星の世界を旅する人は

季都英司

星の世界をレトロに旅する旅人のひととき

 私は星の世界を旅する旅人だ。

 目的は簡単。観光である。

 知らない街を訪れて、知らない文化に触れ、知らない人たちと交流を交わす。そんなことにひどく憧れてこんな旅をしている。


 今や実際に星を訪れて旅をしようなんて人は少なくなった。文明が行き着くところまで発達したせいで、ヴァーチャルの中でどこにでも行ける。

 旧世代のようにビジョンを見るだけはなく、感覚フィードバックにより、五感すべてでヴァーチャルを体験できる今となっては、リアルとヴァーチャルの境界は限りなく希薄になったと言える。

 だけど、私はリアルの世界を旅することを選んだ。星の空気と生み出す世界観は、やはりどこまで言っても現地でしか体験できないものなのではないかと私は思っている。

 いや、これすら本当ではなくそこに実際には差なんてなくて、私がほしがっているのはきっと、そこに行ったという体験と記憶それだけなのだろう。

 それだけに何の意味があるのか、と言われてしまいそうだが、きっと私にとってはそれがすべてで人生のすべてを突き動かす根源衝動というやつなのだろうと思う。


 行かずには居られない。実感せずには居られない。ただそれだけなのだ。

 レトロ主義と笑わば笑え。それが私であり、私の生き様なのだ。そもそも趣味は個人の選択であり、どこまでいっても自由なのだ。それが本当の自由な世界のはずである。

 なんていいわけを心の中でしつつ、今日も私は目的の星に向かう。

 愛車のコメットにまたがって、これまたレトロなエンジン音と振動に揺られながら、星間の軌道に牽かれたスターロードをひた走る。

 このスターロードは、光子と反重力を駆使して造られたという虚空にひかれた道である。乗っているだけで超加速で進むことができ、安全確実しかも暗黒の世界の中で輝く道が実に美しい景色を描く。これを眺めながら走っているだけでリアルを旅する意味があるというものだ。


 闇の中に無数にきらめく光の道。

 まるで幾何学模様のように、あやとりの糸のように空間に模様を描く。この景色が私は大好きだった。ヴァーチャルでは、移動を楽しむ人はあまり居ないと聞く。これは移動のためのものであり、アトラクションではないからだ。楽しむだけならエンターテインメントな世界を選択すればいい。この楽しむためでないところを楽しむというのも、旅の醍醐味と言うところであろう。

 目指しているのは、ここから10星域くらいのところにある小さな星だ。観光ガイドによると、意図のわからない不思議な塔と庭園があるという。 見た目が現代の建築思想では計れない特異な形式をしていて、珍しくはあるが面白いものではなく、なぜそういう造りなのかもわかっていないという。

 あまり観光的な価値はないと評価されていたが、だからこそ私は行きたいと感じたのだ。

 今の速度ではまだたっぷり数時間はかかりそうな距離だが、移動を楽しめる私にはそれすらも問題にはならなかった。

 そんな調子で走っているうちにコメットのナビにインフォメーションが通知される。


《近くに星の駅あり》


 それはちょうどよい。そろそろ休憩したいところでもあったので、そこで休むことにしようかと私は決めた。

 《星の駅》はスターロードの途中にある休憩所のような場所で、駐機スペースと簡単な飲食物の提供があり、移動に疲れた旅人がよく休むところである。

 とはいえ、実際の移動が少なくなった現代ではおそらく利用する者はほとんどいない。無事に稼働していればいいなと思いながら、駐機場に愛車のコメットを止める。駐機スペースには案の定誰も居ないようだ。まあ今時そんなものだろう。

 星の駅舎は、レトロな風合いを目指した設計になっているのか、旧世代のような平屋建築で、きっと昔は土産物でも売っていたのだろうスペースが休憩スペースとして解放されていた。


 奥にカフェテリアがあるが、もちろん無人だった。灯りがついているところを見ると稼働はしているようだ。最低でも飲食は可能だろう。

 社会のすべてのインフラが、自動でメンテナンスされるようになって、ほとんどのシステム・サービスは無人化された。そんな中で取捨選択・統廃合等あったと思うが、星の駅はどうやら残る側に入ってくれたらしい。

 トラベラーを生業としている私としてはありがたい限りだ。

 カフェに入るとベンダーが壁に並んでいる。注文はメニュー選択だが、おそらく出来合いのものが入っているのではなく、合成食材から自動で造ってくれるタイプだろう。その方がコストがよりかからない。出来合の製品のチープな味も好きなのだが、今はこのできたてのありがたさが勝る。

