第11話 李牧、ヤクザ事務所にカチコむ

「皆のもの! 我が名は李牧! これよりヤクザの事務所へと強襲きょうしゅうをかける! その様子、しかと見届けよ!」


 動画配信がされているアジコ殿のスマホに向かい、私はときの声を上げます。


 彼女──アジコ殿からの依頼は、このようなものでした。


『ヤクザを一人殺してほしい』


 ただし、殺すと言っても本当に殺すのではなく──社会的に。

 要するに「ヤクザとしてのメンツを潰してほしい」という内容。


 正直言って、朝飯前な依頼です。

 本物のいくさを繰り広げてきた私にとって、たかだか十人やそこらの侠客きょうかくのメンツを潰すだなんて大したことではありません。


『アジトに乗り込んできた女一人にコテンパンにやられた』


 これだけで間違いなく彼らのメンツは丸潰れ。

 争いのない時代──平成日本において、それは楽に達成出来そうに思えます。


(とはいえ、かつて共に戦国の世を駆けた慶舎けいしゃ傅抵ふていがいてくれれば、より心強いのですがね……)


 指定されたヤクザのアジト。

 大久保公園から少し離れた場所にある、細い路地の奥。

 そのビルの中から──。


「んだぁ、てめぇ!?」


 さっそく強面こわおもてな男が三人、湧いてきました。


強者つわものの風格はなし、ですね)


 これなら私一人で──。



 スパパンパンッ!



 十分ですっ!


「うおっ!」


 私の繰り出した足払いで、三人が尻もちをつきます。


「女だからといってナメてもらっては困ります!」


「んだと、てんめぇ……」



 コツン。



 道端で拾った木の枝で、男の額を軽く突きます。


「こんなもんがなんだって……って、えっ……? なんで……? オレの体……動か……ねぇ……」


 困惑した様子の男。

 当然です。

 なぜなら私は。


『殺すつもり』


 で、この木の枝を突きつけてるのですから。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


「く、くそ……!」


 私の気にされた男は、へなへなと腰を抜かしました。


 コッ、コッ。


 続けて他の二人にも額に木の枝を突きつけると、同じようにへたり込みます。


「さぁ、行きましょうか」


 こうして私たちは、意気揚々と建物の中へと進んでいくこととなりました。



「うっおぉぉぉぉぉ! すっげえじゃん、李牧っち! マジかよ! ドラマみたいだぜ!」


「李牧ちゃんって強いとは思ってたけど……えっ、こんなにっ!?」


 エレベーターというものに乗り込んだ私たち。

 狭い空間の中で寄り添い合うアジコ殿とヨーコ殿が私を褒め称えます。


「なんてことはないですよ。しいて言えば、経験の差──とでも言いましょうかね」


 戦いの。


 そして。


 人を殺めた──経験の。


「いや、マジでスゴいって! もう視聴者数、爆伸び! インフルエンサーの『アレアレ』も『竹中キッド』も反応してるし! リスナーも1万超えてランキング1位だってば! うひょ~、アガるぅ~!」


