第3話
ふと我に返られるくらいに酔いが醒めると、俺はもう公園にはいなかった。しかし、公園での出来事は、すぐに思い出せた。
話してしまったのだ。全部。
由紀との楽しい思い出も、最期にした会話も、それからいつどこでどうなって、俺がどうして公園に来ることになったのかも。
全部、泣きながらぶちまけてしまった。彼女もそれを聞いて、同じように泣いてくれて。
そんな時は、誰かと一緒にいた方がいい。なんて彼女の優しさに甘えて、俺は言われるがままめぐみの家に上がり込んで。
泣き腫らして赤らんだ彼女の瞳を見つめて、肩を掴んで、唇を交わして。
シングルベッドにめぐみを組み敷いたところで、我に返ってしまった。
「ご、ごめんっ」
酒をあれほど飲んでいたにもかかわらず、彼女から柔軟剤の香りを感じつつ、俺は慌てて裸の上半身を起こす。
めぐみの両肩は、俺が掴んでいたからだろうか。手形が赤く残って、ほとんど力任せに押し倒してしまっていたらしいことを気づかされる。しかし、表情は不思議そうに俺を見上げていて。
「どうして?」
今更、抱かないなんて、と言いたげにこちらをうるんだ瞳で見つめてくる。
「どうして、って……」
訊かれて、言葉に詰まる。そりゃあ、もっと違う出会い方をしていたなら、俺も男だ。喜んで、というとあまりに理性がないような気もするが、積極的に交わっていただろう。
しかし、今は違う。
彼女を亡くし、酒に溺れ、一週間探し回った挙句、見つからないからって、他の女を抱く?
そんなことが、許されるはずがない。
俺は自分の情けなさにほとんど赤面しながら、彼女の足元に座り込み、そう伝えた。
顔を上げられない。本当に、みっともない。
裸で胡坐をかき、どこを見るでもなく、ベッドが付けてある壁の方に視線をやる。すると彼女もゆっくりと起き上がり、何を言うでもなく、抱き着いてきた。
しかしそれはさっきのように、情欲的なものではない。もっと慈しみを感じるようなもので。
だからこそ、俺も劣情を憶えるよりも、強張った肩の力を抜いた。
彼女の口が耳元で優しくつぶやく。
「わたしは……おじさんのこと、ほとんど知らない。話は聴いたけど、聴いただけ。おじさんみたいに大変な思いをしたわけじゃないし、似たようなことを体験したわけでもない。だから、気持ちはわかる、なんて簡単には言えない。けど、誰とも分け合えないものだからって、一人で抱えないといけないわけじゃ、ないと思うの」
おじさん、公園で私と会ったとき、どんな顔してたか覚えてる? そう尋ねられ、俺は思い返す。
「……ゾンビ?」
「ちがうよっ」
めぐみは小さく笑って、それから元の調子に戻す。
「泣いてたの、気付いてないでしょ」
俺の頭を胸に抱いて、優しく髪を撫でながら、続ける。
「なのにどこか行こうとするから、わたし引き留めたの。といっても、できることなんて何もないって分かってはいたんだけど……でも、一人にしちゃいけないって、なんか思っちゃった」
彼女さんは、どう思うかとか、いろいろおじさんも考えちゃうかもしれないし、そんな、すぐに整理できるような問題でもないとは思うし、何よりわたしなんかが、おじさんの手助けが出来るなんて思ってるわけじゃないよ。でも、わたしはこんな状態のおじさんを、一人にはしたくない。だから、これはわたしのわがまま。
先ほどまでの抵抗感はどこへやら、まるで由紀が、めぐみになって俺へ会いに来てくれたのか、と錯覚してしまう程、由紀そっくりな口ぶりで、俺の心配をしてくれている。
あいつはいつもこうだった。
俺はネガティブな性格だから、すぐにへこたれるし、ショックを受ける。そうしたらあいつは、俺が何かを言っていなくてもそれに気づいて、ただ話を聞いてくれた後、慰めて、励ましてくれる。
いつも、あいつとコンビニで酒を買って、公園で過ごしている間、外で飲むことに付き合っていたのは、あいつの方だったのか。
めぐみは、手を止めて俺の頭を離し、改めて目を合わせてきた。
目に涙を浮かべた彼女は、力なく微笑んだ。
「わたしで良かったら、今晩だけでも寂しさを誤魔化すために……」
俺は、いつもそうしていたように、めぐみを胸の中に抱き寄せた。
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