第8話 李牧、友を得る

「がっはっはっはっ! なかなか話がわかるやつじゃないか李牧は!」


「いえ、私こそホザキ殿の深い知識に深い感銘かんめいを受けております」


 ライブハウス『新宿KAN-TAN』の楽屋。

 そこで、私とホザキ殿は机を囲み熱く語らい合っていました。


「いやぁ~、まさかここまで李牧の解像度かいぞうどが高いとはなぁ。恐れ入ったぜ、李牧!」


「ホザキさん、好きでしたもんね~、その辺の漫画。たぶん気が合うんじゃないかと思ってましたよ~」


「おうっ! なんてったって戦いは男のロマンだからなっ! それを理解わかる女が存在するだなんて夢にも思わなかったぜ!」


 理解わかる──というより、実際に体験してきたことなんですけどね。


「日本の戦国時代や三国志もいいけど、なんと言っても最高なのは春秋戦国時代だよな~! なんたって、あの広大な中華大陸を初めて統一したんだからな! そして、その中華を統一した秦国と一番因縁深いのが趙なんだよ! 中華史上最強の男『白起』による40万人生き埋めの悲劇! そして、その恨みを晴らすべく、再度侵略してきた秦の名将桓騎かんきを討ち取ったのが……趙の天才軍師、李牧なんだよな~~~! くぅぅぅぅぅ~! ロマンがたぎるぜぇぇぇぇぇぇl!」


 ふむ、このホザキ殿。

 どうやら存外ぞんがいに熱い人物の模様。

 それに私のこともずいぶんと詳しく知っている様子。

 ふふ……嬉しいものですね。

 守りきれず、滅びてしまったとはいえ、こうして後世に私の存在が語り継がれているというものは。


「おう、お前らもカップラーメン食え食え! オレのおごりだからよ!」


「わ~い、昼ご飯代浮いたね~、李牧ちゃん」


「ホザキ殿、馳走になります!」


「あ、でも高いのはダメだからな! 生麺のはオレが食うから! 安いのにしとけ!」


「ホザキさんって細かいとこでケチですよね~」


「うっせ! 金ねぇんだよ、ウチは!」


 ホザキという老年に差し掛かった年頃の男性。

 黒い眼鏡に白い短髪。

 太い眉毛に、よく見れば鼻の頭に横に傷が入っています。

 まるで侠客きょうかくのようなその風体ふうてい

 ピタピタの服を着てる者が多い平成日本。

 そんな中で彼のゆったりとした上着と腰履きは、なんとなく私たちの時代を思い出させてなんだかホッとしますね……。


「はい、これ李牧ちゃんの分~。お湯入れてきたからね~」


 机の上に置かれた白い丼。

 その紙蓋には「豚骨醤油」と描かれています。


「ほう、これはまたずいぶんと香ばしい香りが漂っていますね。チアンとは私たちの時代に生まれた新しい調味料だったのですが、この平成の世では一体どのように進化を遂げているのでしょうか。味わうのが今から楽しみです、ふふっ」


「ね、ホザキさん、面白いでしょ? 李牧ちゃん、カップラーメンも初めて見る設定なんですよ!」


「ん~、まぁ、徹底したプロ意識……てやつだな。たしかに、こいつがただ者じゃないってことだけはわかったよ。普通、ここまで常時李牧になんかなりきれねぇって。こりゃプロ意識としか言いようがねぇわ。ヨーコ、お前もこれくらいプロ意識高かったらとっくにデビュー出来てただろうにな」


「え~、私はプロ意識高いと思いますけど~?」


 私の隣に座ったヨーコ殿が頬を膨らませます。


「どこがだよ、激低げきひくだっつ~の。デカいくせにそんな似合ってない洋服着てたんじゃ通るオーディションも通らね~だろ。自己プロデュースが出来ね~やつはもう通用しね~んだよ、今の時代」


「え~! 似合ってないのはわかってるけど……でも、私はこれが好きで、こういうアイドルになりたいんですよ……」


「だから、その『』が邪魔をしてんだよ! お前のアイドルとしての可能性をふさいでんの!」


「うぅ~……そこまで言わなくても……」


 ヨーコ殿、少し目に涙を浮かべています。


「私は素敵だと思いますよ、ヨーコ殿の服装」


「ほんとっ!? ありがと、李牧ちゃん! お世辞でも嬉しい!」


 キュッ。


 私の手を取るヨーコ殿。

 つられて思わず私の心の臓も「キュッ」っと音を立てます。

 ああ……この感情は一体どういうことなのでしょうか。

 偉大なる武霊王と名前が似ているから、私はヨーコ殿に心の底からの敬意を感じている……のだと……思います、おそらくは。


 今の私の体は女性です。

 なので、女性にときめくということはない……はずです。

 事実、ネカフェで自分の裸を見てもなんとも思いませんでした。

 なのになんで……?

 この気持は、いったい……?

 あぁ……天才軍師の名を欲しいがままにしてきたこの李牧にもわからないこの感情は一体なんなのだというのでしょうか……。


 ピピー、ピピー!


「あ、李牧ちゃん! 三分経ったよ! 食べよ!」


「え、ええ……」


 気を取り直し、ヨーコ殿たちの真似をして紙蓋を剥がします。


 もわっ……!


