謝罪を求めているのだろうか。めんどいなぁと思いつつ、望み通り謝ってあげる。なのにミナは不服そうだ。一体何がそんなに気に入らないのだろう。


「ね〜ごめんって。てかそんなこと今さら言われてもさぁ」

「今だから言うんだよ。私死ぬもん」


 えっ、と間抜けな声を出す。

 冗談を言っているようには見えなかった。かまってちゃん、という言葉が頭を過る。


「いやいや、え、なんで? 本気?」


 ミナは無言で頷いた。正直、かなりめんどくさい。メンヘラってやつだ。久しぶりに会った友達が自殺しようが、そりゃまぁちょっとはショックかもしれないが、そう引きずることではない。

 だけどこう面と向かって言われると、止めなきゃいけないという労力が発生する。

 やだなぁと思いつつ、私は必死に止めた。


「いやいや駄目だって。どしたの? 何かあった? 話聞くよ」

「うん。じゃあ聞いて」


 てっきり断られると思ったのに、まさかの承諾だ。

 用事もないのに時計を見る。このあと約束あるんだねって言ってくれるのを期待したけど、何も言われない。ほんと気が付かないこだ。だけど自分から言い出した手前、やっぱなしって言うわけにもいかない。


 私とミナは近くのカフェに入った。チェーン店で、私はアイスコーヒーを、ミナはアイスティーを頼む。


「それで、何があったの?」


 ミナが咥えたストローは、歯で噛んだのかガジガジになっていた。これをするのは欲求不満って聞いたことがある。


「ご飯食べるときにさ、私の椅子ちゃんと直してくれないのが嫌だった」


 なに?と思ったが、また高校生のときの話をしているらしい。くどいって。


「教室で大声で、腐女子じゃん!って言われるのも嫌だった」

「カラオケで音程外したのを録音して、笑いながら聞かされるのも嫌だった」

「自分が不機嫌なとき、八つ当たりで罵倒してくるのも嫌だった」

「貸した漫画を返さないのも嫌だった」

「捨てといてって、いつも私にゴミ捨てを任せるのも嫌だった」

「みきの話しはちゃんと聞くのに、私の話はすぐに遮って自分の話を始めるのが嫌だった」

「私が一回やり返して叩いたとき、ひっど、ってキレてきたのも嫌だった」


 しつこい。コーヒーはもう半分以上減っていた。時計を見る。まだ時間は過ぎない。


「私がわざと大袈裟なリアクションしてたの知らなかったでしょ」


 知るかよ。


「私が毎日家で泣いてたのも」


 だから知らないって。


「卒業式の日にさ、私を省いてみきと撮ってたよね。あれもすごいショックだった」


 よく覚えてるなぁ。


「マイは覚えてないんだろうね」


 そうだよ。


「ねぇマイ。私もう、なんか疲れてさ。ほんとに今日死ぬつもりなんだけどさ」


 やっと本題だ。私は居ずまいを正して、ミナの言葉に耳を傾けた。


「なんかあったの?」

「なんだろ。仕事内容と給料が見合ってないとか、彼氏ができないとか、友達も少ないとか、自立してないとか、でも実家出ていく勇気もないとか、とにかくやる気がないとか、まぁいろいろあるんだけど」


 死ぬほどの理由だろうか。そう思ったけれど、口を挟まずに聞き続けた。話を遮られるのが、嫌だもんね。


「一番の理由は」


 店員が水を注ぎにくる。会釈を返した。


「ちゃんと不幸になってほしいからかな」


 ミナはそう言うと、鞄から剥き出しの包丁を取り出した。理解が追い付かない間に、両手でしっかり握り刃先を自分の胸に当てる。

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