第2章 李牧、国盗りを開始する

第10話 李牧、天敵ギャルと出会う

「ちょりっす~!」


 ギャル。


 私の目の前にいるのは、ホザキ殿いわく──ギャルです。


 ホザキ殿が先ほど言っていた言葉を思い返します。


「グループを大きくしていくってんなら、一番ちゃんとしとかなきゃいけないのは『金』だな。支払いが遅れた、支払いを忘れてた、なんてのはすぐ業界に広まって足を引っ張ることになる。だから、その『金』の管理が得意なやつを紹介してやるよ。今の時間ならここにいるはずだろうから会っとけ。派手なギャルだから行きゃ~すぐわかるはずだ。お前らのことは、こっちからも知らせとくから」


 そう言われてやってきた、ここ大久保公園。

 公園の中央にある滑り台に座った派手な女性が、私たちを見かけるなり「ニィ」と笑ってにこやかに話しかけてきました。


「あんたが李牧っち~!? ホザっちから聞いてるよ~ん、なんでもアイドル戦国時代を統一! するらしいじゃ~ん! え~やだ、それってすごくな~い!?」


 金色の長髪。

 おでこを出しています。

 赤い爪にピンクの口紅。

 瞳の色は茶色。

 肩を出した黄色の上着に、丈夫そうな青い生地の腰巻き。

 手首には、高価そうな時計なるものを装着しています。


(これは……私の時代にはいなかったタイプの方ですね……)


「でさぁ~! 聞くところによると、李牧っちたちと一緒にいると、いっぱいお金数えられるらしいじゃん!? あたしさぁ~、お金を数えるのが大好きなんだけど~、実際のとこさぁ~、ど~なの? んっ?」


「まずは自己紹介から。私、姓は李、あざなは牧、名はさつ。名を省力して李牧、と呼んでください。そして、こちらはヨーコ殿です」


 軽い時揖じゆうをもって礼を示します。


「あはは~! ほんとに李牧になりきってるじゃん! ウケるんだけど~!」


「……李牧をご存知で?」


「あったりまえじゃん! バリバリ漫画で読んだって! イケメンの武将でしょ!? 中国の!」


 ふむ……ヨーコ殿やホザキ殿だけではなく、このような方にも知られているとは。

 イケメン、というのはちょっと美化されすぎかもしれませんが、それは物語に読者を引き込ませるための誇張でしょう。

 ま、なんにしろ名が伝えられているというのは嬉しいものです。


「よろしければ、貴殿の名を教えていただいても?」


「わたし~? わたしはぁ~……」


 太もも丸出しのまま座っていたギャルなる人物は、腰履きの中身が見えないように器用に立ち上がると、一枚の紙を手渡してきました。


「はい、これ名刺~。郭田開弍庫かくたあじこ。みんなからはアジコって呼ばれてる。よろ~」


 郭田開弍庫かくたあじこ

 かく……かい

 ……郭開かくかい!?


 こ、こ、これは、私が死ぬことになった直接的な要因を作った人物!


 趙の文官!


 金と保身にのみけた奸臣かんしん



 その『郭開かくかい』と同じ名を持っているではないですかっ!!



「え、どったのぉ? 李牧っち、固まっちゃってさぁ~。あ、もしかして名刺見るの初めてだった~? だってあれなんでしょ? 李牧っちって、李牧になりきってるんでしょ? マジウケるんだけどっ!」


「い、いえ、別に……」


 私は気づかれないように、額に流れる汗をぬぐいます。


「え~っと、アジコ……さん? 李牧ちゃんは、こう見えて大真面目にやってるんです。あんまり馬鹿にするようなことはやめてあげてほしいんですけど……?」


 なんと!

 ヨーコ殿が私をかばってくれてます!

