第3話 縄張り争い

 自分の下半身が無くなっていた。

 そもそも何で生きているんだ。…いや確かワドギマが「傷ついたのは魔法少女の体だけ、生身の人間の体とは別なのさ」とか言ってた記憶がある。だから無事なのか。

 そう思考を巡らせていると上半身だけになった私は地面に落ちた。そして私の体は光に包まれた。すると元の人間の体、つまり24歳成人女性の体になっていた。変身解除だ。近くには魔法の杖が転がる。確か魔法少女の体は大きなダメージを受けすぎると体を維持できなくなって元の人間の体に戻るらしい。おそらくそれが起きたようだ。


「赤髪の魔法少女さんよ。お前、中身まで女なんだな」


「なんの恨みがあってこんなことを」


「…あ?恨みがあるのはこっちなんだよ。バァーカ」


「…?」


 全く心当たりがない。後ろめたいことは…達也の報酬を横取りしてるからあるにはあるが他の魔法少女から恨まれる謂れはないはずだ。


「その様子だと何も知らねぇみたいだな。アンタらより前から魔法少女やってるもんだ」


 その魔法少女は此方を睨みつけつつそう言った。

 そういや他の魔法少女の情報はワドギマから知らされてなかったな。聞いてもはぐらかされてばっかだったし。


「1000円魔獣20匹、100円魔獣60匹。この数字、なんだと思う?」


 魔獣には大きく分けて2種類いる。強い魔獣と弱い魔獣の2種類だ。

 強い魔獣は私が初仕事で戦った魔獣だ。倒すと1000円もらえる。乗用車くらいの大きさで割と強い。

 弱い魔獣は名前の通り弱い。倒しても100円しかもらえない。小型犬くらいの大きさで本当に弱い。達也に倒させている魔獣はそれだ。

 ニュアンス的に1000円魔獣は強い魔獣のこと、100円魔獣は弱い魔獣のことだろう。というか値段設定的にコイツラも同じ下請け魔法少女かよ。


「1日にこの地域にいる魔獣の数さ。アタシらはそれを討伐してもらった金を頼りに生活してるんだよ。それがよ、いきなり新参の魔法少女のテメーらが1万円以上も奪ってきやがった。これじゃアタシらは生活が立ち行かなくなる。話は理解できたか?」


 パイの奪い合い。真っ先に思いついた言葉はそれだった。要は新規参入者が来ると自分が取れるパイが少なくなるので牽制しにきたといったところか。


「それで要求は?」


「お前、魔法少女辞めろ。さもないと…」


 奴は近くの岩を素手で破壊した。次はお前がこうなるという脅しだろう。

 魔法少女は超人的な身体能力を持っている。そして今の私は生身の人間。逆らうことはできない。


 …だが嫌だな。私はボーダーフリーの大学を2留で卒業、トドメに4年の秋から就活を始めたせいで就活はボロボロ。そんなどうしようもないクズな私がやっと391万(予想年収)という年収を得れるようになったんだ。他の仕事で上手くいく気がしない。夜職とかならワンチャンあるのかもしれないが私は大卒だ。こんな私でもプライドが許さない。


 私は絶対にこの魔法少女という仕事を手放したくない。


 考えろ。なにかあるはずだ。

 そう逡巡していると光弾が敵の魔法少女に打ち込まれた。


「あん?仲間がいたか」


「大丈夫?加賀美さん」


 青髪の魔法少女、達也くんだ。傍らにはワドギマがいる。逃げたと思っていたが助けを呼びに行っていたのか。


「助かったよ。達也くん」


「さあ覚悟しろ。俺が相手だ。えーと、ナニモンだお前」


「あーもう!アタシの名前は魔法少女、赤塚。早速だが!大弾でくたばりやがれ!」


 敵の魔法少女、赤塚の魔法の杖に光が集まりだす。私の魔法の防殻を貫いた大弾攻撃だ。

 ここだ!私は赤塚の射線に立った。


「は?おい!お前、負けたんだからおとなしくしとけ!」


 やはりそうだ。コイツは日本人だから人を殺す度胸はない。

 魔法少女の攻撃は基本的に魔獣とかいう人智を超えた怪物相手を倒すためのものだ。それを人間相手に放ったら致命傷は確定だ。だからこそ倫理観がある相手ほど魔法少女の姿で生身の人間に攻撃できない。そして赤塚は倫理観がある。現に、私に魔法少女を辞めさせる下りの時に私を殺せば一発で解決したはずなのに脅しだけだった。それはつまり人を殺す度胸がないということだ。


