第7話 李牧、ライブハウスに着く

 この国一番の繁華街、新宿歌舞伎町を通り抜けてから、さらに十分近く歩くとライブハウス『新宿KAN-TAN』の看板が見えてきました。

 ごく普通の集合住宅。

 そこの地下へと伸びた細い階段。

 どうやらその先に、私の祖国「趙」の首都「邯鄲かんたん」と同じ読み名をしたライブハウスなるものがあるそうです。


「ここ新宿って名乗ってるけど、もうほとんど東新宿なんだよね」


「しかしすごいですね、この街は。どこまで行っても巨大な建物が尽きることなく建ち並んでいます」


「李牧ちゃんってほんっとすごいよね~、そのキャラ設定の徹底っぷり! 日本の町並みすら見たことない設定かぁ~!」


「ふふっ、お褒めに預かり光栄です」


 私、李牧は「普段から李牧になりきっている人」という仮面をヨーコ殿から与えていただきました。

 少しややこしいですが、こちらのほうが私としても都合がよいですからね。

 アイドル戦国時代を統一する四年後、私は趙国へと戻るのです。

 本当のことを言って相手を戸惑わせるよりも「なりきり李牧」と思われていたほうが便利です。



 コツン、コツン……。


 ヨーコ殿の厚底の靴が音を立てて急勾配きゅうこうばいの階段を下りていきます。


 クイッ。


「あ、開いてる。やっぱりオーナーいるっぽい」


不用心ぶようじんですね」


「まぁ、盗られるものもないしねぇ~。繁華街から場所も離れてる貧乏ライブハウスだし」


 そう言いながら慣れた様子でヨーコ殿が中に入ると。



 ぬうっ。



「だぁ~れぇ~がぁ~貧乏ライブハウスだってぇ~?」



 黒い眼鏡をかけた不機嫌そうな背の高い男が奥から現れました。


「ひぇぇ、ホザキさん……! ち、ちがいますよ~……おもむきのあるいい感じのライブハウスだな~って言ってたんですよぉ~」


「はいはい、で? その素敵でセンスいい大人気のライブハウスにこんな時間に何の用……って、お前……ヨーコか?」


「え、はい。バリバリのヨーコですけど」


「いや、その顔……ああ、化粧か? はぁ~……化粧でこんなに変わるもんなんだな女って。こえ~わ、マジで」


「え~、怖いってなんですか怖いって~! あ、それよりもホザキさん! ここってバイト募集してましたよね!?」


「ああ、してるけど?」


「はい! ということで仕事したいって子を連れてきました! 李牧ちゃんです!」


「ん? りぼ……?」


 ヨーコ殿から紹介いただいた私は、一歩前へと進み出ます。


「ただ今ヨーコ殿にご紹介に預かりました、李牧と申します! 私、今は宿なし職なし金なしの身なれど、アイドル戦国時代を統一すべく立ち上がったところでございます! ホザキ殿、ぜひここで私を雇い、全国を統一するための軍資金を稼がせていただきたい!」


 拱手きょうしゅ


「な、なっ……なんじゃぁぁぁぁぁこの超絶美少女はぁぁぁぁあ!? えっ、でも服装クソダサっ! しかも、わけわからんポーズしてるし! 言葉遣いもおかしいし! そんで金も職も宿もなしって、要するにホームレスってことだよね!? おいおい、ヨーコ! てめぇ、とんでもねぇの連れてきてくれたなぁ!」


「ホザキさん、李牧ちゃんは中国の戦国時代の李牧ってキャラのなりきりアイドル志望さんなんです!」


「は? なりきり……? って、普段から李牧になりきってんの……? なんだよそれ……イカれてるってレベルじゃねぇだろ……。あ~、まぁ〜……そうだなぁ……こほんっ……まぁ、せめて身元くらいはきちんとしてないと採用できんわな……。ってことでキミ、身分証とかある?」


「ありません、ちなみに戸籍も!」


「あ、うん……」



 バタンッ!