 こう見えて、という部分はちょっと引っかかりますが……。


「あはは、ごめんごめん! あんまり面白くってさ! てか、似合ってないデカぴえん女に文句言われるのウケるんだけど~」


「はい? 誰が似合ってないですって? 私は好きでこの格好をしてるだけで、別に『ぴえん』でもなんでもないんですけど?」


 ……ん?


「いやいや、ぴえんでしょ、その格好はどう見ても。んで、『黒笑くろわら』ちゃんみたいにちっちゃい子なら、そういうの似合うんだけどさぁ~。ぴえんやるにはその身長はちょっと……いや、かなり無理があるかな~」


 黒笑くろわら? ぴえん?


「はいぃ? 黒笑くろわらちゃんの名前をあなたみたいなギャルの口から出してほしくないんですけど~? 全然系統違うのに知ったような口叩かないでくれますかぁ~?」


 あれ……もしかしてこの二人……。


「はぁぁ~~~? なんであたしが黒笑くろわらちゃんのこと言っちゃダメなわけぇ? なんか黒笑くろわらちゃんのことを話すのに資格とかいるんですかぁ~?」


「資格とかじゃなくて、なにも知らないくせにわかったようなこと言わないでくださいって言ってるんですけど?」


「え、でも、アンタもさっき私のことを『あなたみたいなギャル』って言ってたよね? それってギャルのこと何も知らないのに言ってるんじゃないんですかぁ~?」



 この二人……めちゃめちゃ相性が悪いんじゃないでしょうか……!?



「え~っと、こほん。その黒笑くろわらちゃん、というのは……?」


 とりあえず口を挟んで話を変えることにします。

 私は男ばかりの環境で暮らしてましたので、こうした女性同士のいさかいごとには免疫がありません……。


黒笑くろわらちゃんっていうのはね! とっても可愛くておしゃれな子なんだよ! イソスタに自撮り載せまくってるんだけど、ほんとにお洋服やメイクのセンスよくて『カリスマ!』って感じなんだ~!」


「そうそう、黒笑くろわらちゃんも元地下アイドルでね! アイドルやってた頃はあんまり人気なかったんだけど、皮肉なことに、グループの解散後、好きな洋服なんかを着始めてからブレイク! 商売っ気も出してなくてインフルエンサーではないんだけど、その控えめなところも含めてマジで謎多き『カリスマ』って感じなんだよね! あ~! 私にマネタイズさせてもらえたら、絶対年収数千万にしてあげられるのにぃ~!」


 と、二人が一気に説明します。

 なるほど……その黒笑くろわらなる人物は、これほどまでに他人をも熱狂させてしまう魅力の持ち主ということなのですね。

 となれば……。


「ふむ……そんなに魅力的な人物であるのなら、ぜひ私の立ち上げるアイドルグループに入っていただきたいものですね」


「ムリムリ! もう絶対アイドルやらない宣言してるし、なにより虚弱すぎて引きこもってるんだから無理だよ!」


「ひぇ~、もし黒笑くろわらちゃんがアイドルやったら私絶対見に行っちゃう! 全通ぜんつうしちゃう!」


 ふむ、今のところ黒笑くろわらなる人物の加入の可能性は低い、と。

 在野ざいやに埋もれた有能な人材を発掘、登用していくのは私の火急かきゅうの任務ではあるのですが、どうやら現時点ではのぞうすな模様。


 さて、このあたりで話を元に戻すとしましょう。


「時にアジコ殿。我々はアイドルグループを作って天下を取ろうと思っています。それも、四年以内に。そして、そのためにはあなたに会うべきだとホザキ殿から言われました。あなたは一体どのような御方なのか。よければ無知な私たちに教えていただきたい」


「え、我々って言ってるけど、私はまだ入るって言ってないからね?」


「はは、まぁいいではないですか」


「え、よくないんだけど……。私、まだ李牧ちゃんがアイドルグループ作れるとは思ってないもん」


「では、どうしてこうしていてきてくれてるのですかな?」


「うっ……! そ、それは……李牧ちゃんがこの世界のことを何も知らないから大変なんじゃないかと思って……いや、何も知らないのは設定なわけで……? あれ……設定ってことは、ほんとは知ってるってこと……? ありゃりゃりゃ……? なんか混乱してきたぞ……?」