「でも……この先は組の事務所……なんだよね? ほんとに李牧ちゃん……大丈夫?」


 さすが心優しいヨーコ殿。

 ご自分の身よりも私のことを気にかけていただけるとは。


「ヨーコ殿こそ、危険ですので、いつでも逃げられるように離れた場所から見ていてくださいね」


 身分の上の方に礼を示す長揖ちょうゆうの構えを向けます。


「あ~李牧ちゃん、また変な挨拶してるぅ~! っていうか、ここ狭いんだから、あんまり変な動きしないで……って、え……?」


 チ~ン。


 エレベーターの扉が開くと。


「おうおうおうっ! てめぇら配信してっから動きが筒抜けなんだよ! なぁ~にが『明日晴アスパラ組カチコミ配信』だ! 真似たマネしてくれてんじゃねぇぞ!」


 頭を丸めた巨漢の男が、そう言うと刀を振りかぶって斬りかかってきました。


「キャッ──!」

「ひぃ~~~!」


 ガッ──。


 私はその刀を握った男の手を、むんずと掴みます。


「うぐぐ……! な、なんで振り下ろせねぇ……!?」


 争いのない平和な時代だと聞いていましたが……。

 んですね、この国にもこういったやからが。

 しかも──。


「こんな狭いところで刀は振りかぶるものじゃありませんよ。こういう場所ではんです。それに……ヨーコ殿たちを傷つける者は、相手が誰であろうと容赦しませんっ!」



 ドゥ──!



 ドガァ!



 蹴り一閃。

 男は吹き飛び、アジトの中に体ごと突っ込みます。


「ひゅ~! カンフー映画かよ! パねぇ!」


「アジコ殿、ヨーコ殿、危険ですので後ろにお下がりください」


「う、うん……! 李牧ちゃんもヤバかったら逃げるんだよ! いざとなったらみんなで謝れば許してくれるかもしれないし!」


 ふふっ、ヨーコ殿。

 あなたのその素直さ、純粋さがこの李牧の心を奮い立たせてくれますよ。


「えぇ、安心していてください。すぐに戻りますので」


 ザッ。


 私は明日晴アスパラ組のアジトの中へと踏み入ります。

 中には、ざっと見たところ七人。

 弓などの飛び道具はなさそうです。


 シュンッ──。


 私は奪い取った刀を振るって周囲を威嚇した後に、主張を伝えます。


「我が名は李牧! この度は、この侠客きょうかく集団が違法な薬物を使用し、うら若き乙女たちを中毒に陥らせ、夜な夜な街角に立たせて売春を強要しているとの報を受けて駆けつけた! ただちに違法なる薬物の使用をやめよ! さもなくば──」


 明日晴アスパラ組による十代の少女たちへの乱暴、洗脳、暴行、そして売春の強要。

 それによって金の流れが「よどんでしまっている」というのが、アジコ殿からの苦情でした。

 この侠客きょうかくたちの悪事そのものに腹を立てているわけではなく、それによって引き起こされた「金の流れの不健全さ」に腹を立てているというアジコ殿独特の価値観。

 少しひねくれてはいますが、嫌いではない。

 そう感じ、引き受けることにしました。

 それに、今は私も女性の身。

 女を物のように使い捨てる彼らに対して、以前よりも強く怒りが湧いてきます。


「さもなくば、どうするってんだい、嬢ちゃん」


 部屋の最奥。

 虎の首の剥製が掛けられた壁の前に座った男。

 組長──明日晴アスパラ我須央がすお

 今回、私がメンツを潰し、社会的に殺すべき標的の男。

 そいつが余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった感じでゆっくりと口を開きました。


「オジキ! こんなやつの話なんか聞く必要ありやせんぜ!」

「そうっす! こいつら配信してんスよ!? 下手なこと言わないほうが……!」


 カチャ……。


 組長、明日晴アスパラ我須央がすおが、手のひらにすっぽり収まった黒い鉄の塊を部下に向けます。


「ひぃぃぃ……!」

「で、出過ぎたこと言ってすみませんでした、オジキぃ!」


 そしてその鉄の塊を、ゆっくりと私の方へと向きを変えます。


(あれは……なにかイヤな匂いがしますね……)


 そう、嗅ぎ慣れた匂い。


 死の匂い──です。


 そしてその匂いは、明日晴アスパラ我須央がすお本人からも漂っています。


(なるほど、あなたも私と同じの人間ですか……)


「おうおう、嬢ちゃんたちよ? 今さら謝ったってもうおせぇぞ? 極道に喧嘩売って無事に帰れるとでも思ってんのか? あ?」


「そ……そんなもん撃ったらどうなるかわかってんの!? 一発で逮捕だよ!? こ、これ、今配信してるんだからね……!?」


「ほぉう……?」



 パァン──!



