第2話 李牧、王と出会う

 さて、と。

 このアイドル戦国時代とやらに向かって大見得おおみえを切ったはいいものの、私はここの事を何も知りませんからね。


 はたして、どの国がを築いており。

 どんな世界が広がっているなのか。

 そして。

 私は誰につかえ。

 どこから攻めるべきなのか。


 知らなければならないことは沢山あります。

 いえ、それ以前にまず最初に知らなければならないのは……。


 バッ!



「新宿なる土地の民よっ! 今のこよみを、この李牧に教えよっ!」



 シ~ン。



 民たちは一瞬だけ足を止めて私に注目したものの、すぐに顔をそむけて立ち去っていきました。


(ふっ……そういうことですか……)


 これまで私はどこへ行っても「軍師様」「宰相様」とおだてられ、周りには常に誰かしら部下や民がいたものです。

 なので。


『問えば、すぐさま答えが返ってくる』


 いつしかその状態が当たり前になっていました。

 しかし、ここは得体の知れぬ異郷いきょうの地。

 部下も。

 私をしたう民も。

 誰もいません。


(寂しい……ものですね)


 私の脳裏を賑やかだった仲間との日々がよぎります。


「ふっ……しかし残念ですね! この李牧の心は、そんなことでは折れませんよ!」


 そうです。

 期限は四年。

 その間にアイドル戦国時代を統一して趙に戻らねばならないのです。

 一刻たりとも無駄には出来ません。

 民がいないというのなら、増やすまでです!


 さて、と。

 では、地道に一人ひとり当たっていくとしますか。


「すまないが、今のこよみを教えてもらえないだろうか」

「はぁっ!? こよみって何!? 日本語喋ってくれる!?」


「すまないが、今のこよみを……」

「きぃ~! 貴様絵売りアンエウリアンだな!? 買わない! もう絶対に買わないぞぉぉぉぉ!」


「すまないが、今の……」

「やっべw チョー横のパパ活女って自分から声かけてくんのかよw こっわw やべ~、なんか感染うつりそうw エンガチョw」


 

 ぜ、ぜんめつ……だと……!?



 匈奴きょうどを相手に連戦連勝の山を築いてきたこの李牧が……?


 いや、それよりも……。


 そもそも異国の民たちの使っている言葉がわからない……。


 ニホンゴ?

 エウリアン?

 パパカツ?

 エンガチョ?


 くっ……! 一体何を言っているのだ、彼らは……!

 こんなところで時間を食っている場合ではないというのに……!

 歯がゆいですが、ここは一旦退いて立て直すべきでしょうか……。


 ぶつぶつぶつ……。


 以前のクセなのでしょうか。

 生えていないヒゲを触るように指をこすり合わせながら、私がブツクサと考え込んでいると。


 ドンッ!


「キャッ!」


 道行く女性にぶつかってしまいました。


「いたたた……。すみませんね、考え事をしていたもの……」


 尻もちをついた私は、顔を上げます。


「でぇっ!?」


 で、デカいっ!

 私が女になって背が縮んだということもあるのでしょうが、それにしてもずいぶんと背の高い女性です。

 中華全土で見ても、これほどの長身の女性はなかなかいません。


 そして、その格好も特徴的です。

 フリフリのたくさん付いた衣服に、膝上丈の腰履き。

 やらたと底の厚い履物を履き、膝下までを白い布で覆っています。

 髪は頭頂に近い位置から両方向に結んで垂らしています。

 顔立ちは端正たんせいとは言えませんが、どことなくかれる愛嬌のある顔立ちです。


「あらら、大丈夫?」


 長身女性が、私を気遣って手を差し出します。


「すみません」


 その手を握り、「よいしょ」と立ち上がります。


「ううん、こっちこそごめんね。ちょっと落ち込んでてさ。あ、怪我とかしてない?」


「ふっ……これしきで怪我をするような李牧ではありませんよ。こう見えて鍛錬は欠かしてませんので」


「? そう? それならいいんだけど」


 キョトンとした顔を見せる女性。

 ふむ、そうですね。

 一応、この女性にも聞いてみることにしますか。


「今のこよみを教えてもらえないだろうか」

「こよみ? こよみって年月日のことだよね? 今は2016年の4月1日の金曜日だよ?」


 なんと!

 あっさりと教えてもらえました!


「どうも、感謝いたします」

「いえ、どういたしまして~」


 私は胸の前で拱手きょうしゅ──拳に手のひらを当てて礼を告げます。


(なんだ、あっさり教えてくれる方もいるじゃないですか。きっと、私がさっきまで声をかけたのは相手が悪かったのでしょうね)


 さて。

 今の暦がわかりました。

 しかし、2016年とは?

 それに、ここがどこかもまだわかっていません。

 ふむ……。

 今からまた別の民に尋ねるよりも、もうちょっとあの長身の女性にたずねた方がいいのかもしれませんね。


「そこの女性、よければもう少し……」


 声をかけようと振り向くと。


「キャッ!」


 ドンッ!


