第5話 李牧、すべてを知る

 【まえがき】


 今回はヨーコ目線でのお話です。


 ────────────



「んにゃぁ~、いい匂い……」


「お目覚めですか、ヨーコ殿」


 ああ、そういえば私、『李牧』って名乗る女の子と一緒にネカフェに来てたんだった。

 それがこの李牧ちゃんって、ほんとに何も知らなくてさ。

 そのくせアイドルについてやたらと知りたがってて。

 しかも、私のことを『ヨーコ殿』や『王』なんて呼ぶ不思議な子で。


 ……って。


「さぁ、モーニングが無料でしたのでヨーコ殿の分もたんまりと持ってきましたよ。あ、それから趙国と私、アイドルのことも大まかに把握できました。ありがとうございます」


 カタカタカタカタカタ、ターン!


 李牧ちゃんがこっちに顔を向けたまま、すごく流暢りゅうちょうににブラインドタッチしてるんだけど?


「いや、李牧ちゃん!? さっきまでパソコンなんか見たこともなかった感じだったよね!? なんか、めちゃめちゃタイピングも早くなってない!?」


「ええ、もうすっかりと慣れましたよ」


「な、慣れたって……。しかも超マイナーなアイドルのサイトまで開いてるし……。それ、楽曲派の皮を被った幼女大好きおじさんがつどう沖縄の幼女グループじゃん……」


「はい、どうやらアイドルとはメジャーから地方、そして地底と呼ばれるものまで全国津々浦々つつうらうら数多あまた存在するようですね」


「なんか色々持ってきてるしさぁ……」


 机の上にはトーストからソフトクリーム、インスタントのお味噌汁がどっさりと山積みに。


「ヨーコ殿、なんとこれすべて無料なのです! しかもこのソフトクリームという甘味は大変なる美味! ぜひヨーコ殿も召し上がって一日の気力をたくわえてください。あ、寝起きでも体を冷やさぬよう、ちょうどいい温度になるように見計らって持ってきていますので」


 えぇ~……?

 寝起きを見計らってソフトクリームの温度調節って……。

 しかも、毛布やクッション、歯ブラシや綿棒なんかのアメニティもバリバリに揃えてあるし……。


「よい休息、よい準備、よい肉体の手入れ。それがあって初めてよい結果を導き出せますからね。この李牧、我が王ヨーコ殿のために万全の寝床を用意いたしましたよ!」


 得意げな顔の李牧ちゃん。


「いやいやいや……。李牧ちゃん? キミ、なにも知らなかったのにパソコンもネカフェも一晩で使いこなしすぎでしょ……」


「いえ、まだまだ道半みちなかば。パソコン、ネット、アイドル、ネカフェ。どれも奥が深いものですね」


 ハァ……。


「とりあえず、歯磨いて顔洗ってくるわ……」


「なるほど、お供します!」



 歯磨きシャカシャカシャカシャカ!


 洗顔ジャバジャバジャバジャバ!


 朝ご飯パクパクパクパク!



「ふぅ~。……で?」


「はい、この李牧、パソコンなるものと書物をもちいて祖国趙の行く末を把握することが出来ました。これもヨーコ殿のおかげです」


「いや、祖国って。李牧ちゃん中国も知らなかったじゃん……」


「私は、この書物の中にある『春秋戦国時代の趙国』から、平成の日本へと転移してきたのです、女性の姿となって」


「……え?」


 あ、もしかしたら李牧ちゃんって……ちょっとアレな人なのかも……。


「気がついたら私、このビルの一階の部屋にいまして」


 そう言って素早くギューギュルマップで新宿のビルを表示する李牧ちゃん。


「あっ、ここ『電ゲキ少女』の事務所が入ってるとこじゃん。最近越してきたばっかだからギューギュルマップには反映されてないみたいだけど」


「電ゲキ少女……そういえば、あの金髪の男もそんなことを言っていましたね」


「その金髪って多分『電少』プロデューサーの劇林辛太郎げきばやししんたろうじゃない? ほら、この人」


 スマホで写真を出して李牧ちゃんに見せてあげる。


「たしかにこの男です。そうだったのですか。この男が『アイドル』の『プロデューサー』……。私、その男にクビを言い渡されたんです」


「えぇっ!? 李牧ちゃんって電少のメンバーだったのっ!?」


「いえ、おそらくは誰かと勘違いされたのかと……」


「あ、そうなんだ~」


 でも、電少の事務所にいたってことは李牧ちゃんもアイドル志望ってことなのかな?

