第6話 李牧、化粧をマスターする

「新宿には大体50個くらいライブハウスがあってさ」


 ヨーコ殿は、そう説明しながら朝の新宿歌舞伎町を軽やかに歩きます。


「その中でアイドルがよく使うライブハウスが大体20くらい。で、今から行く『新宿KANかん-TANたん』ってのも、その中の一つ。って言っても、新宿じゃ一番弱小な小箱なんだけどね」


 今は土曜の明け方。

 通りを歩いてるのは夜通し宴会にふけっていた千鳥足ちどりの男女。

 そんな中、颯爽さっそう往来おうらいくヨーコ殿は一際ひときわ輝いて見えます。


「ほぅ、邯鄲かんたん! それはとてもよき名前ですな!」


 私の祖国「趙」の首都、邯鄲かんたん

 それと同じ名前とは。

 なにやら運命めいたものを感じます。


「え、そうかな? なんかお笑いライブ劇場っぽくない?」


「それよりヨーコ殿、その『ライブハウス』には、こんなに朝早くから行ってもいいものですかな?」


「あ~……どうだろ? 週末だし、オーナーはよく店に泊まってるから、多分いるとは思うんだけど」


「ふむ……ならば、あまり朝早くうかがいすぎても迷惑かもしれませんな」


「あぅ……言われてみればたしかに……」


「ということで! ちょっと私、寄りたいところがあります!」



 【デパート化粧品コーナー】


「ふぇぇっ……李牧ちゃん……? 私、こんな高級化粧品のフロアなんか来たことなくてキョドっちゃうんだけど……?」


「大丈夫ですよ、相手も同じ人間です。なにもおくすることはありません」


「えぇ~? そんなこと言っても、私たちめちゃくちゃ浮いてるんだけど~……おまけに二人ともスッピンだし~……」


「ふむ……では、ここにしましょうか」


「え、ここって……」


 Dvorlデボォール

 黒字に金色の文字でそう書かれた一画いっかく

 デパートという建物の敷地内のど真ん中に位置しています。

 おそらくは、ここで一番の格調の高い店でしょう。


「ムリムリムリムリぃ~! 無理だって、こんな高いとこ! ここ、チョ~高いんだよ!? いくら李牧ちゃんが私のことを助けてくれたからって、こんな高いのはお返し出来ないからね!? っていうかネカフェ代おごったから、もうお財布カツカツなんだけどぉ~!」


「大丈夫ですよ、ほら、見てください」


「ほぇ……?」


 店頭に立てられた看板には。


『メイクイベント

 本日10時から

 お気軽にご参加ください』


 と、書かれています。


「メイクイベント……。でも、これに参加したらやっぱり買わなきゃいけないんじゃ……怖いよ~」


「大丈夫です、私はもっと怖い敵と何度もあいまみえてきましたから!」


「それは李牧ちゃんの設定の話でしょ~!?」


「どのみち私にとって化粧は未知の領域。アイドルで天下を取るためには、これは学ばねばならないことなのです。ならば最初は、その道の達人に習うのが一番でしょう!」


「え~、それなら私が教えるってばぁ~!」


「いえ、ヨーコ殿も一緒に学んで、さらなる技術のレベルアップをはかるのです!」


「えぇ~!? 李牧ちゃん前向きすぎぃ~!」


「というわけで……すみません! このメイクイベントというのに参加したいのですが!」


 それまで私たちに背を向けて意図的に無視してた女性店員たちが一斉に振り向きます。


 ギロッ──!


 ほう、なかなかの眼光です。

 なるほど、理解しました。

 ここは彼女たちにとっての戦場なのですね。

 いくらイベントとはいえ、あきらかにお金のなさそうな私たちを相手する気はない。

 だからこうやって威圧し、追い払うつもりなのでしょう。

 しかし、こちらも人生が──いえ、趙国の運命がかかっているのです。


 よって──!


 その流儀に従い、正々堂々と打ち倒してさしあげましょう!



 3分後。


「ちょっと李牧ちゃん……? これ、一体どういうことなの……?」


 鏡面に向かって座った私とヨーコ殿。

 その隣には、スマホなるものを構えて動画を撮影している店員さんがいます。


「ご安心ください、ちょっと交渉しただけですよ。このメイクイベントの様子を撮影して、SNSにそれを投稿する。それを見て店に来た新規のお客様が1週間で5人いなければ、今日使ったメイク道具をすべて買い取るという契約をしたんです。血判書も書きました。あ、住所はネカフェの会員証を作る時に見たヨーコ殿のものを使わせていただきました」


「ちょっと! 何勝手に人の住所でとんでもない契約を結んでくれてるの! しかも血判書って! こわいんだけど!? っていうか昨日まで何も知らなかったくせに、スマホとか動画とか一晩で使いこなしすぎでしょ!」