「おうおう、てめぇ、どこに目をつけてくれてんだ、あぁん!?」


 なんと。

 先程の女性が、野党やとうらしきがらの悪い男にぶつかってしまっているではないですか。


「す、すみません! すみません!」


「おうおう! すみませんで済んだら警察も裁判所も日米安保条約もいらねぇんだよ、あぁん!?」


「ごめんなさい、私ちょっと落ち込んでて……」


「落ち込んでたら他人を怪我させてもいいってか!? おう!? どう落とし前つけてくれんだ!? お風呂のお仕事にでもいて弁償するか!? あぁぁぁぁぁん!?」


 まったく……。

 どこにでもいるものですね。

 この手のヤカラというものは。


「黙ってちゃわかんねぇだろうが!? どうやって、オレの怪我を 弁 償 す ん だ っつってんだけどぉ!?」


「えっと、あの……」


「あのじゃわかんねぇだろう……ぐわぁぁぁ!?」


 男の腕を後ろからねじってやります。


「女性は謝っているでしょう。それに、ぶつかったのは半分あなたのせいでもあるのでは?」


「あ、なんだテメェ!? ぐぁっ……!」


 肩を強くめます。


「私は李牧。その女性にちょっとした恩がある者ですよ」


「りぼ……? てめぇ、こんなことしてタダで済むと思ってんじゃ……」


「そちらこそ……」


 さらに強く──。


「誰に口を聞いてるのか──わかっていないようですね!」


 肩をめます。


「ぐわぁぁぁぁぁぁ! わかった! わかったから! 離せ! 離せって!」


「ふんっ」


 バッ。


 離してやります。

 

「てんめぇ~……」


「まだ、やりますか?」



 シュコォォォォォォォォ……!



 私は無手のまま、槍を手に持った風の「型」を取ります。


「あ? てめぇなにを……」


 そして、空想の槍を男の喉元に突きつけます。


「う……うぐっ……!」


 男も多少は鼻が効くのでしょう。

 突きつけられた「死」の香りを感じ取り、動きが止まります。


「お……覚えてろよ、テメェら!」


 男は、そう捨て台詞を残し大股で去っていきました。


「ふぅ」


 女の体になった私ですが、どうやら武芸の技は変わらず身についているようですね。


「あ、ありがとうございました!」


 長身の女性が、私に向かって頭を下げます。

 見事なまでの直角なお辞儀です。

 うん、きっと性根が素直な子なのでしょう。

 春の蒼天そうてんを思わせる、実に気持ちのよい所作しょさです。

 ふふっ、なんだか長揖ちょうゆう(※ 話末で解説)を思い出しますね……。

 よし、ならば……!


 バッ!


 私は拱手きょうしゅをもって、それに応えましょう!


「お怪我はありませんか?」


「ええ、まったく! こう見えて頑丈なんで! えへへ!」


「そうですか、それはよかったです。私は姓は李、あざなは牧、名はさつ。名を省力して李牧、と呼んでいただければ」


「あ、私の名前は舞励応雍子マーレオようこって言います! ヨーコって呼んで下さい!」


「まーれお……? どのような字を?」


「え~っと……これです!」


 そう言って女性の差し出した小さな紙には。



『舞励応雍子』



 と書いてありました。

 その文字を見た瞬間。



 ゴロピシャドッカァーーーーーン!



 私の頭に稲妻が落ちたかのような衝撃が走ります。


 

 れい

 おう


 こ……これは……!

 趙国で最も偉大な王であった──。



 武霊王ぶれいおう



 と読めるではないですか!

 しかも武霊王のあざなである「よう」まで同じとは……!

 ハッ……! もしや彼女は武霊王の生まれ変わり……?


 ……よし、決めました。


 聞けば、このヨーコ殿、なにやら落ち込んでいる様子。

 ならば、その原因をこの李牧が解消してさしあげましょう!

 もちろんアイドル戦国時代も統一いたしますが、これもきっとなにかの縁!

 ここはひとつ力になってさしあげるべきでしょう!

 それが、この李牧の思い描く「人の道」というものですから!


 さぁ!

 武霊王──改め舞励応雍子殿!


 ザッ!


 私は片膝をつき、額高く拱手きょうしゅを掲げます。


「この李牧めに、悩みをご相談くださいませっ!」


「え!? ちょっと!? なにやってんの急に!? ああ〜、パンツ見えてるって! 立って! ほら、立って!」


 ふふ……なんという思慮深く謙虚な王なのでしょうか。

 ヨーコ殿、あなたの抱えている悩み、この李牧が全てまるっと解決してあげますよ……ふふふ……。


「ちょっ、だから何笑ってんの!? 怖いんだけどぉ~!?」



────────────


 【あとがき&解説&補足】



 2話も読んでいただいてありがとうございます!

 少しでも「ヒロインがノッポなの意外!」「ヒロインの名前が舞励応雍子マーレオようこって!w」と思われた方は☆やハートをお願いします!


 名前が変&ノッポヒロインでも、中身は王道で進んでいきます!

 また、『電撃の新文芸5周年記念コンテスト』に参加してるので、残り27日で10万字書けるよう、なにとぞ応援よろしくお願いします~~~~~!



 以下、解説です。


 【拱手きょうしゅ

 片手をグー。

 もう片方の手をパーで、反対側のグーを包むようにする挨拶です。

 拱手きょうしゅにはいくつか種類があるそうです。

 そのなかの一つが長揖ちょうゆうです。


 【長揖ちょうゆう

 額の位置まで手を掲げてする拱手きょうしゅ

 90度以上のお辞儀もセットになっているそうです。

 中国の大河ドラマで皇帝なんかの前で部下たちがよくやってるあれですね。

 今回、李牧がヨーコのお辞儀を見て思い出したのもこの長揖です。


 この二つが今回出てきた拱手きょうしゅですね。

 今後も出てくると思うので、解説として書かせていただきました。

 他の細かい設定や補足、解説などは近況ノートに書いていきますので、よければ作者フォローをお願いします。


 それでは、ぜひ次の話も読んでください!

 最後まで読んでいただいてありがとうございました!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る