 明日晴アスパラ我須央がすおが鉄の塊を上に向け乾いた音が響いたあと、天井には小さな穴が穿うがたれていました。


「で? 配信がなんだって? こちとら逮捕なんぞより、メンツを潰される方がよっぽど死活問題なんだわ」


(今のはどうやって……?)


「李牧ちゃん! たぶん知らない設定だと思うから説明するけど、今のは『銃』! 鉄の筒の中で火薬を爆発させて、その反動で鉄の弾を発射するんだよ! 絶対に当たっちゃダメだからね!」


「るせぇぞ、そこのデカ女!」


 シュッ──。


 ビィィィィィン……。


「ぐっ……おっ……!」


 私の投げた刀。

 それが、ヨーコ殿に脅しをかけた男の顔元を通過し、壁に突き刺さります。


「ヨーコ殿に危害を加えることは何人なんぴとたちとも許さん……。そう言ったはずですが?」


「くはは、馬鹿めっ! むざむざ武器を手放しおって! これでテメェはもう終わりよ! さぁ、どこの風呂に沈めてやろうか! それとも内蔵をえぐり出して売っぱらってやろうか! どちらにしろ見た目はいいから高く売れそうだなぁ! ……服のセンスだけはクソダサいけどな」


「ふっ……三下というのはいつの時代でもくだらないことをベラベラとよく喋るものですね」


「なんだと、テメェ!」


(そのようにすぐにカッとなるところも典型的な三下ですね……)


「何笑ってやがる!」


「いえ、あまりにもあなたが『雑魚』そのものだと思いまして」


「な……!」


 さて、と。


 くるり。


 私は後ろを向き、ヨーコ殿に礼を伝えます。


「ヨーコ殿、あなたのおかげで『銃』なるものの対処法がわかりました。感謝いたします」


「う、うん……! でも、絶対無茶しないでね!」


「ハッ! ご命令とあらばこの李牧、命に変えてでも!」


「なに敵に背中見せてんだ、クソ女が! 今すぐ死ねぇ!」


 明日晴アスパラ我須央がすおが、銃から鉄の塊を発射する──その殺気が私を捕らえんとした──刹那せつな



 ダンッ!



 私は、後ろ足で部屋にあったローテーブル座卓を蹴り上げました。


「くっ──!」


 これで私と明日晴アスパラ我須央がすおの間の射線は塞がれました。

 人間、不思議なもので、自分が有利だと思っている状況では無駄な矢を打ちたくなくなるもの。

 なので、この視界を塞がれた明日晴アスパラ我須央がすおも、おそらくは撃つことを躊躇ちゅうちょするでしょう。


 そして──。


 ダッ!


 私は高く跳びます。


 歩兵に対し、騎馬が有利な理由。

 攻城戦において守備側が圧倒的に有利な理由。

 それは、人間が高いところへの攻撃を苦手としてるからなのです!


 タッ──。


 ぐいっ。


「ぐっ……!」


 明日晴アスパラ我須央がすおの背後へと立った私は、彼の手をひねり上げて『銃』なるものを奪います。


「ふむ……」


 チャッ──。


「こう、ですかね?」


 銃口。

 死の匂いの漂うそれを、私は先ほどまでの持ち主に向け、にこりと笑いかけます。


「な……冗談だろ……? お前、カタギだよな……? そんな……ヤクザに銃口向けて……お前……」


「冗談、と思うのならそれで構いませんが、あなたならんじゃないですか? 私が……本当に冗談でこれを向けているかどうか」


 人殺しの匂いを漂わせている、あなたならね。


 ギンッ──!


