第9話 李牧、戦略を語る

「まず、どうすれば『アイドル戦国時代を統一した』といえるのか。そこから話しましょうか」


「じゃあ私、書記やるね!」


 カラカラカラ。


 ヨーコ殿は車輪付きの白い板を転がしてきて。



『アイドル戦国時代統一 = ?』



 と書き込みました。

 可愛らしい字ですね。

 そう思いながら、私は話を切り出します。


「まず、現在のアイドル戦国時代の覇者といえば……」


「そりゃあ『秦万坂55しばざかフィフティーファイブ』だな、間違いなく。アイドル戦国時代どころか日本のメディアを支配してると言ってもいい」


 ホザキ殿が苦虫にがむしを噛み潰したような顔で吐き捨てると、ヨーコ殿が。



『覇者 秦万坂55しばざかフィフティーファイブ !』



 と板書ばんしょします。


秦万坂55しばざかフィフティーファイブ……しくも趙国を滅ぼした敵国『秦』と同じ字を持つアイドルグループ……」


「そう、そしてそこのプロデューサーが、通称『メディア王』……」


 カカカカッ!



嬴氷政信えいひょうまさのぶ



 ホザキ殿が言うより早く、ヨーコ殿が書き出します。


しくも私の宿敵『秦王嬴政えいせい』と同じ名を持つ男……」


「いや、さっきから『しくも』が多くない!?」


 そうですね……。

 これはきっと、なにか因果のようなものが働いているのでしょう。


「この嬴氷えいひょうって男はとにかく謎が多い。人前に出てこねぇし、SNSなんかももちろんやってねぇ。それでいて芸能界全体を支配していやがる。文字通り、本物の『メディア王』だよ」


「メディア、王……ですか」


 王。

 王とは、時代の寵愛ちょうあいを得ることの出来た一握りの天子のことです。

 きっと、この世界の王も時代に愛されていることなのでしょう。

 けれど。

 こちらにも王がいます。

 武霊王と同じ名を持つ──。


「ほえ? 李牧ちゃん、なんで私の顔を見てるの?」


 舞励応雍子マーレオようこ殿。

 あなたが。


「アイドル戦国時代を制したと言える条件! それは! 5つの要素からなります!」


「おおっ、5つ! なんだろ、なんだろ!」


 ヨーコ殿がウキウキとした様子で板書します。


「その5つの要素とは……」



 ① ミュージックビデオ『1億再生』!


 ② CD売上『100万枚』突破!


 ③ 『全国アリーナツアー』の成功!


 ④ 『ZIFジフで大トリ』を務める!



「そして……」



 ⑤ 『メディア王の座』を嬴氷政信えいひょうまさのぶからヨーコ殿に取って変える!



「です!」


 ……カラ~ン。


 ヨーコ殿の持っていた筆が、乾いた音を立てて床に転がります。


「……は? 李牧ちゃ……なに言ってんの……?」


「待て待て。4つ目まではわかる。日本最大のアイドルフェスZIF(全国アイドルフェスティバル)で大トリを務めるってのもわかる。ZIFの大トリは、ずっと秦万坂55しばざかフィフティーファイブがやってるからな。んだけどよ……最後のは、なんだ? ヨーコがメディア王?」


「そ、そうだよ……! り、李牧ちゃんなにをとちくるったことを言ってるのかな……!?」


 いいえ。

 決してとちくるってなどいません。


「ヨーコ殿。あなたが信念を持って貫き通している服装、そしてその頑丈な肉体、さらに明るく真っ直ぐな性格。その全てが、新たな王として相応しいと私は思っています」


「えぇ……?」


 目をまんまると見開くヨーコ殿。

 ふふ……そういう素直な反応も、とても愛らしいですね。


「まぁ、ヨーコ殿の王としての素質は、おいおい証明されていくことでしょう。それよりも! 今話した5つの目標を達成するために必要なことは、まず『戦略』! 次に『戦術』! 最後に『戦い』です! この中で最も大切なのは『戦略』です! この大枠が間違っていたら、いくら『戦術』や『戦い』に力を注いでも絶対に成功はありえません!」


