第4話 李牧、自分の漫画を読む

「びっくりしたよ、李牧ちゃん身分証ないんだから! ま、今日は仮の会員証で入れたからよかったけどね!」


 私たちは「」というところに入り、狭いながらも不思議と落ち着く部屋で向かい合っています。


「ええ、実は私こちらに来たばかりでして」


「引っ越してきたばっかってこと? あ~、でもわかるかも。こっち来たら転出届とか出す前に、まず新宿とか渋谷を見に行きたくなるもんね。私もそうだった~」


 足を崩して横座りするヨーコ殿。

 こんな薄暗い部屋の中でも美しさが減るどころか、スラリとした彼女の肢体したいが陰影を増してより魅力的です。


「ヨーコ殿もよそのさとから?」


「そうだよ、私は福岡から出てきたんだ。アイドルになるっていう夢を叶えるためにね! でも、たはは……」


 表情を曇らせて苦笑いをするヨーコ殿。


「なるほど、アイドルというのはなかなかに狭き門のようですね」


「狭き門っていうか、たんに私がデカすぎるだけなんだけどね……。みんなやっぱりちっちゃくて可愛い子が好きだし、運営もそういう子を求めてるからさ」


「ふむ……小柄だと人気……。アイドルとは偵察兵のようなものなのでしょうか?」


「ていさつ……?」


 押したら跳ね返ってくる不思議な床の上にピシッと正座した私とヨーコ殿の間に、不思議な沈黙が流れます。


「ん~……、あのさ」


 カチャカチャカチャカチャ!


「これ見てもらった方が早いかも」


 机の上に置いてある算盤そろばんをヨーコ殿が指で叩くと、目の前の薄い板に舞い踊る小さい女性たちの姿が映し出されました。


「!? これは……!?」


「ほら、これがアイドル。見たほうが早いっしょ」


 アイドル……?

 これが……?

 アイドルとは武将ではない、のか……?

 となると「アイドル戦国時代」、そしてその「統一」とは一体……?


「あれぇ~? そんなに食いつくように見ちゃってぇ~。もしかして李朴ちゃん、アイドルにハマっちゃったぁ~?」


「ヨーコ殿……」


「ん?」


「私に……」


 ガバッ!


 私は額を床に打ちつけます。


「アイドルについて教えてもらいたい!」


 アイドルとは──歌って踊るもの。

 将ではない。

 これは私にとって全くの未知なる領域。

 大幅に軌道を修正せねばなりません。

 でなければ、4年で「アイドル戦国時代」とやらを統一することは難しいでしょう。


「えぇ~!? ちょ、やめてよ、急に!? え!? なに!? そんなにアイドルのこと好きになっちゃったの!?」


「お願いします! 一刻も早くアイドルについて知らなければ、私の祖国が滅びるのです!」


「え、えぇ……? そこく……? えっと……じゃあ、色々込み入ってそうだし……とりあず、お風呂いこっか?」


「……はい?」



 【シャワー室】


「ここ、シャワー有料だからさ! 二人でいっぺんに入ったほうがオトクなんだよね!」


 そう言って、ヨーコ殿は細長い部屋の中へと足を踏み入れていきます。


「ここは……浴室ですか?」


「そうだよ、浴室って言ってもシャワーだけだけど。ま、二人一緒に浴びれないことはないっしょ」


「シャワー?」


「え、まさかシャワーも知らないとか……ないよね?」


「すみません、実は……」


「えぇ〜ほんとに!? シャワー知らないって、どんな田舎から出てきたの!? っていうか、よく新宿までたどり着けたね!?」


「それが、気がついたらたどり着いてまして……」


「なにそれ~、ウケるんだけど! まぁ、いいや。それじゃあシャワーを知らない李牧ちゃんに、私が使い方を教えてあげましょ~!」


 そう言って衣服をスポポンと脱いでいくヨーコ殿。


「ほら、早く李牧ちゃんも脱ぎなよ! なにげにここ制限時間あるし!」


 なるほど、制限時間。

 しかし、実は私。

 服を脱いで女になった自分を確認するのが少々怖いのですが……。

 仕方ありませんね。

 ここで怖気づいていてはえある「武安君」の称号がすたります!


(えぇい! ままよっ!)


 すぱぱぱぱぱ~ん!


 上着!

 腰巻き!

 そしてやたらと小さく伸縮性のある肌着と、胸の補整着を一気に脱ぎ捨てます!