 途端に、丼から立ち込めた湯気が私の顔を覆いました。


「こ、この芳醇ほうじゅんな香りは……!」


「はい、この『かやく』と油を入れるんだよ~」


 ヨーコ殿は手慣れた手つきで私の丼の中に粉末と、驚くほどきれいに澄んだ色の油を注ぎます。


(こ、これが……)



 豚 骨 醤 油 !



 ズバッ! ズババババッ!


 なんという美味!

 なんと複雑かつ強烈な旨味と油の絡み合った……!

 これは……これは……!

 この李牧!

 陸地にいながら、佳味かみの嵐に飲まれて遭難してしまいそうです!


「……え、大丈夫? 李牧ちゃん? そんなに美味しかった?」


 気がつくと、私は一瞬で汁まで残らず、きれいに飲み干してしまっていました。


「──ハッ! これは、とんだ失礼を! あまりに素晴らしい饗応きょうおうゆえに我を失っていました! どうかご容赦を!」


「いや……謝る必要はねぇ。それだ……そのリアクションが正解だ。お前が『本物の』李牧、ならな」



 ……!

 もしや、この男……私が本当の李牧であることを見抜いたのでは……!?



「え? ホザキさん? いくらなんでもそんなことあるわけ……」


 ヨーコ殿が、鋭い眼光を私に向けるホザキ殿に声をかけます。


「お前、マジで……」


 ギロリ。


 黒眼鏡の奥の目が私を見据えます。


 も、もしかして、このホザキ殿になら、私は正体を明かしても……。

 ホザキ殿なら、私が春秋戦国時代から転移してきたことを受け入れてくれるかも……。



「本物の李牧──」



 ごくり……!



「の解像度高すぎだろ~~~!」



 そっちですか〜〜〜!



「ですよね~! 李牧ちゃん、演技うますぎ!」


「そりゃ、あの時代の人がとんこつラーメンなんか食ったらこうなるわな! どんだけ正確になりきってんだよ! マジですっげぇな、お前! 気に入った! よし、お前ここで働いていいぞ! もう、完全にオレの負けだわ、うん!」


「わ~、よかったね、李牧ちゃん! これで私たちバイト仲間~!」


「え、えぇ……。しかし、私たちはバイト仲間なだけではなく共に全国を制覇するアイドルグループの仲間になるのですけどね」


「えぇ~? 李牧ちゃんキャラ濃すぎるからな~。それにお金もないんじゃ、全国制覇どころかデビューすら無理だよ」


「だな。ま、仕事とか給与の支払い方に関してはまたあとから考えるとして……せっかくだから聞かせろよ。ズビズババ、チュルンっ」


 ラーメンなるものをすすり終わったホザキ殿が、浅く椅子に座り直します。


「天才軍師李牧にそこまで完璧になりきってるお前が──これからどうやって、アイドル戦国時代の天下を獲ろうと思ってんのかをよ」


 ふふっ……ホザキ殿から向けられる緊張感プレッシャー

 これは……軍議を思い出しますね。

 平成の世にも、これほどの「圧力」をかけられるものがいるとは……。

 まるで我が趙国の郭開かくかいばりの圧力ではありませんか。


「ええ、いいでしょう。とくとお聞かせしましょう」


 バッ!


 立ち上がり、私は手のひらを前に向けます。


「この李牧が、いかにしてアイドル戦国時代の天下を取るか──その方法を!」



 ────────────



 【あとがき】


 8話も読んでいただいてありがとうございます!

 この回は李牧が今後の戦略を語る回になるはずだったんですが、書き終わってみたらなぜかラーメン食べて終わってました!

 少しでも「そら、古代人がカップラーメン食ったらそうなるよな」「次回、どんな戦略語るんやろ」と思われた方は☆やハートをお願いします!

 次回こそ、とうとうやっと李牧がアイドル戦国時代攻略のための戦略を語ります!

 お楽しみに!


 またこの作品は『電撃の新文芸5周年記念コンテスト』にも参加してます。

 あと残り21日で規定文字数までの残り8万字を書けるよう頑張りますので、なにとぞ応援よろしくお願いします~!(拱手きょうしゅ!)



 【豆知識】


 【チアン

 ジャンという読み方で日本に伝わってきました。

 伝わってきたのは2000年前から。

 日本では最初の頃はひしおと呼ばれて伝わっていたそうです。

 それから遣唐使、遣隋使が活発に行き来するようになって、本格的に日本に伝わってきたようです。


 その遣隋使&遣唐使。

 どこから出発してたかというと、福岡からなんですね。

 だから福岡発祥のとんこつラーメンと醤油の相性がよかったりするのでしょうか?

 また、福岡の刺身醤油が甘かったりと独自の味覚を築いてるのも、ひしおが最初に本格的に持ち込まれた地であることと何か関係があるのかもしれませんね。


 さて、中国でチアンが誕生したのは、なんと日本伝来よりも1000年も早い3000年前から。

 日本では大豆から醤油を作ることが多いのですが、3000年前の時点の中国ではなんと120種類もの醤が作られていたそうです。

 その最古の文献が残ってるのが、この李牧が存命していたあたりの春秋戦国時代なんですね。

 実在の李牧もいろいろなチアンを食べて舌鼓したつずみをうったのでしょうか。

 な~んて想像してみると、なんだかちょっと楽しくなりますね。


 以上、醤油だけに「豆」知識でした。

「上手い!」「へぇ~」と思われた方はぜひハートをポチッとお願いします♡

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