 メニューから熱いコーヒーと、チーズとローストミートが入ったサンドイッチを注文する。

 どういう仕組みだか、ほとんど待つことなく提供口に出されたそれを持ち、窓際の席に座って食べることにした。

 まず熱いコーヒーを一口。この美味しさだけはどんな時代でも変わらないだろう。旅で疲労した体に熱い香ばしい香りがしみこんでくる。

 数口すすったところで、体がじんわりと温かくなってきた。少し息を吐いて椅子の背もたれに体を預けた。


 不思議だ。


 どんなに時代が変わっても、なんとなくこの行動と感覚は、いつの時代の旅人にも共通しているような気がしている。

 時代を超えて旅人の思考がつながっている感。

 きっとどんなに社会と技術が変わっても、この旅をしたい。別の場所に行きたい。と言う欲望は人の根源に残っている衝動なのではないかと感じられた。

 違うのは景色くらいか。

 窓から外の景色を眺める。

 どこまでも見える宇宙と呼ばれた虚空の世界。

 真の闇ともいえ、星の光だけが見える世界ともいえ。このモノラルな美しさに私は魅入る。

 闇の中にスターロードの幾何学模様が、空間に立体的に描かれている。

 この景色はどこに行ってもほぼ変わらない景色が見えるはずなのに、これが私の一番落ち着く景色だと思っている。


 故郷よりも故郷らしい。そんな景色。

 でも私が好きなのは、このスターロードが描く模様だったりする。

 スターロードは、必要によって造られた、星と星をつなぐ軌道だ。よって、見る場所によって、その模様は変わり、描かれる絵は違ってくる。

 人によっては、その模様の美しさを探し求めて旅をする者も居ると聞く。私はそこまでではないが、星の旅の途中でこの景色を見るのは大好きだった。スターロードと闇が描く違う模様を見るたびに自分が、世界を旅しているという実感が得られるからだ。

 コーヒーを堪能したあとはサンドイッチをかじる。どこで食べても変わらないなじみの味も落ち着くものだ。珍しいもの、おいしいものは旅先で見つければよい。今はただ、変わらないものを楽しみたかった。

 スターロードの上に動く光点が見える。きっと他の旅人だろう。珍しい人もいたもんだと思いながら、自分のことを思い返し苦笑いする。自分もこう見えていたりするのかな、と振り返る。


 次の星のことを思い浮かべる。

 前から見てみたかった塔だ。古い建築様式で廃墟寸前のなにか。こういう滅び行くようなものに惹かれるところが私の中にはあるらしい。

 あとどれくらいで着くだろうか。どんなものが見られるのだろうか。そんなことを考えるとつい楽しくなってくる。サンドイッチは気がつくと無くなっていた。

 次のことを考えているうちに居ても立ってもいられなくなってきて、残ったコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。片付けは自動でやってくれるだろう。


 私はカフェを出て星の駅をあとにする。ここでお土産が買えた頃はどんなものがあったのかを想像した。周りには特産物を出せるような大きな星はないはずなので、きっとありきたりなグッズばかりだったのだろう。それもまたよしだ。

 愛車のコメットに乗り込んで、ゴーグルを装着しエンジンを起動させた。コメットの起動が私の旅のトリガーにもなっている。一気に次の星への欲求が高まってくる。旅とはこういう波を繰り返すことなのだろう。次を見たい、何かを知りたい。そして落ち着きたい。このループを繰り返すことが旅なのだろうと思う。一人でいるとこんなことばかり考えるがそれが楽しい。

 コメットに発進を指示する。緩やかな加速で走り出しスターロードに戻った。スターロードに乗ったあとは急激に加速を感じ、あっという間に星の駅は彼方の景色になった。振り返らないのも旅だし、振り返って思い出すのも旅。


 目指す星はどんな世界だろう。私は何を見つけられるだろう。楽しいこともがっかりすることもあるだろう。それがすべて旅だ。

 私はそのすべてを思い描き星の道をひた走る。

 光の道は、私の心を連れて、この世界をただ流れていく。


 この旅がずっと続くようにと、何物でも無い何かに私は祈った。

 虚空に描かれた幾何学模様に私はいる。

 旅は世界を映すキャンバスだ。

 星の世界を旅する者はきっと、自分だけの旅の模様を描き続けるのだろう。

 ああ、願わくば、これからの旅によい世界との出会いがありますように。

 なんて私は願うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星の世界を旅する人は 季都英司 @kitoeiji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