「う~ん……? ま、ヨーコのことは置いとくとして……だ。それ以外に関してはわりと妥当だな。で、その戦略ってのはもう決まってんのかい?」


「ええ、アイドル戦国時代の統一。それは全国制覇にあらず」


「……? 李牧ちゃん、それどういうこと?」


「すなわち……」


 私は筆を取り、白い板にキュッ、キュッキュキュキュッ! っと書き込みます。


「ヨーコ殿、これは?」


「え、日本地図だよね……?」


「その通り! この日本各地に存在しているアイドルの数をご存知ですか、ホザキ殿?」


「んあ……たしか4000組とも言われてるな」


「ええ、そうです。そして、その半数以上が集結してるのが……」


 トンっ!(東京を円で囲む)


「ここ、東京です!」


「まぁ……そんくらいだろうなぁ。ライブハウスの数も地方とは段違いだし」


「ええ、ですので」 


 キュッ、キュキュキュ~キュキュっ!


『東京=全国』


「なのです! 東京を制するものは全国を制す! まず1年! 今から1年で東京を制してご覧に入れます!」


「1年? そいつは無理だろ。大体、『制す』ってどうやるんだよ? アイドルに試合なんかねぇぞ?」


「ふっ、試合──いえ、死合いならば、やってるじゃないですか」


「はぁ?」


「日々行われている『対バンフェス』。それこそが、まさにアイドルの死合いと言っても過言ではないのでは?」


「えぇ……? 李牧ちゃん? アイドルフェスってのは、そんなにギスギスしたものじゃ……」


「いや……」


 ホザキ殿がアゴを触りながら目を鋭く光らせます。


「たしかにそうかもしれねぇ。毎回の対バンフェスごとに出る各グループの『動員数』。その数字はイベント関係者の間で共有されている。そして、その『動員数』によって、そのグループが今後どんなイベントに呼ばれるかが決まっていくんだ。ま、言ってみればアイドルは対バンフェスのたびに毎回『どこが一番動員数が高いか』を競う戦いをしてるようなもんだな」


「じゃあ、つまり李牧ちゃんは『今から1年の間に東京で一番動員力のあるグループを作る』ってこと?」


「そのとおりです。まずは東京を制します。そのためには、まずこの新宿。次に渋谷。それから池袋、秋葉原、五反田、下北沢、吉祥寺、目黒、品川、大塚を制します」


「ん~、それも厳しいと思うけどなぁ……。っていうか『東京=全国』って言うならさぁ、仮に1年で東京を制したとして、あとの3年は何をするの?」


「はい、2年目では日本を一周します」


 くるっ。

 私は白い板に日本を一周する矢印を書き込みます。


「え、『東京=全国』なんじゃないの? それなのにわざわざ全国を回るの?」


「ええ、必ず一度は足を使って全国を回らねばなりません。その際に、実績がゼロの状態で全国を回るのと、東京を制したグループとして全国を回るのとでは効率が全く違います。『東京を制したグループ』。そのはくを持ってこそ、短い期間で日本一周をすることが出来るのです」


「あっ、まぁ言われてみればそうかも。特に地方のアイドルファンは実績のないグループに厳しいからね。それにロコドルってのは、その地方の行政に絡んでることも多いから、得体の知れないグループじゃまず相手にしてもらえないよね。そのためにも、こっちが対バンするにあたいする有名グループだって周知させとかないと厳しいと思う、うん」


 福岡という地の出身らしいヨーコ殿が、郷里きょうりでのアイドル事情を思い出すかのように、そう呟きます。


「そのとおりです。そして国とは土地を指すのではなく、そこに住む民たちのことを指します。ですのでこちらから出向き、東京では出会えなかった様々な人材との交流を経て、私たちはさらなる強靭きょうじんなグループへと成長していくのですよ」


「なるほどな。たしかに地方のアイドルには派手さはないが、実力派なグループや楽曲派のグループが揃ってる。たしかにいい経験にはなるだろう。で、三年目以降はどうするんだ?」


「はい」


 私は天井を指差します。


「上?」


「アイドル戦国時代の覇者、そして真の勝者たちは、地上にはおりません。いるのは──天です」


「天?」


「はい、地上にいるのはメジャーデビューを果たしながらも『地下対バンフェス』に出ているようなグループばかり。しかし、真の勝者たちは、そういった通常行われているフェスには出演しないのです」


