第3話 李牧、電動スクーターに乗る
「はい、これお礼~」
ヨーコ殿が私に巻物のような円柱状の物体を差し出します。
「李牧ちゃん、変わってるからこういうのが好きかなと思って『おしるこ』買ってきちゃった」
ニカッ。
ああ……なんという無邪気で
トクンっ──。
思わず、この李牧の鼓動も速まります。
受け取った物体は、ほんのりと
そしてこの李牧、ピーンと来ました。
おそらくこれは飲み物なのでしょう。
きっとこの円柱状の物体は水筒のようなものに違いありません。
しかし、これはどうやって飲めば……。
「ちょっと貸してみて」
カシュッ!
「はいっ! 李牧ちゃん、缶開けるの苦手だったかな?」
再び私に缶とやらを差し出すヨーコ殿。
「おぉ……」
なんという心遣い……!
なんという情に満ちた方なのだ……!
ザッ!
気がつくと、私は片膝をつき
「ちょっ……! なんでまたその変なお辞儀してんの~!? だからパンツ見えちゃうって、それぇ〜!」
私はこれまで、なかなか理解ある王に
もし、このような王に出会うことが出来ていれば、きっと今ごろ私は……。
ぶんぶんっ。
頭を振って、そんな空想を振り払います。
人生に「もし」はありません。
今をしっかりと生きる。
私が今やるべききことは、それだけです。
私は「おしるこ」なる甘味に
「私さ、アイドル……になりたいんだよね」
広場の端っこにちんまりと両膝を抱えて座ったヨーコ殿は、ポツリとそう切り出しました。
(アイドル)
アイドル戦国時代というものが広がっているらしい、この
いきなり本丸の「アイドル」というものにたどり着けました。
「でさ、ほら、私……背、デカいじゃん? 可愛いお洋服とかも好きで着てるんだけど、似合ってないって自分でもわかってるし。だからどこの事務所にオーディション行っても落ちちゃってさ。さっき行ったところでちょうど100回目だったんだよね、面接。で、それもやっぱり……」
きゅっ──。
そんな音が聞こえてくるかのように、ヨーコ殿は寂しそうに背中を丸めます。
ぐぬぬ……おのれ、面接官め!
こんな純朴な少女を悲しませるとは……!
アイドルとは、一体いかなるものか!
気がつくと私は立ち上がっていました。
「ヨーコ殿が気に病む必要は一切ありません! 『アイドル』というものがどのようなものなのかはわかりませんが、おそらくは戦国の世を戦い抜くための『
「はは……しかん? とかちょっとよくわかんないけど、励ましてくれてるんだよね? ありがとね」
きゅっ……!
力なくそう笑うヨーコ殿の顔を見て、私は胸が締め付けられるような気持ちになります。
「気休めにあらず! このヨーコ殿の才覚溢れる姿を見て何も感じぬ将がいたとすれば、その者は間違いなく凡将、いや愚将でしょう!」
私は思わず
「ところどころ言ってる意味はわかんないけど……ありがとね。元気づけようとしてくれてるのは伝わった。優しい子だね、李牧ちゃん」
や、やさしい……ですって?
この李牧。
武勇や知略、謀略に戦術を褒められたことは多々あれど……。
『優しい』
などと言われたのは生まれて初めてです。
しかも優しい──「子」、だなんて……。
これではまるで……まるで……。
私が……。
子供、みたいじゃないですかぁぁぁぁ!
ハァ、ハァ……。
しかし、なぜでしょうか……。
その子供扱いされていることに、どことなく。
「安らぎ」
を感じてしまっているのは……。
(「バブー! バブバブー!」)
私の脳内の赤ちゃんたちが騒ぎ出します。
フッ……そうですね、この感情を「バブみ」とでも名付けましょうか。
ええ、ヨーコ殿。
あなたは本当に大した人物ですよ。
なんてったって、この李牧に「バブみ」を感じさせるんですからね!
