第四話
大学という場所には人が多い。若い人間が大半で、下らぬ事をそこかしこで大声で喋っている。学校なのだが、真面目に学問をしようという者を見たことがない。
猥雑な空間をモトヤが掻き分けるように進んでゆく。吾輩は物陰に隠れながら、その後を追った。家の近所にあるこの大学も、吾輩の縄張りの一部である。勝手知った場所であるし、猫にとって足音をさせずに歩くことなど造作ない。
門を通って、
「おーい、ドウブ」
駆け寄る友人に、ドウブは優雅とも言える仕草で応えた。しかし、その余裕も。モトヤが口を開くまでの間であった
「この前、言ってたレポートだけど」
ドウブが眉間に皺を寄せて、たじろいだ。動作そのものは小さかったが、あの小憎らしいほどに落ち着き払っていたドウブが確かに動揺したのである。
鈍いモトヤはそんなことには全く気付かず、大口を開けてまくし立てる。対して、ドウブは生返事を返すばかり、必死に話を切り上げようとしている。どうやら吾輩の策は上手くいったようである。満足の念で小さい胸はもうはち切れんばかり。愉快さのあまり小躍りしたくなる。
この一時間前、吾輩は「大学に行く」というモトヤの先回りをして、吾輩の行きつけに連れて行った。言葉は通じないが、吾輩を見れば必ず寄ってくるモトヤである。先に立って振り返り振り返り導いてやれば、アヒルの子供みたいに後をついてきた。
連れて行ったのは、ラーメン屋である。安くて、早くて、量が多い。金のない若人には天国のような店で、モトヤも具材を大量に入れていた。
もちろん、にんにくも忘れてはいなかった。吾輩ですら正気を疑う量をどんぶりに山となし、食い終わった頃には全身の毛穴からまでもあの生臭さが滲み出ておる始末であった。
ラーメン屋に通い慣れている吾輩ですら、近付きたくはない匂い。にんにくが大の苦手であるという吸血鬼であれば、そんな匂いを全身から発散しておる男は存在だけでも拷問に等しいであろう。
この日を境に、ドウブがモトヤの前に現れることはなくなった。モトヤが訳の分からぬ体調不良に悩まされることも、首筋に傷を作ってくることも、もちろん無い。
平和な日々である。
夕方頃、目を覚ませば全身をぐいっと伸ばしてから、飯を食う。
「ユウ」
大きくて温かい手にスイと持ち上げられる。膝の上に乗せられて、顎の下を掻かれると、ああ良い心持ち。自然に喉がゴロゴロと鳴る。日々は気楽で穏やか、天下太平世はなべて事も無し。苦しゅうない、苦しゅうない。これぞ幸せである。
猫と吸血鬼 黒中光 @lightinblack
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