 女性店員たちの目がキラーンと光ります。

 それもそのはず。

 だって、どちらにしろ彼女たちは絶対に損をしないのですから。

 となると、あとは……。


「ふふふ……じゃあ、始めますよ……ふふふ……」


 彼女たちも、その道の達人のはず。

 ならば、その彼女たちの内にあるはずの「誇り」を信じることにしましょう。



 数分後。


「は~い、出来ましたぁ~!」


「え……これが……私……?」


 信じられないと言った表情で鏡を食い入るように眺めるヨーコ殿。


「そして、李牧ちゃんも……」


 そう。

 私、李牧。

 さっきまでは眉毛ボサボサのスッピン。

 干からびたにわとりのような顔だった私が。


「とんっっっっっっっでもなく美人になってるんだけどぉぉぉぉぉぉぉお!」


 見るも美しくなっているではないですか。


「これは、この達人の方々のおかげです」


 私は店員たちの腕を褒め称えます。


「こちらのお客様は眉毛が特徴的でしたので、目元を中心に強めな印象に仕上げさせていただきました」


「こちらのお嬢様は最近流行りだした赤目メイクなんですが、下まつ毛を中心にゴールドも散らして、よりメリハリを強調しています」


 どこか満足げな店員たち。

 そして、いつの間にか周りに集まってきていた観客たちからも。


「おお~!」


 という歓声が漏れます。

 そして、私たちの変化していく様子を動画に収めていた「主任」と呼ばれていた店員が、相変わらずの厳しい顔をこちらに向けました。


「これだけお客様を集めてもらえたら、こちらとしても十分なんですが……約束は約束ですので。一週間以内に5人、よろしくおねがいしますね」


「ハッ! この李牧、命に変えてでも約束をまっとういたします!」


 拱手きょうしゅ


「ふふっ……お客様は本当に個性的な方ですね。それでは、1週間後にまたお会いいたしましょう。私の名前は『空同氏逗子くうどうしずこ』と申しますので」


 空同氏。

 しくも趙の政治家『趙無恤ちょうぶじゅつ』の妻と同じ名前ですね。

 これは、もしや今後とも縁があるかもしれません。


「さぁ、ヨーコ殿、そろそろよき時間です! ライブハウス『新宿KAN-TAN』へと向かいましょう!」


 私は空同氏に力強く拱手きょうしゅを残し、ヨーコ殿と共に店を出ます。


「あ~ん、李牧ちゃん待ってよ~!」


 ワッ──!


 私達が進むと、店の外に出来ていた人垣が二つに割れて道が開きました。


「やだ……この子達、さっきまでスッピンだったわよね……?」

「それがこんなに変わるだなんて……!」

「まぁ、素敵……!」


 そんな声を浴びながら、私たちは人垣を抜けます。


「ねぇ、店員さん! 今の子に使ったファンデどれかしら!?」

「今のコンシーラーは!?」

「あの眉マスカラはどれ!?」


 店員に押しかける観衆たちの声を背中に受けながら、私たちはDvorlデボォールを後にしました。


「ヨーコ殿、この動画はヨーコ殿のSNSアカウントから投稿していただいてもよろしいでしょうか?」


「うん、いいよ~。バズりそうな気がする~」


「これからは、この動画を見返しながらメイクの練習ですね」


「あ、動画って、そういう意味もあったんだ~? うんうん、たしかにモデルが私たちの顔だからね~。これは勉強になるよ~、ほんとに~」


 正直なところ、私は一度見てメイクの仕方をすでに完全に理解していました。

 しかし、今は私一人だけが理解できたところで、あまり意味はありません。


 ヨーコ殿と「一緒にあゆんでいく」ということ。


 今はそれが大事です。

 アイドルグループとしてチームがバラバラになってしまっては、たとえ私一人が理解していたとしても意味がありませんからね。

 ということで、これからはヨーコ殿と一緒にメイクの鍛錬にも励んでいくことにしましょう。

 それに、なぜだか私は……。


 ヨーコ殿と一緒になにかをしていきたい。


 そう思えてしまって仕方がないんです。


「あっ! でもメイクの練習するって言っても、まずはメイク用品を買うお金から稼がなきゃいけないからね~! ってことでぇ~……さっそく『KAN-TAN』に、レッツゴーだぁ~! わぁ~!」


「ふっ……ヨーコ殿、この李牧を相手に競争ですか!?」


「あはは~、伝説の将軍に勝っちゃうかもね~!」


 気持ちのよい春の日の午前。

 新宿の町の中を駆ける私たち。

 民たちは皆、私とヨーコ殿の美しさに見とれて振り向いています。


「ぬおおおおおおお!」


「ちょっ! 李牧ちゃん、マジ足速すぎぃ~!」


「ふふ、ヨーコ殿もまだまだですね! これからたっぷり鍛えて差し上げますよ!」


「え~、私まだ李牧ちゃんのアイドルグループに入るって言ってないんだけど~!?」


 こうして私、李牧は日本へとやってきて二日目で、無事に『化粧メイク』をマスターしたのです。



 【趙が滅ぶまで あと3年と364日】



 ────────────



 【あとがき】


 6話も読んでいただいてありがとうございます!

 少しでも「李牧チートすぎ」「どんなメイクだったのか気になる」と思われた方は☆やハートをお願いします!

 次回、ヨーコのバイト先に到着した李牧を待ち受けていたものとは!?

 お楽しみに!


 また『電撃の新文芸5周年記念コンテスト』にも参加してます。

 残り23日で8万字書けるよう頑張りますので、なにとぞ応援よろしくお願いします~!(拱手きょうしゅ!)

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