第6話 サメと魔王と竜 六 (完結)
カボの語る真相が大詰めに入ったのは、誰の目にも明らかだ。
「逆に、お目つけ役は自分だけで王族を打倒できない。お前は最初からそれを知っていたはずだな」
「そもそも、サメがお目つけ役の力って飛躍しすぎでしょう!」
「力におぼれた王族が、陸地を海にして力を誇示することまで双頭の竜は見越していた。だが、あらゆる生命は海から生まれた」
チェザンヌは、テーマパークで目にした展示品を思い返した。
「サメは、太古から姿がほとんど変わらない海の生き物だ。だから、混沌の力を受けにくいと判断したそうだ」
「……」
カボの説明に、クナムはひきつった沈黙でしか応じられない。
「チェザンヌがなにかを作るたびにサメまででてきたのは、偶然じゃない。『信号』だったんだ。王族の乱れを直せという」
「だったら最初からそう知らせてくれればよかったのに」
ルンが混ぜかえしたが、誰もとがめなかった。カボとクナムを除く全員が、事態の把握に必死だった。チェザンヌでさえ、細かいところまではわからない。
「魔王はむしろ、双頭の竜の力を引きださせる者を探しだし、その打倒をもくろみ続けている。チェザンヌの力がどれくらい強いか確かめねばならないから、お前は『さざ波の淑女』号に残ったんだ」
「クククククククッ。ウフフフフフフ」
嘘をつかないまま、クナムは自分から笑い始めた。
「アーハッハッハッハッ! お見事! 本当にお見事だね。もう茶番劇は必要なさそう。じゃあ、私の魔力が完全に回復しないうちにとどめを刺せば? 特にチェザンヌ、私を八つ裂きにしても飽きたらないでしょう? さあ、さあ!」
カボは、黙ってチェザンヌのすぐ隣に寄りそった。一歩遅れてマギルスもカボにならった。
「ちょ、ちょっと! せっかくの機会をどうして無視するの? 頭の具合大丈夫?」
「どうともしていませんわ、魔王様」
肩にルン、両脇にカボとマギルスを控えさせてチェザンヌはクナムと
チェザンヌの気持ちには憎しみも軽蔑もなかった。哀れみか、それに近い同情のようなものはあった。
「何千年か、何万年かは存じませんが……。混沌という言葉にふさわしく、ただあなたは私達をかき乱しただけ。どうだすごいだろうといばりたかっただけ」
淡々とした口調が、かえって重々しくクナムの両肩にのしかかたのは見るだに明らかだった。
「あなたは、私や先生が怒りに任せて力を使うのを待ち望んでらっしゃいますよね? それを吸収して今度こそ復活する。竜になった国王陛下のなさりようから察しがつきました」
「だから、お前を封印する。俺達四人の力で。国王の遺体を触媒にして、スイシァの身体に。そうしてスイシァは完全な復活を遂げる」
「はぁっ? 同じことの繰り返しじゃないですか」
わずかなりと逆転の目を感じたクナムは、ここぞとばかりになじった。
「もちろん、違う。俺の奥義……それは『魂の牢獄』。復活させた死者に特別な力を注入し、それを動力源として生かし続ける。お前は意志も感情も持たず、ただ妹を生かすためだけに力を吸われ続ける」
「そんなバカな! 魔王の私が、そんな幼稚な術に、そんな……」
「クナムと称した混沌の魔王よ。あなたを永久に追放します」
おごそかなチェザンヌの宣言とともに、地面から吹きあがった『原初の炎』が鎖の形になってクナムの身体を縛りつけた。
「それこそ自殺行為でしょ! 早速この力を……きゅ、吸収できない! なぜ!?」
「だって、あなたを打ち負かすつもりはありませんから。あなたには、スイシァさんの力になって欲しいですから。善意からなる合理的な意志は、今のあなたには吸収できません」
「本末転倒よね! 禁忌の手助けのために善意とか合理的とか! 矛盾じゃない!」
「さあ、スイシァ。まず起きなさい」
カボがうしろをむき、手にした小ビンの中身をスイシァに注いだ。すぐに目を覚ました。
「おはよう。お腹が空いただろう。まず食事をしなさい」
カボの呼びかけにうなずき、スイシァはかがんで赤紫の竜に手を触れた。音もなく竜の遺体は消えた。
「食べて元気がついたろう。薬の時間だよ」
「はい、お兄様」
スイシァは、しっかりした足どりでクナムまで歩いた。
「ねえ、考え直さない? 私を自由にしたら、国王の地位でも、なんならこの世界でも自由自在に……やめて! やめてーっ!」
