第4話

「どうして?」

 わたしは予定と違う彼の動きに、少しばかり驚いていた。

 おかしい。すっかり彼もその気になって、亡くなった彼女のことなんか気にせず、わたしを抱こうとしていたというのに、ここへきて急に正気を取り戻したように、我に返って。

 これじゃあ、何のためにこの一週間、あの女が言っていた思い出があるらしい公園で待ち伏せし続けたのか、分からないじゃない。

 くだらない。玄関をくぐった時点で、あんたはもう悲しいなんて気持ちは忘れて、性欲のまま動く獣だったのに。

「どうしてって……」

 裸に剥いたわたしの体から退いて、座り込む姿を見つめながらわたしは、ばれない様に自分の両手。そこに残るあの時の感覚を思い出していた。

 駅のプラットホームの最前列で、終電間際の電車を一人待つ彼女。その後ろに立ち、快速の電車が通る一瞬、背中を押したあの感覚。自己管理が出来ず肥えた身体を幸せ太りだと嬉しそうに同僚へ自慢しているあの女の背中に沈み込む指。バランスを崩してこちらを振り返りながら落下していく彼女の、間抜けな顔。

 ああ、本当に馬鹿な顔だった。

 思わず思い返して、笑ってしまいそうになるのを堪え、わたしは彼が言ってほしそうな言葉を紡ぐ。

 恋人が自殺してしまった男が、その同僚だとも知らず、他の女をたかだか6日程度で抱こうとする時に必要な、言い訳。それを口にするたび、彼の体から力が抜けていくのを感じるこの瞬間が、たまらない。

 そうしてすっかり堕落し切った彼の眼を見て、わたしは愉悦と興奮で顔が緩む。

 この眼だ。結局は性欲に脳みそが支配され、恋人の死より目の前の女体に眩んだ、この眼。

 痛いほどに疼く胎を感じながら、彼の手が私に覆いかぶさり、組み伏せられるのを感じて、あの女のことを思いだす。

 揃いも揃って、馬鹿な恋人だ。

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ヤバい男と、もっとヤバい女の話 なすみ @nasumi

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