 私は、目で語りかけます。

 命の重さを「本当の意味で」理解している者同士にしかわからない凄み、殺気、覚悟を込めて。


「う、うぅ……! わ、悪かった……」


「なんですって? 聞こえませんね? なにか言うことがあるなら、配信に聞こえるようにもっと大きな声でお願いします」


「わ……悪かったぁ! もうクスリは売らねぇ! 女たちも引き上げさせる! っていうか、オレたちはもう終わりだよ! どのみちこんな醜態しゅうたい晒しちまったんじゃ、もう極道の世界じゃやっていけねぇ……好きにしてくれ……」


 くるっ。


「皆さん、聞きましたか!? 明日晴アスパラ組はもう違法なクスリを扱うのをやめるそうです! そして、街角に立たせてた女性たちも解放するようですよ! そして好きにしていいってことなので~」


 タッ──。


 私は机の上に飛び乗り、明日晴アスパラ我須央がすおに銃を突きつけます。


「ヒィィィぃ! 頼む! 命だけは! 命だけは助けてくれぇぇぇぇぇ!」


「オジキ!」


「黙ってろ、テメェらはぁぁぁ! テメェらが騒いでオレの身になにかあったらどうすんだ!? お前らみたいなゴミのせいでオレが死ぬなんて許されんぞ!」


「そんな……! オレら、今までオジキのこと信じてきたのに……!」


 おやおや。

 どうやら土壇場で、この男の本性が部下にバレてしまったようですね。

 まったく……将を率いる資格なし、です。

 このような男が組織の上に立つと、間違いなくそこは腐敗します。

 この場所は本当にくだらないところですね。

 でも、「これ虎の首の剥製」だけは──。


 ガッ!


「ヒィィィぃ! ご勘弁ご勘弁ご勘弁ご勘弁ご勘弁~~~~~!」


 私が男の後ろの壁にかかっていた虎の首の剥製をもぎ取ると。


「………………」


 組長──明日晴アスパラ我須央がすおは、ブクブクと口から泡を吐いて失神していました。


「おやおや、気を失ってしまいましたか」


 私は虎の首をヨイショと抱え、どうしていいかわからない様子で突っ立ったままの組員たちに声をかけます。


「ご覧になった通り、これがあなた達のつかえてきた男の本性です。はたして、あなたたちがこれ以上、彼に義理を果たす必要があるのか。よくよく考えてから行動されてください」


「…………」


 無言でうつむく男たちの間を私は虎の首を抱え、何事もなかったかのように通り過ぎます。


「李牧ちゃん!」


「おいおい、李牧っちぃ~! お前すごすぎだろ~! メンツ潰すどころか壊滅させちゃってるじゃん! これで新宿の金の流れもきれいになるぜ! ありがとな、李牧っち!」


「いえいえ、こんなの朝飯前ですよ」


 笑顔で出迎える二人を見て、私は不思議とかつて趙で共に戦った仲間たちの姿を思い出していました。


「くぅ~! どんだけカッチョいいんだよ、李牧っち! てかさ、配信もやべぇ~!って! コメントとか追いきれないって!」


「……ねぇ、なんかパトカーの音、聞こえない?」


「そりゃ銃なんか撃つからだろ!」


刑部けいぶ(※ 古代中国の警察のようなもの)のことでしょうか? それであれば、配信をしてるからでは?」


「あ~、どうでもいいよ! 面倒に巻き込まれる前に逃げっぞ!」


「う、うん!」


 この時、私たちはまだ気づいていませんでした。

 配信の中に流れる膨大なコメントの中に。



 黒笑『あれ? その背の高い可愛い子のお洋服、私がオススメしてたのと全く一緒……?』



 というものがあったことを。



 ────────────



 【あとがき】


 ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。

 PV推移的にこれ以上続けてても……って感じだったので、ここで打ち切りとさせてください。

 モチーフはいいと思ったんだけど、推敲が足りてない感じでした。

 よかったら別の作品でまたよろしくお願いします。

 最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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地下ドルマスター李牧 ~天才軍師李牧、2016年アイドル戦国時代ど真ん中の地下アイドルに転生する。なお4年以内にアイドル界を天下統一できなかった場合、趙が滅亡する模様~ 祝井愛出汰 @westend

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