 あんなにアイドルのこと知りたがってたもんね。

 あ、ってことは……!


「うん、わかったよ!」


「はい? なにがでしょうか」


「李牧ちゃん──」


 そうだ、つまりはこういうことだったんだ。



「李牧のなりきりキャラ設定のアイドル志望さんなんだねっ!?」



 李牧ちゃんは一瞬、目を丸くしたあと。


「そのとおりです! さすが我が王! 素晴らしい洞察力です!」


 と言って頭の上にグーとパーを掲げた。


「そっかぁ~、それにしてもキャラ作りが徹底しすぎだよ~! 本当に李牧が転移してきたていのことしか知らないって言うんだもん。プロ意識高すぎ! で、李牧ちゃんはどこのアイドルグループに入りたいとかってあるの? やっぱり電少? 勢いあるもんね、今あそこ。どんどんメンバー増えてるし」


「それなのですが、ヨーコ殿……」


 ピシッと李牧ちゃんが正座してかしこまる。


「私はこのアイドル戦国時代を統一すべく、自身でグループを立ち上げようと思っております」


「へぇ~、セルフプロデュースってやつだ。最近増えてきたよね。え~っと、そういうのって『プレイングプロデューサー』……って言うんだっけ? メンバー兼プロデューサー。かっこいいよね、なんかカタカナいっぱい並んでて」


「はい、そしてヨーコ殿。あなたをぜひ私のグループにお誘いしたいと思っております」


「えぇ~? 私ぃ~?」


 え、それってどうなんだろ……?

 ちょっと李牧ちゃんのキャラ設定ってクセが強すぎるしさぁ……。

 それに、さっきまでアイドルがなにかすら知らなかった子にプロデュースなんて出来るの?


「はい! ヨーコ殿はまさにこの戦国の世の頂点に立つべき御方おかた!」


「いやいや、そんな……。私、面接で100回落とされてる女だよ……?」


「ふっ……それはただ『たまたま100人の愚将がいた』というだけのことです! さぁ、ヨーコ殿! 私と共にアイドル戦国時代を統一いたしましょう!」


 えぇ~? 強引だなぁ……。

 夢が大きいのはいいんだけどさぁ……。

 う~ん……。

 迷う……っていうか、判断材料が少なすぎてちょっとな~……。


 でも……なんだろう……?


 李牧ちゃんの言葉や表情の端々から漂ってくる、この。


『自信満々なオーラ』は……。


「私がヨーコ殿を天下一のアイドルにしてさしあげます!」


 こんな、明らかに変なキャラ設定の李牧ちゃん。

 お洋服も変で、眉毛もボサボサ。

 手ぶらで身分証もない。

 アイドルをたった今知ったくせに、アイドル戦国時代を統一するだなんて大風呂敷を広げて。

 常に自信満々で。

 姿勢が良くて。

 すぐ変な挨拶をして。

 私を二度も守ってくれて。


 ……うん。


 ここで会ったのも──なにかの縁、なのかも……。


 そうだね、私……。


 李牧ちゃんの誘いに乗ってみても──。


「そして、まずは……」


 いいか……も?


「軍資金を得るためになにか仕事を紹介してください!」


 ん?


「え、李牧ちゃん、無職?」


「ええ! ちなみに一円もお金を持ち合わせていません! さらに宿なしです!」


「え、そんな状態でアイドルグループ作って天下取るって言ってたの?」


「その通りです!」


「あ、うん……そうなんだ……」


「はいっ!」


 うん、めちゃめちゃ堂々としてて逆にいさぎよいね……。


「えっと……じゃあ、今から私のバイト先来る? 人募集してるからさ……」


「はいっ、ぜひっ!」



 結局、この時はすぐに返事はしなかったんだけど、これが私と李牧ちゃんと仲間たちによる空前絶後、奇想天外な天下取りの最初の一歩だったんだよね。



 ──────────



 【あとがき】


 5話も読んでいただいてありがとうございます!

 少しでも「李牧の順応スピードはえぇ!」「ようやく天下取りに動き出した~!」と思われた方は☆やハートをお願いします!

 次回、李牧が働くことになるバイト先とは!?

 お楽しみに!


 また『電撃の新文芸5周年記念コンテスト』にも参加してます。

 残り24日で9万字書けるよう頑張りますので、なにとぞ応援よろしくお願いします~!(拱手きょうしゅ!)

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