 ふむ……。


 壁にかけられた鏡面で自身の一糸まとわぬ姿を確認します。


(しかしほんとうに貧相ですね……)


 女性的な凹凸おうとつもほとんどない、鶏ガラのような肉体。

 アイドルというものが踊って歌うものだとしたら、まずはこの肉体から大幅に鍛え直す必要がありそうです。


(それにしても……)


 私はホッと胸をなでおろします。


(自分の身体に劣情をもよおさなくてよかった……)


 これから四年間、私は女性として生きていかなければならないわけです。

 その日々の中で、いちいち自分の肉体に劣情をもよおしてしまっては大変な時間の損失となります。

 しかし、どうやら私の性嗜好せいしこうも肉体に伴ってくれた模様。

 これで安心してアイドル戦国時代統一に向かって邁進まいしんできま……。


「李牧ちゃん、どったの? 鏡の前で考え込んじゃって」


「いえ、なんでもありま……」


 くるっ。


「ぶふーーーーーーーーーっ!」



 豊 満 ☆ !



 生命!

 母なる海!

 圧倒的な母性!

 おう! そしてとつ

 私は自分の肉体にこそ劣情を催しませんでしたが、これは……!


「わぁ~~~! 李牧ちゃん、大丈夫!? 鼻血! 鼻血出てるって! 顔! 顔洗って!」


 ふふふ……。

 やはり王、あなたは素晴らしいお方だ……。

 なんせこの天才軍師の名をほしいままにしてきた李牧を一発で再起不能にするのですか……ら……。


 ガクッ……。


「ちょっと、李牧ちゃん!? 李牧ちゃ~ん!」



 【ネカフェ個室】


 ぱちくり。


 目を覚ますと、顔の前にヨーコ殿の顔がありました。

 どうやら私はもといた部屋で膝枕をしてもらっているようです。


「……これは、申し訳ありません。この李牧ともあろうものが……」


 鼻には小さく丸められた紙が詰め込まれています。


「いいんだよ~、私の方こそごめんね~。李牧ちゃん、いっぱい私のこと助けてくれて疲れてただろうに気がつかなくてさ。もうちょっとゆっくり休んでからお風呂行くべきだったね~」


「いえ、いいんです。私には時間がないのですか……ら……。うぅっ……」


 ぐらり。


「ほら、ダメだって急に起き上がったら。それよりさ。李牧ちゃんのこと聞かせてよ。色々話噛み合ってないみたいだし、まず李牧ちゃんのことを聞きたいな~って」


「私のこと、ですか」


 後頭部でヨーコ殿の柔らかな太ももの感触を感じながら、そう答えます。

 しかし、一体どのように説明したらいいものやら……。


「でさ、李牧ちゃんの『李牧』って、もしかしてこれのこと? とか思って持ってきたんだけど~」


「?」


 そう言ってヨーコ殿が掲げた書には、こう書かれていました。



『春秋戦国時代を駆けた天才軍師、李牧 ~その激動と波乱の人生の全て~』



 バッ──!


 書を掴み取ります。


「こ、これは……! わ、私……?」


「あ、やっぱりそうなんだ? ってことは李牧ちゃんは中国人なのかな?」


「中国……?」


「ん? 中国ってのは~……」


 カチカチっ。


「ここだよ~」


 目の前の板に映し出されたのは──。


「ちゅ──中華ではないですか! それも、こんなに緻密な地図……一体どうやって……。──ハッ! 趙国は……我が趙国はありますか!?」


「ん~? 『趙』って、李牧って人がいた国だよね? え~っと、たしか滅んだよ」


「ほ、滅んだ……」


「うん、『秦』って国に滅ぼされてた気がする」


「そう、ですか……。結局、秦国に負けてしまったのですね……」


 今、はっきりとわかりました。


 ここは未来。


 そして、私も後世に語り継がれている。

 

 ……ならば。


 すべて知りましょう。


 私に、趙国に起きた運命を。


「ヨーコ殿!」


「な……なに?」


「しばしお時間をいただきたい! この書と、その板をもって中華と趙国の歴史について学んだ後に、改めて自己紹介をさせていただきます!」


「え、そう? じゃあ私ちょっと寝てていい? 昨日バイト遅くまでやっててさ。あ、じゃあアイドルに関してもわかるように、ウェキペェデアとかまとめサイトとか開いとくから。まずはそれ見てよ~」


「ハッ! お心遣い、感謝いたします!」


 拱手きょうしゅ


「あはは! 相変わらず大げさだね~、李牧ちゃんは!」


 さぁ、書と不思議な板よ。

 教えてもらいますよ。

 私と趙国に、一体なにが起きたのか。


 ぱらり……。


 私は手に持った書を、食い入るようにめくっていきました。



 ────────────



 【あとがき】


 4話も読んでいただいてありがとうございます!

「李牧くん、自分の漫画読んじゃった!」「漫画って◯◯◯◯◯じゃないんだw」「TS百合展開推せる!」と思われた方は☆やハートをお願いします!


 そして、すべてを知ってしまった李牧の取った決断とは!?

 以下、次回!


 また、『電撃の新文芸5周年記念コンテスト』にも参加してます。

 残り25日で9万字書けるよう頑張りますので、なにとぞ応援よろしくお願いします~!(拱手きょうしゅ!)

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