「あ~、たしかにZIFジフくらいのもんだよね、出るのって。あとは夏の野外ロックフェスとか」


 ヨーコ殿がポンと手を打ちます。


「ええ、この天を私は『天界』と名付け、さらにその天界を3つの階層に分けました。天界、天上、そして──天頂です」


「天頂……。そこにいるのは『秦万坂55しばざかフィフティーファイブ』ってわけか」


「地上のアイドルも地底、地下、地上って分けられてるけど、天界もそんな感じで分けられてるわけかぁ~。世知辛せちがらいなぁ~」


 キュッキュッキュッと、ヨーコ殿が白い板に「天頂」「天上」「天界」の3階層、「地上」「地下」「地底」の3階層、計6階層を書き込みます。


「我々は一年目で東京を制し、二年目で全国を制し、そして三年目からは東京都港区から天へと伸びる一本の塔。そこに挑戦いたします。この大枠こそが今、私がお話できる『戦略』でございます」


「なるほどね……。二年目まではインディーズでの戦い、三年目からはメジャーでの戦いってことか。わるかねぇ……わるかねぇよ。今まで色んなやつから聞いてきた夢物語よりもずっと具体性はある。ただ……それも実現できれば、の話だがな」


「はぇ~、塔かぁ~。言われてみれば確かにそうかも。全アイドルの中でも10組くらいだけがずば抜けてて、それ以外の3990組くらいは団子状態ってのが現実だもんね~」


「ああ、だが──無理だな」


 椅子に浅くかけたホザキ殿が、足を大きく開いてそう断言します。


「その理由を聞いても?」


「机上の空論だけなら誰でも語れるんだよ。たしかに今の話は悪くなかった。でもな、現実では何年間も動員10や20の壁を抜けられないグループがほとんどだ。代わり映えのねぇ対バンイベント、代わり映えのねぇオタクの顔ぶれ、代わり映えのねぇ毎日。そんな日々を繰り返すうちに、心が折れ、体を壊し、メンバー同士のいさかいや運営の不義理、オタクとの揉め事、そういうのが積もり積もっていって……結局みんな諦めちまうんだ。最初の頃に見てた夢、ってやつをな……」



 ………………【ホザキ回想】………………



「やぁ~い、やぁ~い! 大口ホザキ~!」

「ホラ吹きホザキ~! 嘘つきホザキ~!」


 小学生の頃。

 いつもデカい夢ばかり語っていたオレは、「ホザキ」という名前も相まって周りから馬鹿にされていた。


 ザクッ──!


 オレはそいつらを黙らせるために、自分で自分の顔に傷をつけたんだ。

 鼻の頭をカッターナイフで横に切った。

 効果はてきめん。

 ビビったクラスの連中は、それ以来誰もオレを馬鹿にしなくなった。

 と同時に。

 不思議なもんで、オレが「大口」を叩く回数もだんだんと減っていった。


 東京に出てきたオレは、地下アイドルというものに出会った。

 彼女たちはキラキラと輝いていて、必死に夢を追い求めていた。

 眩しかった。

 熱かった。

 心が震えた。

 そしてオレは、そんな彼女たちの後押しをしたいと思ったんだ。

 借金をした。

 ライブハウスを作った。

 場所は新宿。

 ここから彼女たちの明るい未来を後押しするんだ。

 さぁ、「大口」ホザキの復活だ!

 アイドルたちに、オタクたちに夢を語った。

 すんげ~対バンを組んで盛り上げようとした。


 でも。

 ダメだった。

 すぐに見えなくなった。

 先が。

 地下アイドルたちを地上へと送り出すことの出来る、その道が。


 そしてオレの「大口」は再び鳴りを潜めていき、今では同じような惰性対バンをダラダラと繰り返すようになってしまっている。

 オレに残ったのは莫大な借金と、毎週末に行うマンネリ地底フェスだけ。


 そんなオレが、こんな得体の知らないぽっと出の女の言う事を信用して「また夢を語る」だって? そんなこと出来るわけ……ないだろうが……。



 ………………【ホザキ回想終わり】………………



「時にホザキ殿」


「んあ? なんだ?」


「ホザキ殿の名前は、どのように書くのですか?」


「あぁ? 名前? チッ……」


 バッ!

