胸に残る、温度は曖昧。
藤咲 沙久
幸世と月子
ズキズキとかじかむ指先を白い吐息で包んでも、温もりは得られなかった。そんな私を
「欲しい手袋、高いの。市内までの交通費も含めて、次のバイト代入るまで我慢」
「えぇ? そんなの安物でいいじゃん。どれだってあったかいよ」
「可愛いの着けたいんだもの。
「わお、謎の見栄。
言葉を交わす度にお互いの唇から湯気がたつようだった。まるでヤカンだ。私たち女子にもズボン制服の選択権が与えられているのは、都会の流行を採り入れたわけではなく、単にこの極寒を耐え抜くためである。スカートの方が好きだと文句を言いつつ、サチも渋々ズボンを買ってもらっていた。背に腹は代えられないということだ。
雪深いくらいでは休みにならない通学路を、慣れた足取りで二人歩く。もう少し先の通りまで出ればポツリ、ポツリと同級生の姿も見えてくるだろう。
「あんま洒落たもん持ってると悪目立ちして、月子まで不良扱いされるぜ?」
わざとらしく乱雑な言葉遣いをしながら、サチが自分の金髪を一房摘まみ上げる。もともと田舎にそぐわない自由さを持つ彼女が髪を染めたのは一昨日のことだ。驚かなかったと言えば嘘になる。ただ、すぐに納得はした。サチらしいと。
「サチは別に、不良じゃないのに。自分に素直なだけよ」
「あはは。そんな風に言ってくれるの、月子しかいないって」
もっと驚いたとすれば、禁じずともそんな生徒が居なかったのか、染髪を違反とする規則が無かったことだ。たぶん誰も気付いていなかったと思う、先生たちも度肝を抜かれていたようだった。
それでも、おじさんとおばさんにはたっぷりお説教をされていたのを私は知っている。
「不良になりたいわけじゃないけど……」
ひらひらと舞うサチの睫毛をこっそり見つめながら口ごもる。サチは綺麗だ。綺麗で、格好いい。もしも化粧をしたら、ブランドの衣服をまとったら、テレビで見るモデルや女優たちにもきっと負けないだろう。
見栄と言われたが、実際そうだった。もちろん可愛い手袋には憧れるし、欲しい。ただ、サチの隣に堂々と並んでいたくて背伸びをしようとしているのも本当なのだ。
「……色気づいてみたい年頃なのよ」
「なんだそりゃ。そんなことしなくたって月子は可愛いけどなぁ」
アタシはこのおさげ、好き。優しく囁くような声と共に今度は私の髪を摘まむ。マフラーに埋もれているはずの首筋が、なぜかくすぐったさを感じた。気恥ずかしさの理由もわからないうちに、鮮やかな赤い毛糸の指は静かに離れていった。
「アタシ、顔立ちが派手じゃん」
「華やかって言うのよ」
「どっちでもいいや。だからさー、自分に似合うもの探すとどうしても派手になるわけ」
言葉と共に大袈裟にかきあげてみせた髪もそのひとつなのだろう。怒られたからにはまた黒に戻すのかもしれないが、金色が彼女を彩る様は、まるで元からそうだったかのように思える自然さだった。
サチが派手だというなら、対する私はどう足掻いても“地味”だ。この田舎ではむしろそれが標準的とさえ言える。彼女が隣に居ない人生だったならそれで構わなかっただろう。
(でも、私はサチに出会ったから)
そこに居るだけでキラキラと存在感を放ち、だというのに気持ちのよいほど心を飾らない優しい女の子。サチみたいになりたい訳じゃない、ずっと近くでその輝きを眺めていたいのだ。相応しい友人で、ありたいのだ。
そう思う気持ちは年々強まっていく。幼馴染が唯一無二の綺麗さを増すごとに。
「……私は、派手にはなれないけど」
ザクザクと足元で鳴る雪に負けそうな呟きでも、サチの耳には届いたようだった。首を傾げる動きにあわせて金髪が揺れるのを見届けてから、いったん酸素を吸い直して、続けた。
「お洒落な手袋をしてもきっと、地味なままだけど。……サチに似合う友達でいられるかな」
ひとり分だけ、足音がやんだ。私ではなかった。振り返るとサチが俯いている。近づいてきた通りからは他の生徒の話し声も聞こえ始めていたが、私たちの間にはやけに静かな空間が存在していた。
「月子は」
美しい顔があげられる。泣きそうな目をして。
「月子だけは、そんなこと言わないで。アタシがバカやっても猫被っても、いつも通り隣で笑ってくれる月子でいて。似合うとか関係ないじゃん、友達って、そうじゃんか。月子は友達でいて」
理由のない自信に満ちた普段の彼女からは想像も出来ないほど頼りない声音に、ぎょっとする。些細な一言、そのつもりだった。周りから不良と言われようがどこ吹く風だったサチが、急にこれほどの動揺を見せるのか。
「ご、ごめんサチ」
「アタ、アタシの方が! 真面目な月子の傍にいちゃ迷惑かなとか、他の子から遠巻きにされたり、おばさんも良い顔してないの知ってる、し。でもやだ、月子のこと好きだもん」
「私は平気。平気だから」
「月子にもアタシのこと好きでいてほしい、のに。友達じゃん、そんなこと言うなよぉ……っ」
子供みたいにぐずぐずと溶けていく語尾。私はどうにかそれを掬い上げたくて、サチの手をとった。毛糸の手袋の感触が温かい。その両手を強く包み込む。どうしてか、同じくらいの強さで胸が締め付けられた気がした。
「私もサチが好きだよ」
「ほんと……?」
「本当。変なこと言って、ごめんね」
「ほんとなら、許す……」
「ふふ。ありがとう」
サチがうっすらと濡れた目元を拭ってから、もう一度私たちは歩き始めた。手は、繋いだままだった。
(サチも、不安だったんだ)
いつの間にか忘れてしまっていた、優しいがゆえの彼女の不器用さ。忘れてなかったはずの素直さ。輝く様を見ていたいのと同じくらい、その魅力的な“サチらしさ”を隣で守ってあげたいと思えた。冷気を遮ってくれている、右手の温もりのように。
「ずっと好きだからね、これ約束」
「やあね、変な約束」
「別に変じゃないだろぉ。友達が好きなの普通! ほら言って言って、幸世チャン好キダヨー」
「幸世チャン好キダヨー……っあはは」
下手くそな棒読みに笑いながら顎をマフラーに埋める。本当は、少し顔を隠したかったから。相変わらず雪は深く寒さが厳しいというのに、先程から妙に頬が熱を持つのだ。──好きと言われるたび、好きというたび、不思議とざわつく心に連動して増した熱さはなかなか引いてくれない。これは気恥ずかしさなのか、それとも……いや、それ以外には思い付けなかった。
「唇じゃなくて、顔から湯気が出ちゃいそう……」
「湯気? なに、ヤカン?」
「そうじゃないけど、そう」
私とサチは、ずっとこの田舎で過ごすかもしれない。あるいは寒くなくてもズボンの制服があるような都会で暮らすようになるのかも。
どんな未来が私たちを待っているにしても、この胸を温める曖昧な温度の理由をいつかは知ってみたいと──そんな風に、思った。
胸に残る、温度は曖昧。 藤咲 沙久 @saku_fujisaki
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