「ちょっと~! なんで店から追い出すんですかぁ~!?」


「うっせぇ! そんな身元もわからねぇイカれた女を雇ったら店が潰れちまうわ!」


「イカれたってひどくないですかぁ!? これでも李牧ちゃんは私の事を二回も助けてくれたんですよぉ!?」


「知るかっ! それならお前の家にでも泊めて養ってやれ!」


 ふむ、正論ですね。

 しかし……逆に言うと、このホザキという男。

 確かな常識と判断力を持ち合わせている人物であるとも言えます。

 そのような人物に対し、詭弁きべんで対するというのは礼を欠く行為でしょう。

 よって、ここは……。


「ホザキ殿! 私は、姓は李、あざなは牧、名はさつ。名を省力して李牧、と呼ばれております! 私、理由わけあってアイドル戦国時代を統一しなければならなぬ身の上! しかしながら、今の私は無一文! この世界のことも実はまだよくはわかっておりません! しかし! 必ず私はやり遂げてみせます! 四年! 四年以内に必ずやアイドル戦国時代の統一を! そして、その拠点をこの邯鄲かんたん──いえ、『新宿KAN-TAN』に築かせていただきたい! そう思っているのです! 雇用の形態などについては多くを望みません! どうか、話だけでも聞いていただけぬでしょうか!」


 友が礼を示す際にもちいる拱手きょうしゅの一種──「時揖じゆう」をもって扉の前で訴えます。


 キィ……。


「アイドル戦国時代を統一って……。お前、それ……本気で言ってんのか?」


 かすかに開いた扉の隙間から、ホザキ殿が声をかけます。


「はいっ! 四年以内に必ず!」


 私は、決意を目に込めてホザキ殿の顔を見据えます。


 ええ、そうです。

 四年で私はアイドル戦国時代を統一しなければならないのです。

 なぜなら、四年で統一できなければ。

 私は──死ぬのですから。

 そして、趙国も……。


 アイドルとの関連の深そうな、ここ『新宿KAN-TAN』。

 しくも私の祖国「趙」の首都、邯鄲かんたんと同じ読み名のライブハウス。

 そこで働けるというのですから、私は一歩たりとも引くつもりはありません!


「……はぁ」


 諦めた、といった感じでホザキ殿はゆっくりと扉を開きます。


「……わぁ〜ったよ、飯食ってる間だけだぞ? 話くらいは聞いてやる」


 そう言って、ホザキ殿は扉を開け放ちました。


「ありがとうございます!」


「最近は、そんな夢のあることを言うやつもめっきり少なくなっちまったからな。ま、飯食ってる間の暇つぶしにくらいはなんだろ」


「ホザキさんも昔はよく言ってましたもんね~。うちのライブハウスから天下統一するようなアイドルグループを出すんだ〜、って」


「うっせぇ! だぁ~ってろ!」


 なるほど……このホザキという男。

 どうやら昔は天下取りを夢見ていた模様。

 そうですね。

 男であれば誰しも一度は胸に抱くものです。


『天下をる』


 そんな子どものような夢を。 


 ふっ、いいでしょう。

 趙国では叶わなかった天下取り。

 それを、かなえてみせようじゃありませんか。

 この李牧が。

 ヨーコ殿と一緒に。

 ここ、『KAN-TAN』から!



 ────────────



 【あとがき】


 7話も読んでいただいてありがとうございます!

 少しでも「たしかに言われてみれば李牧ちゃん怪しすぎる!」「ホザキさん、意外と常識人」と思われた方は☆やハートをお願いします!

 次回、ホザキに語った李牧のアイドル戦国時代統一のための『戦略』とは!?

 どうぞ、お楽しみに!


 また『電撃の新文芸5周年記念コンテスト』にも参加してます。

 残り22日で8万字書けるよう頑張りますので、なにとぞ応援よろしくお願いします~!(拱手きょうしゅ!)

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