「……どったのぉ? だいじょうぶ? お~い?」
「──ハッ! すみません、ヨーコ殿のあまりの素晴らしさに意識が飛んでおりました」
「え、なんか素晴らしい要素あったっけ、私……?」
「それよりもヨーコ殿、その『アイドル』というものについて詳しく聞きたいのですが……」
アイドル戦国時代統一への思わぬ手がかり。
アイドルとは一体なんなのか。
それを尋ねようとした時──。
「兄貴ぃ! あいつですっ!」
先ほど私の追い払った野盗が仲間を連れて戻ってきました。
「んだぁ? おめぇ、あんな女にビビってケツまくってきたってのかよ?」
ふむ……先程の男よりかは
(これは……マズいかもしれませんね)
一対一なら簡単には負けない自信があります。
しかし二対二……いえ、二対一ですか。
おまけに私はヨーコ殿を守りつつ、この女の体で戦うわけです。
(せめて武器……いえ、馬でもあれば……)
周囲を見回します。
「なにキョロキョロしてんだぁ!?
「
ガッ──!
ヨーコ殿の手を取ります。
「こっちです!」
「え、ちょっと!?」
「おい、テメェ! 逃げんのか!? あぁん!?」
「逃げる? いいえ、違いますね!」
ダッ──!
「ちょっと失礼しますよっ!」
「うおっ、おい、なんだあんたらっ!?」
私とヨーコ殿は、道を走っていた小型の馬──。
「李牧っ、これ他人の電動スクーターだよっ!」
「うぉいっ!? マジでなんなんだ、あんたら!? これに三人乗りは危ないって!」
「大丈夫ですよ、私はこう見えて騎馬には慣れていますので──。ハァッ!」
ピシッ!
「おぉい!? 人のスクーターになにして……って、ウォぉぉぉぉ!?」
ブォォォォォォォォォォォン!
そんな鳴き声を上げて、小さき名馬は速度を上げます。
「我が名は李牧! 私は守戦こそを最も得意とした軍師ですよ! これは『逃げ』ではなく『防御』なのです! さぁ、あなたたちに攻める気があるのであれば追ってくるがいいでしょう! しかし、追ってきたが最後──あなた達は、本当の『戦い』を味わうことになるでしょうがね……!」
「くっ……! 次会ったら覚えてろよ、てめぇら!」
「ははは! まだ
「ちょっと~、李牧! あんまり煽んないでってぇ~! あおり運転禁止ぃ~!」
町の民たちも私たちに注目して歓声を上げます。
「おいおい! 女二人が電動スクーター乗っ取ってるぞ!」
「さっすが新宿だな! 治安がやべえぜ!」
「あの男、女二人にサンドイッチにされるとか羨ましすぎぃ!」
「これもう強盗っていうかそういうプレイだろ!」
「エッッッッッッ!」
「チンピラ馬鹿にされてて草ァ!」
「ちょっと李牧!? めちゃくちゃ注目されてるんだけど!? って、あぁ~、動画とか撮られてるしぃ~! 恥ずかしすぎるんだけどぉ~!」
「はは、見られても別に死ぬわけじゃありません。気楽にいきましょう、ヨーコ殿」
「も〜! 李牧はそんな適当なことばっかり言ってぇ~! でも……」
ヨーコ殿の優しい声が、私の耳元で囁かれます。
「二回も助けてくれて、ありがとね」
ボンッ!
おかしいですね、私の今の身体は女性のはずなのに。
なんで……こんなに心の臓がドキドキと早鳴りし、体が熱くなっているのでしょうか……?
いえ、落ち着くのです……李牧。
今はそれよりも気にしなければならないことがあるはずですよ。
そうです。
私はヨーコ殿と出会い、アイドルというものへの手がかりを得ました。
アイドルというのは、試験なりを受けてなる「将」のようなもの。
ええ。
間違いありません。
私は確実に近づいています。
アイドル戦国時代の──。
統一に向けて。
ブィィィィィィィィィィィン!
「ちょっと! あんたらもういいだろ! 下りてくれよ!」
こうして私たちは名馬の主に礼を言って別れると、一息つくために「
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【あとがき】
3話も読んでいただいてありがとうございます!
「電動スクーターが名馬って(笑)」「李牧がバブみはヤバい」と思われた方は☆やハートをお願いします!
いよいよアイドル戦国時代(2016年)の統一に向けて動き出していきます!
はたして李牧の描くアイドル戦国時代統一のための「戦略」とは!?
また、『電撃の新文芸5周年記念コンテスト』にも参加してます。
残り26日で9万字書けるよう頑張りますので、なにとぞ応援よろしくお願いします~!(
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