 カッ、カカカカカッ!


 ホザキ殿は白い板に──。



頗崎廉太ほざきれんた



 と乱暴に殴り書きました。


 頗崎廉太。

 頗廉。

 廉、頗。

 れん……。


「ホザキ殿……。かつて趙には廉頗れんぱという名の有能な武将がおりました」


「ああ、知ってるよ。オレの名前に廉頗れんぱの文字が入ってることもな。だからオレはその廉頗れんぱのいた趙も好きになって、このライブハウスの名前も趙の首都『邯鄲かんたん』と同じ『KAN-TAN』にしたんだ」


「ええ、廉頗れんぱは白起や王騎といった中華を代表する強敵と戦い、趙を守り抜いた中華最強の武人の一人です。ですが、彼は最初から最強だったわけではありません。廉頗れんぱは──老いてから頭角を現したのです」


「あぁ、たしかに老人だったな、オレの知ってる廉頗れんぱは」


「ええ、遅く咲く花もある。それが廉頗れんぱという将軍でした。たとえつぼみの状態が長く続こうとも、諦めずに鍛錬を続けた。その結果が、白起や王騎を退けるような大武将へと廉頗れんぱを引き上げたのです。そして、ホザキ殿」


 私は、彼の中の「迷い」を退治にかかります。


「ホザキ殿も、きっとそんな花なのでしょう。老いてなお壮健。若かりし頃以上に気力を練り込むことが出来る。私は、ホザキ殿をそのような人物であるとお見受けしました」


 拱手きょうしゅ


「…………」


「ホザキ殿! 夢は追い続けるからこそ夢なのです! 私の力がまだまだ及ばぬことも、なんの実績もないことも承知しております! しかし! 中華のきらめきを夢見て駆けた我らが仲間、廉頗れんぱの名を持ちしホザキ殿! どうか! 私の夢を叶えるために、あなたにお力添えを願いたい! アイドル戦国時代を、ここKAN-TANから統一するという夢を! あなたと叶えたいのです!」


 時揖じゆう


「…………はぁ~~~~~~………………」


 ホザキ殿は深海よりも深いため息を吐くと──。


「ったくよぉ…………。当てられちまっただろうが……」


 ギンッ!


 力のなかった目が強い光を取り戻します。


「てめえの熱気によぉ! いいだろう、すっかり忘れてたぜ、こんな気持ち! あぁ、クソっ! いいさ、やってやろうじゃねぇか! あぁぁぁ! ロマンがたぎってきたぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「わぁ、ホザキさんが珍しくやる気になってる!」


「あぁ、だがな、李牧。その前にてめぇに言っておかなきゃならんことがある」


「ハッ、なんでしょうか」


「オレは、まだ…………33才だぁぁぁぁぁぁ!」


「えぇ~!? ホザキさんってそんなに若かったんですか!? ってっきり白髪だからおじいちゃんかと……」


「これは苦労しすぎて白髪になったんだよ!」


「えぇ……? でも、肌とかカサカサで……」


「栄養不足なの!」


「えぇ~……カップラーメンばっかじゃなくて、ちゃんとご飯食べてくださいね……」


 と、こうして。


 東京。

 全国。

 そして天頂へと続くメジャーへの塔。


 この3つを制覇するために。

 私たちは動き出したのです。

 ここ──『新宿KAN-TAN』から。

 


 楽屋の片隅にある白い板には。


『アイドル戦国時代統一 = 「東京」×「全国」×「天空の塔」を制覇して5つの条件をクリア!』


 と、可愛らしい文字で記されていました。



 ────────────



 【あとがき】


 9話も読んでいただいてありがとうございます!

「ホザキさんに悲しき過去……」「ここまでが序章みたいな感じかな?(※ 作者「そのとおりです!」)」と思われた方は☆やハートをお願いします!

 次回は李牧の天敵が現れます!

 お楽しみに!


 また、この作品は『電撃の新文芸5周年記念コンテスト』にも参加してます。

 あと残り20日で規定文字数までの残り7万字を書けるよう頑張りますので、なにとぞ応援よろしくお願いします~!(拱手きょうしゅ!)

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