第38話 決戦②/エピローグ

「そろそろかしらね……」



 そう呟くのは、一人の魔法少女。

 彼女は今回の作戦――迎撃作戦の指揮をとるように命じられている。といっても、数ある防衛基地の一つにすぎないのだが。



 世界各地に点在する怪人界との境界線にあたる場所。九尾の怪人から齎された情報に基づいて割り出された各地点に、人間側は魔法少女達に包囲網を形成。

 それだけではなく、各国の軍隊による支援も戦線に加わる。



 それらの戦力を以ての殲滅戦。それが人間側の作戦であった。人類の持ちうる全戦力がそれぞれの地点に集結している。



「――!」



 その場にいた全ての魔法少女が感知した。何もない快晴の空に亀裂が走る。

 ガシャン。

 徐々に広がっていくその亀裂は、ガラスが割れるような音と共に、空に『黒い穴』が空いてしまった。



 何も見通せない深淵の闇。絵の具を握り潰したような、どす黒さ。

 その『穴』の中から、招かねざる来訪者達が顔を出した。



「Gaaaaa!」

「――来たわ! 全員迎撃開始!」



 膨大な数の怪人が『穴』から現れた。

 翼を持つ怪人は空中に留まっているが、それ以外の怪人は真っ逆さまに落ちて、地面に派手に激突している。

 よく見れば、瓦礫と一緒に肉片に変わり果てている、完全な出落ちとなってしまった怪人もいるようだ。

 まあ、そんな怪人は低脅威度の個体しかおらず、ほぼ存在しないと同義であった。



 大半の怪人は着地を成功させると、思い思いに周辺の建物を破壊し始めている。



 もちろん、魔法少女達も黙って見ているだけではない。

 各々の魔法を用いて、怪人の軍勢に攻撃を与えている。妖精達の補助を受けた彼女達の魔法の威力は、普段のものとは主に比べものにならない。



「Gaaaaa!」

「ちっ! 全然減ってないじゃない……!」



 指揮官である魔法少女は悪態をつく。

 魔法少女達による飽和攻撃は、確かに怪人の軍勢を削っていた。

 けれど次々と怪人が『穴』から落ちてくるため、彼女達の目に映る光景に全く変化はない。

 怪人、怪人。視界を埋め尽くす異形の行進は終わりを見せない。



 その事実に防衛作戦に参加している者は絶望に手を止めてしまいそうになった。



「――皆さん! 諦めないでくださいっ!」



 そんな時。全体を鼓舞する少女の声がした。



「――!」



 上空から現れた、大中小様々な大きさの異形ら――悪魔のような見た目をした『それら』は、怪人達に襲いかかり、いとも容易くその肉体を粉砕した。



 その場にいた全員に混乱が広がる中、指揮官の魔法少女はいち早く冷静に、援軍の正体に辿り着いた。



(事前には聞いていたけれど、凄まじい効果の魔法ね……)



 『ネクロマンサー』。倒した怪人を意のままに使役する魔法。その数に上限はないという。

 その担い手である魔法少女。その名を白。



 数日前に起きた、一部の怪人達による『同時魔法少女襲撃事件』。報告書によれば、最低でも脅威度A以上の怪人が二体も存在したらしい。

 その事件を終息させた立役者の一人が彼女であるようだ。



 そんな白の傍に一体の怪人――山羊頭が特徴的な怪人が従者のように控えていた。



 討伐された怪人の内の一体、悪魔の怪人。その怪人を『ネクロマンサー』によって操ることで、人間側の戦力不足を補うという作戦が、作戦前に通達されていた情報だ。

 悪魔の怪人の固有魔法『眷属招来』。魔力が尽きない限り、無限に異形の群れを使役できるという魔法である。



 それに加えて、『ネクロマンサー』の術者には使役対象の怪人がいくら魔法を行使しようと、その消費魔力は怪人が負担する。



『ネクロマンサー』と『眷属招来』の組み合わせは、反則的な効果を発揮していた。



『眷属招来』によって呼び出された異形達は、各地点の防衛基地に配備されている。

 見た目が怪人とさほど差がないという点に目を瞑れば、これ以上に文句のつけどころのない援軍だ。



「――彼女達は援軍だ! 心配する必要はない!」



 指揮官である魔法少女は、契約している妖精の補助を受けて、声を戦場全体に届ける。

 他の魔法少女達も困惑しつつも、時間が経つ内に、怪人と違い異形達が自分を攻撃することがないと理解した。

 状況を飲み込んだ彼女達は、再び攻勢に転じていった。



 怪人の軍勢は次第に数を減らし、気がついた頃には頭上の『穴』は消えていた。



 ――防衛作戦は無事に成功したのであった。

 各防衛基地にて、その報せが共有されて、作戦の終了が告げられた。





 暴走した怪人達の襲撃を退けてから、何日間かけて人間界からの妖精の退去が始まった。

 怪人という脅威が今後人類を脅かすことがないため、魔法少女という存在は世界に必要なくなる。

 過ぎた力は余計な争いの火種にしかならない。魔法少女であった者達は、各々の妖精と別れを告げて日々の日常に戻っていった。



 その多くは裏にあった真実と取り引きの結果であることを知らずに。



 しかしそれでもよかったのかもしれない。今更妖精と怪人の種族間の戦争に、人類が巻きこれただけの被害者という事実を公表した所で、余計な混乱を生むだけにすぎない。



 もしも人々に明かす日が来るとすれば、もっと多くの時間が経過する必要になってくるだろう。





「はあ……まだまだ終わりそうにないですね……」



 米沢は日々怪人達の襲撃の事後処理に追われていた。妖精界の事実を知る者は魔法庁でも一部の職員のみなのだが、不幸なことに役職としてはさほど高い位置にいない彼女はその事実を知っていた。

 そのせいで不相応な程の権限を与えられて、業務に忙殺されることになっている。



 怪人や妖精。そして魔法少女もいなくなったことで世界中に存在するそれ関係の機関――魔法庁も含めて――の解体が決定した。

 しかしそこに務めていた職員達が業務から解放される日はしばらく先になるだろう。



「あー! 全然仕事が終わりません!」



 米沢の悲痛な叫び声が、施設全体に木霊した。


 



「……いなければ、いないで寂しいものね」



 スノーは今はいない相棒同然であった妖精のことを思い、大きく息を吐く。

 彼女も他の魔法少女と同じように、妖精――スノーマンとの契約を破棄して、ただの一般人に戻っている。現在は学業に打ち込む、模範的な中学生にすぎない。



 魔法庁からのサポートもあり、日常生活に何ら支障はない。魔法少女時代に築いた人間関係の一部は、今でも続いている。



 今日もその友人達と出かける約束をしている。

 携帯で時間を確認し、準備に抜かりがないようにしておく。



「よし! 行ってきます!」



 スノーは戻ってきた日常を、彼女なりに謳歌していた。





「白ちゃん! こっち、こっち!」

「お姉さん! 待ってください!」



 自分――佐々木白も、身体が戻ることがなかったけれど、普通の生活に戻っていた。



 これから人類が向き合っていく課題は多くある。



 怪人達との戦闘で発生した被害からの復興作業。

 魔法少女として活動していた彼女達の将来。



 けれど今は怪人に怯えなくてもいい。その事実を噛み締めるだけでいいではないのだろうか。



 少なくとも自分や理恵、周りの人達は笑顔なのだから。

 

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【完結】【再投稿】TS魔法少女になった件について 廃棄工場長 @haikikouzyou

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