「隙あり!」


 達也くんが魔法の杖から光を出してビームサーベル状にする。そしてそれを使い赤塚に向けて振り下ろした。間一髪で赤塚は躱したが態勢を大きく崩した。


「今だ!逃げるぞ!」


 ワドギマがそう言うと達也くんが私とワドギマを抱きかかえこの場から離脱する。

 そうして私達は戦場となった山奥から数キロ先にある達也くんの家の達也くんの部屋に避難した。

 1人親世帯の達也くん家には達也くんしかいない。母親はパートに出ているらしい。


「それで、何が起こったのさ」


 開幕口を開いたのは達也くんだった。

 私はその質問に端的に答えた。


「縄張り争い」


 詳しいことは言えない。なぜなら私が達也くんの討伐報酬を全額中抜きしてることがバレてしまうからだ。だからこその単純な説明だ。


「他の魔法少女の存在、そして私達が縄張りを荒らす新参側なのを教えてなかったでしょワドギマ」


「…うん。いつかは来るかと思ってたけど君がそれを知ると魔法少女を辞めてしまうと思ったからね。正直、教えなくて済まないとは思っている」


「了解。私もそれについては責めない。だからワドギマ、これからの事を考えよう。貴方が知る限りの情報を提示して」


 私が魔法少女初日の時に他の魔法少女がいて縄張りの概念があると言われても訳が分からんかったし多分、面倒くさそうという理由で辞めてた気がする。

 ワドギマはホッとした表情をすると語り始めた。


「僕調べでは敵は魔法少女アカツカともう1人の魔法少女。そして、その魔法少女2人を管理している使い魔、要は僕のポジションにあたるのは使い魔セサン。敵はこの2匹と1人になるね。対して僕らも魔法少女カガミと魔法少女タツヤ、その管理者の使い魔ワドギマの2匹と1人。頭数は同じだね。けど最大の違いは…」


「質」


「そう質だ。君らは魔法少女歴1週間程度しかないけど相手はそれ以上に続けているだろう。質の差はかなり大きいと見たほうがいい」


 確かにな。

 私なんか一瞬でやられてしまった。少なくともアレ赤塚と同じぐらいの強さの奴がもう1人いると仮定したらかなりまずいな。


「…加賀美、達也くん。君らに魔法少女の戦闘法を教える」


 ワドギマがそう言うと、部屋が、いや空間が塗り替わっていく。そして子供部屋から道場みたいなデザインの武骨な部屋へと変貌した。


「え?なにこれ?俺の部屋は?」


「どう?僕の特殊魔法、『魔法の部屋』。ここで鍛えようか」


 どうやらワドギマの能力らしい。こんな能力も持っているのか。


「じゃあまずは座学から始めようか。まず魔法少女には2つの攻撃スタイルと1つの防御スタイルがあるのは知ってるよね」


「ええ、『魔法の小弾』、『魔法の大弾』、『魔法の防殻』の3つね」


「そう!その3つさ。『魔法の小弾』は溜め無しでバカバカ撃てるけど威力が低い魔力の光弾。『魔法の大弾』は溜めが必要だけど威力が高い魔力の光弾。『魔法の防殻』は魔力で編まれた盾、人間風に言うとエネルギーシールド。そしてこの3つには相性がある」


 相性?そんなのがあったのか。


「『小弾』は溜め無しで撃てる分『大弾』より先撃ちできて強い。『大弾』は『防殻』を貫く威力を持つ。『防殻』は固い防御力なので『小弾』の威力では貫くことはできない。この三竦みさ。これさえ覚えとけば安心だね」


 要するに『小弾』>『大弾』>『防殻』>『小弾』というわけか。

 そういや大弾に防殻で受けたことあったな。あれはそういうことか。

 私がそう思っていると達也くんが手を挙げた。


「質問があります」


「なんだい達也くん」


「ワドギマさん。なんか魔法少女同士で戦う知識たくさんもってません?」


 確かに。


「そうだね。なぜならこういう争いをたくさんしてきたからね。僕はこう見えても昔はすごかったんだよ」


 達也くんが尊敬の目線でワドギマを見る。今は5次請けだけどな。昔を誇るほど悲惨さが際立つ。まあ達也くんには知る由のないことだが。


「じゃあ、早速修行を始めよう」


「待って、ワドギマ。魔獣討伐はどうなるの?」


 今の私は魔法少女で生計を立てている。

 それが無くなるのは本当に困る。24歳収入ゼロの子供部屋おばさんになってしまう。


「いやそれはなくなるよ。今日から1週間、」


「それは困るって」


「1週間程度なら大丈夫でしょ」


 …コイツめ。


「あと加賀美くんは顔が割れてるから外出るときはマスクを常につけてね」


「はい」


 そうして最悪の1週間が始まった。

 この戦いで勝たないと再就職しない限り収入なしだ。だから逃げるわけにはいかない。

 負けられない戦いがそこにはあった。


下請けあるある①

上に歯向かわず同じ下請けの被虐者同士と争う。

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魔法少女(下請け) かみなりごとし @kaminarigotosi5656

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