第2話

「医学の知識とか、そういうのは何もないですけど……」

 そういって、彼女はさっきのベンチまで俺と一緒に歩きながら、続けた。

「なんというか……すごい顔してますよ、おじさん」

「……どんな顔?」

「えー、強いて言うなら、ゾンビ?」

 すごい、というなら、いきなり君のことを見つけるなり、唸り出したり倒れたり、夜中に奇行を繰り広げている俺を開放している君も、大概だと思うけど。俺はそう心の中で呟いて、絡み合う自分の両足を見つめる。

 みっともなく、碌に手も付けないまま、前のめりにぶっ倒れた俺は、そのまま何とか逃げようと立ち上がった。しかしそこで、後ろから聞こえる大爆笑に足を止めたのだ。そうして振り返ると、太ももを叩きながらゲラゲラ笑っている彼女。そのままこちらへ近づいてきて、俺を介抱してくれている。

 ちなみに、こうして近づいてみて分かったけれど、彼女もまた、泥酔していた。いや、俺みたいにではないけれど、結構飲んでいるらしかった。

 まあ、でなきゃ警戒心もなしで俺みたいなやつの心配なんてしてくれないだろうし、そうでなきゃ通報していただろうから、結果的に良かったか。

 留置所で過ごすくらいなら、年下であろう女性におじさんと呼ばれることくらい、安いものだ。

 勧められるがまま、俺はベンチに座る。横長のそれが二つ向かい合っていて、その間に椅子と同じ材質で出来た、テーブルがあるような作りのそこへ。すると彼女もまた、俺の向かい、俺が公園へと入ってきたときに座っていた場所へ、勢いよく座った。

 そして、そのまま机の上に彼女が並べたであろう空き缶の中から、飲みかけのものをひったくり。

 勢いよく煽った。

「ぷはー!」

 飲み終わったらしい缶を、仮にも公園の所有物である机へと叩きつけ、満足そうに息を吐く彼女。その姿に俺は、頬を引き攣らせていた。

 なんというか、おれも世間の人から見たら、こんな風に映っているのだろうか。

 酔いで顔を少し赤くした彼女は、口元を手で拭いながら、更に新しい酒を(今度はハイボール)取り出して、俺に差し出してくる。

「おじさんも、飲むでしょ?」

「あ、いや、俺は……」

 隣に置いた、コンビニ袋へ目を落とす。酒ならもうすでにある。

「そっか、あるんだっけ? 飲まないの?」

 プシュッ、と、音を立ててプルタブを捲りながら、彼女は緩み切った笑みを浮かべる。この子はぶっ倒れた俺を介抱するつもりではなかったのか。

 もしかして、丁度いいところに飲み相手が来た、とでも思っているのか。まあ、どちらにせよ飲むけど。

 俺は観念して、コンビニ袋の中へ手を突っ込み、適当に一本取り出す。奇しくも、ハイボールだった。

「わ、お揃いじゃーん」

 陽気に笑った後、こちらへ缶を突き出してくるので、俺も慌てて開封する。そして、自分の缶を軽くぶつけた。

 佐々木めぐみ、と名乗った彼女は、見立て通り、俺の4歳年下で、24歳の社会人だった。そして今日はたまたま、ストレス発散のために外で飲んでいただけということ、家はこの近くで、一人暮らしを始めて間もないということ、付き合っている人とかはいないから、これ以上ややこしい展開にはならないということを教えてもらった。

 そして俺もまた、名前と年齢、家はこの近くで、付き合っている人がいないことを、伝えた。

 流石に、彼女と死別して、そのショックで徘徊している、なんてことは伝えるわけにもいかず、適当にごまかしたが。

 それにしてもめぐみは、髪型以外、特に由紀と似ている外見をしてはいない、と思ったが、話せば話すほど、由紀を思い出してしまう程、中身がそっくりだった。

 俺がただ、由紀を求めているがあまり、似ている点にばかり目を向けているのかもしれないが、酒が好きで、明るく、話し上手で聞き上手で、よく笑うめぐみとこうして飲んでいると、どうしてもちらついて仕方がないくらいには。

 そうして、俺は知らず知らず、また酷い顔をしていたのだろう。楽しそうに上司の愚痴を一方的にしゃべっていためぐみは、ふと話を止めて、じっとこちらを見つめてきた。

 沈黙の中、俺はめぐみと目が合ってしまい、気恥ずかしさで酒に目を落とし、それから口をつけた。

 ぬるく炭酸の抜けた、不味いハイボールが口の中を通って、喉へと流れていく。

「おじさん」

 一転、静かに彼女は俺を呼ぶ。もう一度彼女の方へ目をやると、心配そうにこちらを見つめていた。

「もしかして、なにかあった?」

 胸に、痛みが走る。

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