「はは、ヨーコ殿は優しいですな。つまりは私のことが心配でついてきてくれたと?」


「そ、そう! 心配なんだよ、李牧ちゃん危なっかしいから!」


「ええ、今はそれで十分です。ただ、私は必ずあなたを中心にグループを立ち上げますよ、ヨーコ殿。それを覚えておいてください」


「うぅ……、この押しの強さ……。なんか怖いなぁ……」


 パンパンパン!


「はいはい、そこまで! アンタたちの関係性は今の会話で大体わかった。要するに、李牧っちは、このヨーコっていうデカぴえん女を中心にアイドルグループを作ろうとしてる。で、デカぴえん女は、誘われてるけど李牧っちが信用できなくて迷ってる。こんなとこね」


「ええ、おおむねそうですね」

「うぅ……。そう、かな……」


 どうやらこのアジコという女性、なかなかの観察眼をお持ちのようです。


「で、ホザっちがあたしに会うように言ったってことは、アンタらの資金繰しきんぐりを手伝えってことだよね。あたしはさ……お金の『流れ』を見るのが好きなんだよね。金こそ現代の『力』じゃん? 金の流れを見てると、こう……ゾクゾクすんだよね。興奮するっての? だからこの大久保公園にいると、いろんな人種のいろんな金の流れを目の当たりにすることが出来てウキウキするんだ。そうやって色んな人の人生模様を見てるうちに、なんか資金繰りに困った人の相談とかに乗るようにもなってさ。で、なんとなく税理士の真似事したり、コンサルっぽいことをやるようになったんだ。この街には夜職から反社系、金融系から芸能関係まで多くの人がいる。金の流れを見るにはここ以上の場所は他にないよ。で、その中には地下アイドルグループの運営だっているわけさ。あたしが相談に乗ってあげて軌道に乗ったグループだっていっぱいいるんだよ? っていっても、全部地下上位レベルだけどね」


 立ち上がってスマホなる板をポチポチといじりながら、慣れたように自己紹介を述べるアジコ殿。


「で! アンタらが地下上位を抜けてメジャーまで突き抜けられる存在だってんなら専属でやってあげてもいい! そう思ってるわけ」


 そう言って、アジコ殿は思いっきり私の顔を指差します。

 私はその指を掴んでおろすと──。


「そうですか、それはありがたいですね。でも条件があるのでしょう?」


 と返します。

 この手の金勘定の得意な人間。

 あの郭開かくかいのような人間。

 こういった人種は損得で物事を判断します。

 ヨーコ殿との反りが合わないのが多少気になりますが……今は有能な人材は一人でも多く欲しいところ。

 この金勘定の得意そうなアジコ殿は、ぜひ仲間に引き入れたい人材。

 ホザキ殿が会えと言ったのも納得ですね。

 ただ、それも……彼女が今から提示する「条件」の内容にもよりますが。


「んふ~、察しがいいねぇ、李牧ちゃん。えっとねぇ~、あたしからの条件はぁ~」


 アジコ殿はスマホなる板を掲げると、こう続けました。



「ヤクザを一人、殺してほしいんだよね☆」




 ────────────



 【あとがき】


 10話も読んでいただいてありがとうございます!

 少しでも「物騒ぶっそうになってきた~!」「ぴえん系とギャルが喧嘩してるのウケる」と思われた方は☆やハートをお願いします!

 次回、李牧はアジコからの条件を飲むのか!?

 お楽しみに!


 また『電撃の新文芸5周年記念コンテスト』にも参加してます。

 残り19日で7万字書けるよう頑張りますので、なにとぞ応援よろしくお願いします~!(拱手きょうしゅ!)

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