スイシァは、無言無表情でクナムに抱きついた。赤紫色の光がほとばしり、二人を包んだ。それもごく一瞬のことで、消えた。スイシァは再び意識を失い、倒れた。クナムの姿はどこにもない。
カボはスイシァの元に走り、素早く脇の下を確かめた。
「消えている……! アザがない! やったぞ! 成功だ!」
「おめでとう、カボ!」
マギルスが心から称賛しているのは、チェザンヌでなくとも理解できた。ルンでさえチェザンヌの肩でもらい泣きしている。
「陛下もお世継ぎも亡くなられました。この国を、早急に建てなおさなければなりません」
野暮は百も承知で、チェザンヌは一番大事な課題をカボ達に思い起こさせた。
「それなんだが……」
マギルスは改まって咳払いした。
「その……君さえよければ、改めて私の婚約者になって欲しい。私には支えてくれる伴侶が必要だし、双頭の竜にまでなった君なら問題ないはずだ」
それもまた、少なくともチェザンヌには一番大事な課題の一つだった。カボが、スイシァの脇にひざまづいたままチェザンヌを見あげた。
「再会してから、ずっと、ずっと……考えて参りました。マギルス殿下、あなたはとても素晴らしい、私などにはもったいない王子様ですわ」
「では……」
「でも、ごめんなさい。私は、先生を……カボ様を愛してしまったのです」
「俺は、他にどうしようもなければ自分が妹の中で力の源になるつもりだったんだ」
カボはゆっくりたちあがった。
「正直に言おう。君が俺の小屋にきたとき、俺は君を利用して妹に再び会う機会を狙っていた。つまり、一時は君を妹の動力源にしようとさえ考えていた。それでも決心は変わらないのか?」
「私が先生の立場でも、同じようにしたでございましょう。ですから、構いませんわ。それに、私は先生とともに学びともに愛し合いたいです。様々な術や技を収める喜びとともに」
「チェザンヌ……ありがとう。それが君の決断なら、俺の返事は受け入れる以外にないよ」
「わーっ! おめでとう! キスはしないの?」
「ルン、黙ってないとあなたもスイシァの動力源ですよ」
「やむを得まい……。本人の意志だ。尊重し祝福しよう」
「ありがとう、マギルス。そして……こんなことを頼むのも心苦しいが、スイシァを助けてやってくれないか? スイシァも、目を覚ませば色々な形でお前のために働いてくれるだろう」
マギルスは、黙って力強くうなずいた。
「お前達の追放令や逮捕状は、全て私がなんとかしておく。父上も兄上もいない以上、私が名代の王になって混乱を納めよう。だが……」
今ごろになって、騎士や衛兵達が騒がしくバタバタし始めるのが聞こえた。
「しばらくの間、お別れだな」
マギルスは、カボに右手をだした。
「ああ」
カボはマギルスと握手をかわし、チェザンヌが二人の両手をそっと自分の両手で包んだ。
「目を覚ましたら、スイシァによろしく頼む」
「わかった。達者でな」
「殿下、ごきげんよう」
チェザンヌは、カボとルンの二人とともに宮殿があった穴をでた。穴は深いが傾斜は緩く、真夜中とあっては脱出に困らなかった。
☆
それから数週間。
旅から旅を重ねるチェザンヌ達に、とぎれとぎれながらもソロランツ王国の
マギルスは仮王として王都をまとめ直し、異を唱えた他の兄達と一触即発の状態でいる。彼はまた、スイシァを自らの妃として正式に公表した。内戦になるかもしれないが、それはもはやチェザンヌ達とは関係なかった。
チェザンヌはといえば、カボとは正式に結婚したのではない。しかし、形式がどうあれ旅を重ねる内に精神的にも肉体的にも結びつきを強めるようになった。ひょっとしたら、自分達こそ新たな双頭の竜になるかもしれない。それは、チェザンヌにとってわくわくする予感であった。
終わり
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先生! 恋の錬金術はまだかしら? 読書ばっかりしていた私ですけどじれじれはもうイヤです! ちゃんと溺愛して下さったら毒舌は我慢して超レア素質『双頭の竜』を使ってあげます。でもどうしてサメなのかしら? マスケッター @Oddjoh
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